第5話 馬鹿ならば
その声は、平和そのものなこの町には似合わないものだった。
確かに山に囲まれている田舎だし、山には魔物が出ると昔から決まっているが。
うちの町では定期的に騎士団の人とか冒険者と言われる人達が来て、退治してくれるのでそんな連絡を聞くことなんて久しくなかったのだ。
「嘘だろっ!?」
「本当だ! 北の山でとんでもなくデケェ熊が出たんだっ!!」
「そんな、熊なんて俺らじゃ退治できねぇだろ!?」
「助けぇ呼ぶか?」
「駄目だ! 隣町ですら一時間はかかる!!」
「じゃあどうするんやっ!?」
「わからねぇって!! オラに聞くな!」
叫んだおじさんに、町民たちが寄り合ってやいのやいのと話をしている。
『とにかくっ!! 誰か強いスキルを持ってるやつを!!』
おじさんの一人がそう大声で叫んだ。
だよな、そうだよな。普通に考えて、強い戦えるようなスキルを持ったやつを呼ぶよな。
じゃあさ、俺みたいな『草スキル』なんかは門前払いだよな、お呼ばれすらされないよな。
それはそれでちょっと悲しいけど、安全に越したことはないし。
俺は、そう思いながらそそくさと帰宅の準備を終える。
昨日沢山のスキル持ちが誕生したし、大熊くらいなら倒せるだろう。
俺はそんな楽観的な思考とともに、その場をあとにし――――
「ユーリんとこの妹さんがいねぇって!!!!」
――――ようとして、足を止めた
ユーリんとこの妹さんが……つまり、ユーリの妹であるミアちゃんが行方不明と……。
そんなこと、俺に関係ないよな……。
――俺の脚は、家へと向かっている
ユーリは今日いなくなったんだよな……。
――俺の腕は、念の為つけていた腰の短剣にとびている
妹ちゃん会ったことあるよな、かわいかったよな……。
――俺の心臓は、走り出す準備を始めドクンドクンと大きな鼓動を打っている
ユーリの家族みんないい人だよな、優しいよな……。
――俺の瞳は、すべてに集中しようと何時にもまして開いている
ユーリ……妹が怪我したとか聞いたら、悲しむよな。
――――後は、俺の脳が『行け』と『進め』と『走り出せ』と、一言指示を出すだけだ。
―――良いのかここで行って。怪我するかもしれない。倒れるかもしれない。最悪、死ぬかもしれない
――良いのかここで行かなくて。後悔するかもしれない。怖がっているかもしれない。最悪、死んでしまうかもしれない。
――さあ俺、行け
『走れ』
俺なんかが行っても、意味がないかもしれない。
俺なんか、役に立たないかもしれない。
俺なんか、瞬殺されるかもしれない。
俺なんか、『草スキル』なんて、どうでもいいかも知れない。
けど、だけど…………
『草』だから、『草』だからこそ…………
『それは草ww』そう笑い飛ばして、馬鹿なら馬鹿らしく真正面から飛び込んでいくしかねぇだろッ!
「おっちゃん! それ借りるぜ!!!」
俺はもはや面白くなって、超ハイテンションで笑いまでこみあげてきた。
近くにいたおっちゃんの持っていた、長めの剣を半ば奪い取るように貰う。
「おうよっ!…………って、えっ!? ちょまっ!」
おっちゃんはなにか言いたげだがちゃんと最初には『おうよっ』って返事してくれたし、何より借りただけだから。
「後で返すっ!!」
俺はそう、言い訳代わりの未来を叫んで走る。
「おっさん、北の山の何処だ!? 何処で見たんだ!!?」
今度は、最初に大熊が出たと叫んでいたおじちゃんの肩を掴んでそう尋ねた。
もはや自分でも明らかにおかしいテンションだけど、もうこれくらいになって自分すら騙さないとやってらんない。
だって、これから『草スキル』なんてクソ武器だけ持って大人数人かかっても瞬殺されるような化け物に喧嘩売りに行くんだ。
そんなやつがまともなテンションだったら、逆に怖いだろう。
「あぁ、あの草の谷あたりだよ…………ってお前っ!?」
このおじちゃんも俺のハイテンションに飲まれて、素直に答えてしまう。
フフ、おっちゃんもおじさんもすまねぇな。
一度ノッたが運の尽き、俺は止まれらないぜ!
…………心の底では止まりたいと思っているとか、そういうことは言っちゃだめだ
俺は震える手で剣の柄を一度撫でて、北の山へと道を辿っていった。
「帰りてぇ……」
俺は荒くなった息をそのままに、失速したでも一応走りながらそうつぶやいた。
さっきまではまだまだハイテンションで、『大熊なんて倒してやる』的な考えだったんだけど。
北の山の麓に差し掛、とうとう茂みの中に足を踏み入れようかというとき、プツンとまるでそんな音を立てて糸が切れるように、テンションがガク落ちした。
怪しい薬的な感じで、一時的にテンションがバク上がりしていたんだろう。そしてその効果は、すぐに切れてしまった。
深夜テンションが深夜にしか発動しないのと同じで、ずっとハイテンションだったらそれこそ壊れてしまうから。
でも、でもさ……今は切れちゃダメだろ!
