第9話 帰還する中二病

いやさ、嬉しいよ。


そりゃ嬉しいよ。

だって無敵になれるんだよ。


そんな勇者とかにも引けを取らないようなチートスキル嬉しいに決まってるさ。


でもね、でもよ。

そんな毎回『テーテーテーテテーテーテテーテー』を爆音で垂れ流して、体を七色に光らせなければならないのは、どうかと思うのよ。


俺も一応人間だし、羞恥心ってものは少なからず存在するわけで。さすがの俺だって、ちょっと躊躇するよ。


マジで、もうちょっとどうにかならなかったのかな。


まず名前が『草』なのに、貯まるのは『草ポイント』なのに、使えるのが髭親父の無敵星って。

関連性どこいった。かすってすらいないよ。


一応マ○オといえばキノコだけど。俺のスキルは『草』だし。マジ、なんでそことそこを繋げたのか、甚だ疑問でならない。


まぁ、使えるもんはありがたく使わせていただきますけど。


これは確か一分。

今までで大体30秒使ってるから、あと半分か。


ミアちゃんと走って逃げるには少し心もとないかな。


そんなことを思いながら俺は、目の前でもはや怯えるような目をしだした大熊へと、


「えいっ!」


そう軽く蹴りを入れた。


『テレッテ、レレッレレー』


何度聞いても軽快でいて、それで少し鼻につくような効果音を鳴らしながら、大熊が飛んでゆく。


「ブ、ブモォ………」


本当に泣きそうな顔になりながら、足を子鹿のように震わせて小さく吠える大熊。


…………なんか、めっちゃ悪いことしてるような気がしてきて、すんごい罪悪感。


さっきまで英雄になると、夢を叶えると息巻いていたのに、いざやるとなると悪い気がしてくるのは小物の性か。


で、でも、あいつだって今まで沢山の人を怖がらせて時には殺してきたんだから、このくらいは味わってもらわないと。


もらわ……ない………と…………


「ブォォオオ…」


クッ……このやろう可愛げに鳴きやがって!!


「今後人を襲わなければ、こ、今回は逃してやるよ!」


俺はその潤んだ瞳に負けて、そう三下感満載なセリフを吐いてしまった。


クソ、この俺にして一生に35回くらいの不覚。


「ブォ……」


大熊はしおらしく一度頭を垂れて、ゆらゆらとふらつく足で森の奥へと帰っていった。


「ふぅ………助かったぁ…」


自分が無敵状態にいるとわかっていても、怖いものは怖い。


どれだけ夢を見たって、現実から完全に隔離されることはできないのだ。


俺は大熊が見えなくなったのを確認して、大きくため息をついた。


「もう大丈夫だからねっ!!!」


俺の勇姿を見ていたかと。


ちゃんと助けに入って、退治までしたぞと。

どうだこのお兄ちゃんカッコよくないかと。


すべての人々のではなくとも、君にとっての『英雄』にならなれたんじゃないかと。


そう思いながら、振り返った。


そこには…………


「……ぅ……あぅ……」


寝息を立ててすやすやと眠るミアちゃんが居た。

恐怖から安心の落差で眠ってしまったんだな。


「はぁ、ったく、俺が夢を叶えられる英雄になれるのはまだ遠いみてぇだな」


俺はそう吐き捨てて、頭をかくと


「よいしょっと」


ミアちゃんを背負って、帰り道をたどり始めた。


「…すぅ………うぅ………あり……あとぉ……」


背中越しに、そんな舌っ足らずな感謝の声が聞こえてくる。


「……ゆっくり寝ろよ」


俺は小っ恥ずかしくなって、ぶっきらぼうに返答した。


背中越しに伝わってくる彼女は、とても軽く。それでいて、とても濡れていた―――――








―――――怖かったんだろう。


そりゃそうだ、俺ですらびびってションベン垂らすようなバケモンなんだ。


そいつに一人で立ち向かって、その上俺のことを逃がそうとしたんだ。


こんな若いのに、こんな小さいのに。他人のこと思って、死を受け入れて。


ほんと、誰に似たんだか、強いやつだよ。


それに比べて俺は…………。


「はぁ、バカみてぇ」


俺はため息混じりに吐き出す。


行きと違って、まるで俺たちを受け入れてくれたかのように、優しい鳥や虫の鳴き声しかしない。


そんな穏やかな森で、不意に頭を上げてみた。


「月か…………」


夕方に仕事が終わって、そっから山登って。ミアちゃん探して、見つけて戦って。


そんくらいしてれば、日も落ちるわな。

今までは気が張ってたからか、全く気づかなかった。周りはこんなに暗くなってんのに。


「明日から、本気出すか」


俺は微妙にかけてる、名前もない月を見上げながら。


そう、いつもなら絶対に達成されない目標を、吹き抜けてく夜風へと預けた。













「ふへぇ……帰ってきたぁ……」


俺は見慣れた町並みに、心底安心の声を漏らした。


「……うぁ……むぅ………」


背中ではまだ安らかにミアちゃんが寝ている。

起こさないように注意してきたし、辛かっただろうからゆっくり休んでほしい。


「ふぁぁ」


そう大きくあくびをする俺の体は、もう光ってないし爆音で音楽を打ち鳴らしてもいない。


普通にただの汗かいて汚れまくった少年だ。


――――汚いだけの少年


俺の武功が語り継がれることはない。

たった一人の見物人は夢の世界へと旅立ったから。


でもまぁ、二人共死なずに帰ってこれただけで、御の字だろう。


俺はそんなことを思いながら、町へと足を進めた。


いつも夜は落ち着いていて、散歩とかにはいい感じなんだけど……


あれ? なんか今日みんないつもと違くない?


