第19話 さては性格悪いな?

「お…………こ……こんにちは!」


俺がそう大きな声で挨拶をすると、男は俺を見て不思議そうな顔で、


「はい、こんにちは」


と、挨拶を返してくれる。


…………ヤベェ……やっちまった……。

『おいお前!』そんな感じに強気に行くつもりが、こんなところでもコミュ障発動して、こんにちはとか言っちゃった。


こんなの、あっちからすればいきなり大声で挨拶してくる気のいいあんちゃん適度にしか思われないじゃん。


「あ、あの……その…………金くれ!」


俺はテンパりにテンパって、すべての過程をすっ飛ばして結論を述べてしまう。


「はい?」


…………そりゃそうなるよ、いきなり挨拶してきた気のいいあんちゃんにいきなり金たかられたら、そうなるって。


「え、いやその……なんか……あの…………あなたのせいで……というか、あの事故というか事件というか……それで……俺のイクラ丼が…………こぼれちゃったりなんかしたりして……はい……すみません……。」


説明しようとした俺の言葉はどんどん小さくなっていって、最後には蚊の鳴くような声になってしまった。


「あぁなるほどね。それはすまないことをした。お食事を邪魔してしまったのは失敬だった。」


「いやいいで…………あ、ありがとうございます。」


え? てっきり一蹴されるかと思ったが、普通にすんなりと受け入れられてしまった。


「はい。これで足りるかな?」


男……お兄さんは、懐から金貨を取り出して言う。


「いや、これの十分の一くらいです。」


んな、たけぇもん食うかよ!!

庶民には銀貨でも辛いっての!!


ったくこれだから……って、この人は庶民じゃないのか?


まあ薄々あのお金の量と、この態度を見たら気がついていたけど。


だって、明らかな金髪だし。

別に庶民に金髪がいないってわけじゃないけど、なんか歴史的なあれがああなって、貴族の割合が圧倒的に高いのだ。


それに、振る舞いが清楚。そして上品。しかも、着ているのはお高そうな鎧。


うん。これ、絡んじゃだめなタイプかも……。

俺、最悪殺されるかも。


飯代たかろうとしたら、命奪われちゃったテヘペロ……って笑えねぇ。


「君は面白いね。お金を要求しに来たけど、高かったらちゃんと言うんだもの。誠実なのか馬鹿なのか。」


いや、そこまでじゃ……っておい、何しれっと馬鹿な可能性を5割残してくれてんだよ。いいだろ、誠実な男の人なのねってことにしてくれれば。


お前、さては性格悪いな?


