第28話 待つる人sideミアちゃん

ときは少し。いや、かなり戻り、クラルが宿でミアと別れるところまで遡る。


「ミアちゃん。絶対戻るから。何があっても守る。」


クラルがミアの目を見つめ、何やら瞳に決意を宿す。


「う、うん!」


ミアも、それに応じるように強く頷いた。


「すみません。ミアちゃんお願いできますか?」


「い、いいけど。あんたはどこに!?」


宿のお姉ミヤマさんの問に、


「絶対に戻ります!!!!」


クラルはそうとだけ叫んで、去っていった。



「ど、どうしたもんかね。」


クラルの姿が見えなくなったのを確認したミヤマは、頭をかきながらつぶやく。


「とりあえず、中戻るか。」


彼女は、怯えるような信じるような表情でうつむくミアを見ると、軽く笑って手を繋ぎ。宿の中へと連れていった。





「お母さん元気?」


ミヤマは宿の大広間のようなところにミアを座らせると、お茶を出して尋ねた。


「うん」


人見知りを発動しながらも、ミアが頷く。


「そうかー。お父さんも元気かな?」


「うん。でも、最近帰ってきてない。」


ミアは受け取ったお茶をくるくると回しながら、質問に答えていく。


「あぁ、教会のお偉いさんだっけ。そりゃお仕事も大変だわ。で、お姉ちゃんもスゲェんだったよね。今は王都だっけ?」


「うん。お姉ちゃんに手紙を出しに来たの。」


最初はぎこちなかった会話も、数を重ねるたびにスムーズになっていき、ミアの緊張もほぐれていく。


「あぁそれでナリィタに。初めての親元離れての暮らしだし、そりゃ喜ぶよ。」


「そうかな?」


微笑んだミヤマに、ミアがニッコリとしながら尋ねる。


「あぁ。めっちゃ喜ぶ。で、あのクラルくんとは、どんな関係なの?」


彼女は強く頷くと顔を近づけて、まるで中学生の恋バナのような無邪気な質問を投げた。


「お姉ちゃんのおさなみで、ちょっと前に助けてくれた。」


しかし、ミアちゃんはまだ幼く、恋バナすらも真剣に答えてくれる。


幼馴染おさななじみね。それで助けてもらったってのは?」


ミアの回答に訂正を入れたミヤマは、さらなる質問を投げた。


「なんか、魔物……みたいなのに襲われてて、そこをピカピカ光ってジャンジャン鳴らして助けに来てくれたの。」


「ピカピカ光って、ジャンジャン鳴らして……? ま、まあ、あの子がピンチを助けたくれたってことね。そりゃ仲がいいわけだ。」


ミアが手を広げて表現する『ピカピカ』『ジャンジャン』がよく分からなくて、首を傾げるミヤマ。


ビデオゲームの分からないミヤマに、スーパー〇ターが伝わるはずもない。


「……帰って……くるかな?」


会話が落ち着いたところで、ミアが茶柱の浮かんだお茶を見つめて、不安げな声でつぶやいた。


「来るさ。男は一度した約束を死んでも守るんだから。」


彼女の頭を優しく撫でたミヤマは、力強く笑ってみせる。


こうして、初対面の二人の時間は過ぎていった。





 ◇ ◇ ◇





「ふぁあ」


ミヤマが大きなあくびをした。


クラルが出ていってからかなり経ち、住民の中でもあのサイレンは何だったのかという警戒心が薄れてきた頃。


『騎士団より連絡です!』


そんな切羽詰まった声から、放送が始まった。


「これはっ!」


ミヤマが放送を聞いて、すぐさまそれが普通ではないことを察する。


普段の放送は前後に『ピンポンパンポーン』があり、何より役所からのものだ。

なのにこれは前後の音がなく、しかも普段なら使われない騎士団の方の回線からの連絡だ。


先程のサイレンと、この放送。

再び住民の間緊張が走る中、放送は続く。


『A級魔物大発生スタンピードが起こりました! 皆様至急逃げる用意を。騎士団総員で食い止めますが、万が一に備えて出来る限り東門から離れ、西側に集まってください!』


電波の向こう側で一息で言い切られたその言葉が、街をざわつかせる。


「う、うそ……A級の……魔物大発生スタンピード……!!?」


それはミヤマも例外ではなく、彼女はその意味を理解しきれずに呆然とつぶやく。


魔物大発生スタンピード自体新聞で年に一度見るか見ないかなのに、さらにA級ときたら。


そんなの王都級の超巨大都市出ない限り、崩壊は待ったなしではないか。


「どどど、どうしよう……!! に、逃げないと!!」


ミヤマが立ち上がって、とにかく荷物を持とうとうろうろするが。


「クラルお兄ちゃんがいるから、だいじょーぶ。」


ミアはその場に座ったまま、全く不安そうな顔もせずに言い切った。


「で、でも……」


「大丈夫!」


たじろぐミヤマに、ミアがさらに強く述べる。


「わ、わかった。信じて待とうか。」


その圧と、彼女の瞳に宿る確かな信頼から、ミヤマはその場に残ることを決めたのだった。









『ピーンポーンパーンポーン』


周りが騒がしくなって、やっぱり逃げたほうがいいかとミヤマがソワソワしだした頃。


そんな聞き馴染みのある放送音がした。


これは騎士団からではなく、役所からか?

でも、音的には騎士団の方?


市民が、聞こえる声が騎士団のものか役所のものか、判断しかねていると、


『ミアちゃーーんっ!!! 戻るの遅れる!!!』


そんな呑気そうでいて、切羽詰まった声が響いてきた。


『は?』


街からそんな声が漏れそうなほど、市民たちは困惑した。


聞き慣れた役所の放送係の声でも、先程聞いた強い騎士団の声でもなく。普通の少年の声で『ミアちゃん』という一個人向けの連絡を、なぜ市内放送で流すのか。流せるのか。


遅れることだけを伝えたいのか。


市民全員がその続きを固唾をのんで見守る中。放送越しの少年は、その緊張感を知る由もなく、


『俺ちょっと、英雄になってくる。』


そんな突拍子もない、聞き慣れたような大きすぎる夢を語った。


『は?』


またしても市民たちからそんな困惑かつ、それをなぜ今ここで言うのかという怒りの声が漏れたが、


『ピーンポーンパーンポーン』


少年は二の句を告げずに、放送を中断した。


『今のは一体何だったのか……?』


疑問だけが残る放送は終わり、市民たちは再びA級魔物大発生スタンピードという現実に向き合っていく。


「す、すげぇ……クラルくん、放送しちゃってるよ……。」


唯一、放送の意味がわかるミヤマは、興奮気味につぶやいて、


「み、ミアちゃん!!…………?」


ミアちゃんの反応を伺おうとするが……


「あれ、寝てる……?」


「すぅ……ふぅ…………お、兄ちゃん……」


……当の本人である彼女は、可愛らしい寝言とともに夢の世界をさまよっていた。


「なんだかなぁ」


ミヤマは、これじゃクラルの努力は台無しじゃないかと苦笑いを浮かべながら、実に幸せそうな寝顔の彼女にそっと毛布をかける。


なんか前回もこんなオチだったような気もするが、とにかくミアちゃんは良いのか悪いのか、肝心なところで寝てしまう女の子なのである。

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