第8話 スーパースター

「ハァッ!!!」


俺は思考の加速が終わると同時に、そんな奇声を上げながら、大熊とミアちゃんとの間の小さな隙間へと飛び込んだ。


解除されたスローモーションが、再びかかるのを感じる。


今度は、本当に死ぬ間際のやつだ。

走馬灯とかが見えるような時間。







――――あぁ、俺死ぬんだ








死を直前にしたら、怖さも未練も何もなくなって、ただひたすらに『死』という事実が寄り添ってくる。





―――死ぬのかぁ。






――なんかしょっぺぇ人生だったなぁ。


―彼女もできたことないし。

―告白されたこともしたこともないし。

―キスもハグもできなかったし。


―うまいもんをたらふく食べることもできなかったし。


―――あぁ、こんなんなるならもっと自由に生きればよかった。


――ほんと、いきなり死ぬとか予想外。

―神様には死ぬ一年前にちゃんと、『来年死ぬ』と連絡してほしいところ。




はぁ――――死ぬ夢叶えるか――




俺はまるで『トイレ行くか』くらいのテンションで、人生の最後を決めて思考加速を終わらせた。


とたん、


「グワァァアアアアアアア」


そんなはち切れんばかりの熊の咆哮が響く。


俺はすでに抜き放った剣を、無駄だとわかっていても振りかざし、熊に対抗しようとする。


が、しかし。こんな人っ子一人が頑張ったところで、魔獣に勝てるわけもなく。


「グォゥウウウウ!!」


俺は後ろのミアちゃん共々殺されそうになる。


明らかな実力不足。

俺と大熊との間に存在する絶壁の壁。


本当に諦めたくなるような差だ。


でも俺は、目を閉じない。後ろに下がらない。


絶対に、諦めない。


言ってしまったから――

           ――助けると


決めてしまったから――

          ――俺が行くと


願ってしまったから――

         ――誰かの英雄に成りたいと


だから、俺はもう死んでも死ねない


「けっへ」


俺がまるでどこかの劇団のピエロのような笑い声を上げて、大熊へと無謀にも立ち向かう決意をしたその時。


『神のご加護……』

『あなたに神の寵愛を……』

『実は君異世界転生者で……』



なんていう、超常的な声が聞こえることもなく。


ただ、無機質に冷たい声で、




『草ポイントを変換しますか?』




そう告げられた。











これは………どういうことだ?


もしかして、今まで貯めてきた使い道もわからない草ポイントを使うことができる……のか?


俺は突如聞こえてきたその声に、不安半分期待半分の気持ちで、もうこの際使えるもんは使ってやろうと思う。


「交換しますっ!!」


俺は迫りくる大熊を見つめながら、そう期待を込めて叫んだ。


『了解致しました。現在貯まっているポイントは10ポイントです。1分間分と交換できますが、どうしますか?』


立て続けに息を吸うことすらせずに、草ポイントの説明をされた。

いや、使い道とかの大事な説明は一個もなくそんな事を言われても…………。


1分間分と交換?

いや少し説明足りなくない?


1分間分って何なの。

1分貰えて、自分だけその時間は動けるとかそういうの?


本当によくわからない。

『草スキル』事態謎なのに、それで貯まる『草ポイント』となればもはや理解不能だ。


とりあえず、よく分からないけど使うか。

普段だったら迷いに迷った末使うけど、今はこれ以上落ちることはないから、ある意味安心して使える。


『1分交換で』


『了解しました。』


俺が頭の中で叫ぶと、間髪入れずに返答された。


………………………


…………



……




…………あの、何も起こんないんですけど。


俺はもうそろそろシャレにならないくらいに近づいてきた大熊を見ながら脳内でツッコんだ。


もうちょっとで俺の人生山場なんですけど、出来れば早めに効果発揮してもらえません?


結構切羽詰まってますよこちとら。


『使用の際は、と叫んでください。』


俺が怒っていることが伝わったのか、無機質な声が補足してくれた。


…………なんなん、スーパースターって、バカにしてんの?