未だに人と会ってないからなんとも言えないけど、なんとなく家とかから漂ってくる空気感がいつもと違う。


なんか張り詰めているような、微妙な緊張感があった。


「あっ! おじちゃん!!」


よく分からないけど、一旦家に帰ろうと道を歩いていると、丁度街の真ん中くらいのところで、おじちゃんに出会った。


この人は、最初には大熊がでたって叫んじゃうタイプのおじちゃん。


「おうっ!!? お前生きてたのか!!?」


おじちゃんは、俺の体を見つめてひどく驚いた声を上げる。


ちよっ、そんな見ないでよ……恥ずかしいじゃない////


「おうよ! で、何なのこの騒ぎ。」


サムズアップで答えて、ついでにこの違和感について尋ねた。


夜中にこんなところにおじちゃんがいるだけでと中々に事件なのに、今この場には少なく見積もっても5人は大人たちがいる。


明らかに普通ではない。


「何って、ミアを探してるんだ!! あと、大熊が来るかもしれねぇならその対策だ!」


おじちゃんは手を振りかざして、身振り手振りでそれを主張した。


「あぁ、それなら大丈夫よ。」


興奮気味のおじちゃんを片手で制し、俺は至極当然といったように言う。


こういうのは雰囲気が大事だからな。

本当は『俺がやったんだぜスゴくね!? マジ神じゃね?』と喚き散らかしたいけど、我慢我慢。


『英雄』は己の手柄を言いふらしたりなんかしない。なんなら隠そうとする。


成ろうとして成るものではなく、勝手に成っているものらしい。


それで行くと俺は一生成れないのかもな。


「へ?」


おじちゃんは本当に間の抜けた『へ?』という声を漏らした。


「ほら。」


俺はさも普通を装って、背中でまだスヤスヤと寝息を立てているミアちゃんを見せる。


「お、お、お、」


背中に乗った彼女を確認した途端、おじちゃんは壊れた機械のように『お』を連呼し始めた。


おじちゃん、ミアちゃんを発見した俺に感謝して声も出ないのかな。


俺は若干のニヤつきを抑えながら、おじちゃんの言葉の続きを待った。


ゴクリとつばを飲んだあと、おじちゃんは大声で、


「お前が犯人だったのかぁぁぁああああああ!!!!」


そう叫んだ。


…………嘘だろおじちゃん


「なんでそうなるんだよっ!!!」


俺も堪らず、対抗して大声でそんな心からの声を叫んだ。






「おじちゃんな、俺は助けたんよ。拾ったんよ。で、連れて帰ってきたんよ。」


俺は懐疑の目で俺を見るおじちゃんに諭すように言う。


「なるほどなぁ……がか?」


「……なんだよ、俺だとダメなのかよ。」


お前という部分を強調されると腹が立つ。

なんで俺だったら信じてもらえねぇんだよ!!


俺だからか!!? それとも俺が俺以外じゃないからか!!? それどっちも同じ意味じゃね?


「いやダメってことないけどもな……なぁ?」


おじちゃんは腕を組んで少し悩んだあと、後ろの皆様方に訪ねた。


「「「「なぁ」」」」 


いきなり話題を振られた皆様方も、見事な連携プレーで『なぁ』を返す。


てめぇら『なぁ』じゃねぇんだよ、『なぁ』じゃっ!


証拠があるんだよ!!? 今俺の背中にミアちゃんいるんだよ、眠ってるんだよ!!?


ねぇ、これは結構大きな証拠だと思うんだけどさぁ!!


「まぁあれだ、とりあえずミアを家に帰してやろう。」


なんかいきなりそんな至極真っ当なこと言われるとさ……なぁ?


俺はおじちゃんから降り注ぐ生暖かい視線に、睨みで返して、


「じゃあ行ってくるわ」


そう言い残し、ユーリの家に向かった。


「絶対ウソだよな?」


「あれは本当に見えなかったぁ」


「まぁそういう時期だろ」


「中二びょ………ププ」


「こらっ! 笑ってやるなって……クフフ」


ねぇ!! 聞こえてるんですけどぉ!!?

本人まだそこにいるんですけどぉ!!?


言うならせめて俺の預かり知らないところで言ってもらえますぅ!!?


…………マジ、お前ら後で覚えてろよな、夜中にお前んちの横で無敵状態になってやるぞ。『テーテーテーテテーテーテテーテー』地獄だぞ。


俺はおじちゃんたちの笑い声に、そう決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る