俺は内心でそう叫んだ。
大熊というのは本当に異次元の生物だ。
大熊はただの熊じゃないし、大きいだけの熊でもない。ましてやはちみつをあげても仲良くなれない。
大熊ってのは、簡単に言うと超デカい熊に似ている魔物のこと。
そう。熊に似ているだけ。
生物学的には熊からかけ離れていて、ただ見た目が似ているだけ。
そして、大熊は魔物である。
普通の動物ではなくこちらから攻撃しなくても襲ってくるような、凶暴性の高い魔物なのだ。
とても大きく、力は強く、皮も厚い。
物理攻撃は通りずらく、特殊な技で攻撃してくる。
そんな、厄介この上ないモンスター。それが大熊だ。
大熊に出会ったときの対処法を聞かれれば100人中99人が『逃げる』というであろう。
戦うなんて無謀もいいところ。油断を見せなければいいなんて次元ではない。
だから、なりふり構わず逃げる。
逆に言うとそれ以外に生き抜く方法はない。
しかも逃げたからと言って助かるかといえば、それもまた違う。
普段から鍛えている騎士団が装備を全て外して、全速力で走ったときですら、逃げられる確率は0.01%未満。
1万人に1人がやっと逃げ切れる低度の確率しかないのだ。
普段から鍛えている騎士団の方でこれなんだから、今まで運動をろくにしてこなかった俺が逃げ切れる確率はほぼゼロに等しい。
本当に、大熊というのは『化物』なのだ。
「ガァアアアアアアア!!!!」
「ウギャアアアアアアアアアア!!!」
「ウンガァァァァアアアアアア!!!!」
「フニャァァアアアアアアアア!!!!」
「ブゥワァァアァダアアアアアアア!!!」
「キッシャァアアアアアア!!!」
俺がこの山を登り始めてから、体感ではもう何時間も経っているけど、多分実際には30分がいいところだ。
正直ドーパミンの効果も切れて、怖さと寂しさとに押しつぶされそうだ。
山を登ることで体は疲労していく一方だし。
もう体はとっくの昔にギブアップのサインを出している。けど、俺の足は動き続けている。
心が。心が行けと言い続けているのだ。
身体の悲鳴を聴いて脳みそが停止命令をだしても、心がそれを覆い隠すほどの声量で『進め』と叫んでいる。
限界が迫って来ても、視界さえ朦朧としてきても、心は叫ぶのをやめない。
それはきっと、幼い頃からの夢と言う名の一種の刷り込みのせいだ。
――――英雄になりたい
そんな概念的で現実性のかけらもない夢。
俺はそれをこの人生の間でずっと、自我が芽生えるよりも昔から想い続けてきた。
――誰の
―――どんな
――――どういう
そんな具体的な部分は何も決まっていないくせして、自分の中に勝手に作った『英雄像』を追い続けているのだ。
――誰かの
―――希望となる
――――『英雄』に
誰でもいい。
一人でもいい。
小さくても、忘れられたとしてもいい。
それでも良いから、誰かにとって少しでも『希望』に、『光』と、成れれば良かったんだ……成りたかったんだ。
汚くたっていい。
醜くていい。
嘲笑われたって、石を投げられてもいい。
俺の全てを代償にしてでも、誰かの『絶望』や、『闇』を、笑顔にできれば良かったんだ……したかったんだ。
いや、
――
「……暗い、寒い、怖い、寂しい、不安だ、帰りたい、泣きたい」
そんな弱音を吐いてしまっても、どんなにスキルが酷くても、その夢だけは諦められなかった。
道はあるにはあるけど獣道も獣道。人間の俺は通ることは勿論、足を踏み入れることすら許されない。
そんな山の斜面を、荒い息と共に駆けてゆく。
何が俺を突き動かすのか。
使えないスキルへの悔恨か、前を征く幼なじみへの羨望か、この状況への憎悪か、大熊への恐怖か、弱者への恩情か。
いいや違う。
これらよりももっと泥臭くて格好の悪く、そして何よりも強く、美しい想い――――
――――羨望
夢への羨み
憧れの望み
そんな単純な『夢への憧れ』だけで、俺は走っていた。
『英雄』に成りたい。
そんな滑稽な夢物語が、ミアちゃんを発見して連れて帰る。
それだけで成し遂げられるかもしれないのだ。
『誰も』にとっての英雄でなくとも、『誰か』にとっての英雄になら成れる。
俺みたいなちっぽけな人間には、それだけで十分だから。
「待ってろミアちゃん、待ってろ夢――
――今、俺が行く」
俺はそんな宣言と共に、山を駆け上り始めた。
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