第4話 現実逃避

「ふぅ、疲れたぁ」


俺は広い畑の真ん中で、一人汗を拭いながら呟いた。


昨日のことはあれ以来両親も触れてこなかったし、俺もわざわざ話題に出さなかったから、話していない。


心のなかではどうにかしないといけないと思っているけど、神様からもらえると言われるスキルを、俺がどうにかできるとは思えなかった。


だからもう忘れて、家業の畑仕事に専念している。


俺ももう15だし、働かないといけない。


今までは、心のどこかでいいスキルを貰って一人で生きていくなんて思いがあったから、大して手伝いはしてこなかったけど……。


まあもらえたのはあんなんだし、農家ってのも嫌いじゃなくて俺の性に合ってる気がするから、今日からは真面目にやろうと思うのだ。


「ふんっ!!」


いきなり出荷する畑の方はやらせてもらえないので、今は使っていない畑を耕して次の時期に使えるようにするのが、今の仕事だ。


正直、かなりの重さのある鍬を振り続けるのは疲れるし大変だけど、何かしていて誰かの役に立っている。それだけで、嬉しくてやる気になった。


「ふんっ! はぁっ!!」


離れたところで父ちゃんと母ちゃんが何かを話しているのを横目で見ながら、俺は鍬を振り続けた。








「おーい! 休み入るぞー!!」


あれから2,3時間経った頃、遠くから父ちゃんのそんな声が響いてきた。


もうお昼休みか。長いようで短かったな。


「わぁかったぁ!!!」


俺は鍬に寄りかかりながら、そう叫ぶ。

父ちゃんがサムズアップしているのが小さく見えた。


昼飯は食べても食べなくてもいい。

どうやら父ちゃんたちは食べるみたいだけど、俺は張り切って朝ごはんを食べすぎたから、まだいいかな。


「ふぅ、やっぱ疲れたな。」


体感時間では短くとも、ずっとほぼ休み無しで畑仕事をしていたら、体は悲鳴を上げる。

今まで大した運動もしてこなかったし、なおさらだ。


「ふはぁ、寝るのってなんでこんなに楽なんだろうか。もはや犯罪級。捕まって執行猶予付き懲役2年になって釈放されちゃうね。」


俺はそんなしょうもない冗談をつぶやきながら、畑の側の芝に寝っ転がった。


ここは芝と言っても管理とかろくにしてないから、伸び切ってしまって、肌触りがいいとは言えないけど、それがかえって寝っ転がるのには最適だ。


「ふふんふふんふんふん、ふふんふふんふふふん」


適当に鼻歌を歌いながら、俺は芝の上で二転三転ゴロゴロとだらける。


いやぁ、いいねぇだらけるの。


「アイツラは……もういったかな…」


俺はふと、そんなことをつぶやいた。


ユーリとアクス。

やつらは高位スキルだから、王都に出て行くらしい。


見送りに来てとは母ちゃんづてに聞いたけど、俺は行かなかった。

どんな顔していけばいいのか分からないし、第一もう俺とアイツラとは関わりがないから。


俺はずっとこの町で、やつらは都会で生きてくんだ。

もしかしたら、世界を股にかけた大冒険でもやるかもな……。


「フッ」


おれは自虐気味に笑って、芝に顔を埋めた。


悲しくなんて…………ない……羨ましくなんて……ない………


「うぐッうゥ…グぅ……クソ……クソッ……」


俺は誰にも聞かれないように、声を抑えながら嗚咽を漏らす。


悔しい……悔しいよ…………俺が、俺がもっと良いスキルなら、二人と一緒に出てけたかもしれないのに……。

前みたいに、3人で笑い合えたかもしれないのに……。


アイツラは自分の夢を追っていった。


都会に出て、強い仲間たちと時に危なく時に楽しい手に汗握る大冒険をするんだろう。


俺だって……俺だって、本当はこの街を出たかった。


それこそ勇者とかの世界の命運を左右できるようなポジションにつきたかった。


「英雄……」


俺は涙声でつぶやく。


そうだ。夢があったんだ。


子供の頃誰しも抱くような、そんな無謀な夢が。

大きくて大きくて、叶うわけ無いと言われるような夢。