「そういえば、自己紹介してなかったね。先程は本当にすまなかった。私、この街で騎士団長をしているリース・ナブルだ。気軽にリースと呼んでくれ。」


お兄さん……リースが微笑みながら言う。


てかリース・ナブルって安そうな名前だな。田舎のチェーン店が掲げてそう。


ほへぇ、騎士団長様かぁ……。

こりゃ、下手すると貴族よりもヤベェかもしれん。


王国騎士団。それは、なんかもうやべぇ奴らが集まるヤベェ集団。


騎士団は各街に配置される。

そして、各地域ごとに騎士団長が置かれ、そこから全体の騎士団長を決める。


ってことは、このリースはこの地域騎士団長で、王国騎士団トップになるかもしれないような逸材ってことだ。


…………ヤベェ、『飯代=俺の命』の等式が、いよいよ笑えないものになってきた。


「お、おう、よ、よろしくおねがいするぜ!」


俺は引きつる顔をどうにか直して、平常心を保つように挨拶をする。


「よろしく。君は紹介してくれないのかい? 私だけやるのはなんか寂しいな。」


リースはいじけたように笑って言う。


「……クラル。ちょっと離れた田舎で農家やってるただの幼気な少年。絶賛彼女募集中。」


俺はこいつ相手なら、隠しても調べられそうで怖いから、なら自分で言ってやるかと自己紹介してみた。


騎士団長なら、いい女の子知ってるかもという期待も微レ存。


「なるほど。クラルくんね。覚えておくよ。」


そういって、リースは去っていった。

いやなんというか、騎士団長らしくない男だったな。


「てか、アイツはなんでガラス割ったんだ?」


俺がそこが謎だと首をひねらせていると、隣で黙って話を聞いていた店員さんが、


「魔物と戦っていて、その勢いが余って突っ込んじゃったみたいですよ。」


そう教えてくれた。


へぇ、そうだったんだ。

それなら、不可抗力……というか、仕方ない部分もあるな。だって、それがあいつの仕事だもんな。


俺はもしかして金をたかったのって真面目に死亡フラグかなと、杞憂しながら自分のテーブルに戻る。


「おかえり」


「ただいまー」


テーブルでは、ミアちゃんがオレンジジュースを加えてナプキンで折り紙をしていた。


うわ、鶴じゃん。俺折り紙とかできないタイプだから素直に尊敬だわ。


「あのお兄さん誰だった?」


鶴の隣に新たに折った亀をおいて、ミアちゃんが尋ねる。


「騎士団長」


「騎士だんちょー?」


答えると、オウム返しで聞いてくる。

ちょーって伸びてる語尾がかわいい。


「そう。俺たちを守ってくれる正義の味方さんだった。」


俺はお金をたかったことは隠して話す。


流石に幼い子にそんな悪知恵を与えたくない。

あと、ダサいし。姑息だし。


…………客観的に言うと、なんかこう、心に来るな……。


「へぇー! すごいね!!」


ミアちゃんが、憧れのような表情を浮かべる。

うわっ、ジェラシーだわ。なんか、心にモヤッとくるわ。これが、NTR寝取られってやつか。


「じゃあ、」


ミアちゃんはそうつぶやいて、顔をあげると、


「私の騎士団長は、クラルお兄ちゃんだね!」


満面の笑みで言った。


ミアちゃん…………。

ホントなんなのこの生物。可愛すぎるだろ。


今ならあの騎士団長と殴り合いで、ギリギリまで競り合った挙げ句負ける気がする。負けちゃうのかよ。


とにかく、ミアちゃんは世界一かわいい。これもう普遍の原理。オイラーの等式よりきれい。


俺はそう再確認した。

















「おいしかったね」


「うん!」


俺とミアちゃんは、談笑したがら歩く。


かなり長めのお昼ごはんを終え、もう昼下り。


そろそろ宿に一回行くかと、俺たちは宿へと向かっていた。


知らない街の初めての宿なんてどうやって取ったんだと言われるかもしれんが、それはミアちゃんのお母様がやってくださいました。


なんでも、お知り合いがやってるところらしく。

事前に連絡して予約してくれているらしい。


至れり尽くせり。本当に頭が上がらねぇ。


「ふんふふーん」


鼻歌とともにスキップなんかしながら、ナリィタの街を進んでいく。


周りは皆さんお仕事の時間帯で、商品を頑張って売る人に、造る人。運ぶ人なんかも、道を歩くたびにすれ違って、それがなかなかに面白い。


例えば、りんごと砂糖と小麦粉を持ってると女の人がいて、パンケーキ屋さんかと思いきや、アップルパイ専門店だったりとか。


そんな感じで、行き交う人々は皆目的を持って、みんながみんな頑張って生きていると思うと、なんかとても不思議に感じられる。


数分も経たずに、宿の看板が見えた。


『宿 数字のお家』


…………ネーミングセンスはいったん置いておこう。


パフレットとか評判を見てもいいのに、何故か名前だけこんなんなのね。


数字のお家って、お前は高校教師かっての。


「すみませーん」


俺は、数字のお家のキレイなドアを開いて中にはいる。


入って玄関がある奥には、受付が設置されていた。


「すみません。チェックインおねがいします。」


靴を脱いで、受付に声をかける。

数秒経つと、ドタドタという慌ただしい音とともに女の人がやってきた。


若い……というほど若くもないが、年寄りではなくまだまだ現役。

三十路とかそのあたりの、きれいな感じのお姉さんなんだ。


「おまたせしましたー。予約の受付票とかお持ちですか?」


「これですかね?」


手を差し出したお姉さんに、俺はポッケから一枚の紙を取り出して渡す。


今日の朝、ミアちゃんのお母さんから渡されたのだ。内容は俺もよく知らんが、受付票っていうぐらいだから、受付に関しての情報でも乗ってるんだろう。


「はい! これですねー。お預かりします。どれどれ………………あぁ! ハクネのとこの!」


メガネを取り出してかけ、受付票を見たお姉さんが、不意に顔を上げて言う。


ハクネ?

ハクネって誰だ?


俺は脳をフル回転させて、知り合いの中からハクネさんを探す。


「あっ! あぁ、そうです。ハクネさんのところです。」


あぁ、親戚一同の名前を思い出してから、ようやく分かったわ。


ハクネさんってのは、ミアちゃんのお母さんの名前だ。


ユーリのお母さんとか、ミアちゃんお母さんとしか呼んでないし、そんな認識だったからピンとこなかったが、言われてみればそんな名前だった。


「あぁ、その子があいつの娘ね。へぇ、大きくなったじゃないの。」


いきなりお姉さんがミアちゃんを見ると、驚いたのか彼女は俺の背中の後ろに隠れてしまう。


…………なんかさ、こういうのされると自分は信頼されてるって感じがして……いいよな。


「アハハ覚えてないよねー。昔1,2回会っただけだもんなー。あたしはミヤマって言うよ。」


お姉ミヤマさんは少し悲しげに呟いて、受け付け手続き進めていく。


「はぁい、できました。広いお部屋一室ね。汚したり壊したりしなかったら多少騒いでもいいわよー。じゃあ、これ鍵。夜ご飯は6〜8時の間に言ってくれれば出すわ。」


お姉さんは、俺に鍵を渡して説明をする。


「ありがとうございます。」


俺が頭を下げると、


「はいよー。楽しんでね、ごゆっくり。」


ミヤマさんは軽くウィンクをした。


俺は元気な人だなと思いながら、未だに背中に隠れ続けるミアちゃんとともに、自室へ向かった。

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