まぁ、今はこれしか縋るものがないから、使うけどさ……。


俺は少し恥ずかしさを感じながらも、背に腹は代えられないと、流れ始めた時間の中で、


『す、


そう叫んだ。


すると、




テーテーテーテテーテーテテーテー

テーテーテーテテーテーテテーテー

テーテーテーテテーテーテテーテー

テーテーテーテテーテーテテーテー

テーテーテーテテーテーテテーテー




そんな軽快な音楽がなり始めた。


ハッ!? もしかして草ポイントって、この変な音楽鳴らすだけなの!!?


いや、違うよな。

そんなわけないよな。


だってほら、自分の体を見てみたらさ。

見事に七色に光ってやがるぜ!!


うん、すっごいピカピカしてる。夜中こんなやつが歩いてたら絶対通報するよ。


俺のスキルの効果は『テーテーテーテテーテーテテーテー』の音楽を鳴らして体を光らせるだけなのか。


それはないだろ…………。


もう時間ないんだよ。


前を向けば大熊との距離はもはやなくなり、本当に目と鼻の先に鋭利な爪が迫っている。


このままだと、ヤバい。


俺一人ならいいけど、すぐ後ろこの背中の向こうにはミアちゃんがいるんだ。


引くにも引けないし、かと言って逆転できるような力があるかといえばそんなことはない。完全に八方塞がり。


「ブォォォオオオオオオ」


俺が絶望に頭を抱えていると、大熊がこれで終わりと言わんばかりに吠えた。


もうそろ時間だ。


俺はそんなことを思った。思ってしまった。


諦めたくないし、認めたくない。けど、認めざる負えなかった。


今の俺には、大熊に勝てない。


どうあがいても、どんなに願っても。

実力差は覆せないのだ。


耳からは『テーテーテーテテーテーテテーテー』

目からは迫りくる強靭な刃と、自らの体から発せられる七色の光。

後ろには泣きじゃくるミアちゃん。


本当に最後の最後までカオスな人生だ。


俺はせめてミアちゃんだけでも逃げてくれと、思いながら死んでい――――









――――かなかった














ずっと死ぬのかと、痛いのは嫌だと、楽に逝かせてくれと思っているのに、いつまで経っても痛みも何も感じない。


なんなら、触られた感触すらなかった。


あれ、俺もしかしてもう死んでる?

気づかないうちに死んでる?


そんなことを疑ってしまうが、その直後に聞こえてきた音で現実だと確信する。


『テレッテ、レレッレレー』


そんな軽快な音。


それは俺の体からではなく、身の前の…………最凶で最恐の最強魔獣、大熊さんから聞こえてきた。


俺は恐る恐る、目を開いて…………絶句した。


今まであんなに怖かった大熊が、まるで何かの御伽噺の中のように、1メートルほど注へ浮き………そこから、地面へと落下してきているのだ。


へ? 意味がわからないよ。

なんで大熊のほうがダメージ受けてる……というか吹っ飛んでんの?


…………いや、分かっているんだ。


もう薄々感づいているんだ。けど、だけど、認めたくないんだ。


俺はを確認するため、いきなり吹っ飛んで意味わからないと呆然に立ち尽くしている大熊に近づいていく。


「ブ、ブゥオオオオオ!!」


大熊が近づいてくる俺に対して、警戒の声を上げるが、今の俺はその程度に怖がったりしなかった。


だって………


俺は流れるように躊躇なく、熊へと手を伸ばした。


「ブモォォオオオオ!!」


当然、大熊も抵抗して、その研ぎ澄ました爪で襲いかかってくる。


「キャァッ!!!」


背後からユーリの妹の悲鳴が聞こえてきたと同時に、俺の手と大熊の爪が触れる。


本来なら、俺の手がまるで紙を裂くように無くなるはずだ。


…………しかし、実際はどうだろう。


やっぱり今回も大熊の方が、『テレッテ、レレッレレー』という愉快げな音とともに1メートルほど浮き上がり、その後落下したではないか。


……マジかよ。


俺は認めたくない…………けど。


このなんか聞き覚えのある音楽。

今も七色に光り続ける俺の体。

そして大熊の倒れたときの音楽。


これらを総合的に鑑みれば、認めざるを得なかった。


俺の『草スキル』。


それで貯まる『草ポイント』を使うと、一定時間だけ某国民的髭親父兄弟ゲーム、スーパーマ○オブラザーズのスーパースターを使用した時と同じ、無敵状態になれるみたいです。








…………クソがぁぁあああああああああ!!!

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