その夢は普通なら、時間が経つに連れて薄れていく。


けど、俺は『記憶の混ざり』でみた『アニメ』や、母ちゃんが読み聞かせてくれた『英雄譚』のせいで…………その夢を未だに忘れられていなかった。


俺は――――――










―――――誰かの英雄えいゆうに成りたかった



ドンッ


力を込めて振り下ろした拳は、鈍い音を立てて地面に当たる。


いてぇ……いてぇよ……クソ……クソっ……クソぉっ!!!


「クソッォオオッ!!」


俺が堪えきれずに、手に掴んだ草を引きちぎって咆えたその時――――




『○○○○□□□□△△△△』




――――周りに誰もいないはずなのに、無機質で冷たい声がした。


「な、なんなんだよ……」


俺は怖くなって、立ち上がって周りを見渡す。


「誰も……いない…よな……」


でもやっぱり、周囲に人はいなく、少し離れたところにカカシが立っているだけだ。


でも、でも聞こえたんだ。


無機質なまるで感情のないような声が。


そして、その声は確かに――――






『草ポイントが貯まりました』






――――そう言っていた。










「草ポイントォぉ?」


俺はその言葉の意味がわからず、つぶやいてしまう。


なんなんだ草ポイントって、草が貯まるのか?

俺のスキルは『草』だけどそれに関係あるのか?

ポイント貯まったら何かもらえるのか?


俺が頭に疑問符を並べていると。



『草ポイントが貯まりました』




また、そんな無機質な声が響いた。


何なのこれ?


俺は一定間隔で響くその声が、真面目に怖くなってくる。


「草ポイント……」


俺はさっきから謎に貯まっていく、謎のポイントの名前を口に出してみる。


別にこれといった変化は起こらない。


このポイントが貯まって、一定ラインを超えたらなんかすんごい力が手に入るとか、美少女が空から降ってくるとか、謎の古代兵器を見つけるとかそんなことが起こるのか。


そんな淡い期待を抱いてしまうが、まあ大したことは起こんないだろう。


だって名前からして、『草ポイント』だもん。


『草スキル』て貯まるから『草ポイント』って……いくらなんでも安直すぎやしないか。


「もぅ昼終わりだぞぉ!!!!」


俺が何も起こんないし昼寝でもするかと、芝に寝転がり直そうとすると、父ちゃんのそんな声が聞こえてきた。


「わかったぁあああ!!!!」


俺も大声で叫んで、サムズアップしてやる。


「さてと、草ポイントの貯まる草スキルくんは無視して、働きますか。」


俺はスキルのことを小馬鹿にして笑って、鍬を持った。


ほんと、草ポイントなんて貯まらなくていいから、力がちょっとでも強くなるとかにしてほしかったわぁ。


なんか壮絶にフラグを立ててる気がしなくもないが。まぁ草だし、そんなスゴイことなんて起こらないだろ。


俺はそう思いながら、畑仕事に勤しんだ。










「もう終わりだぞぉ!!!!」


俺が畑を耕しすぎて、もはや大地と意思疎通できるようになったんじゃないかと、錯覚し始めた頃。


そんな、午後のお仕事の終わりを告げる絶叫が響いた。


おうおうおう、子持ち中年にしてはいい声してんねぇ。


でもな、父ちゃん。やっぱ若さには勝てねぇんだ。


俺はニヒルな笑いを浮かべて、大きく息を吸い、


「おっけぇええ!! イエェエエエエーーーイイイ!!」


そう父ちゃんよりも大きな声で叫んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ………ど、どうだよ親父……俺の叫びも中々のもんだろ?」


俺が息を整え、アニメの主人公ばりなセリフをはいて父ちゃんのいるはずのところを見つめると。


「あれ? 父ちゃん?」


そこに父ちゃんの影はなかった。


父ちゃん……もしかして攫われた!?


………まぁそんな訳もなく、二人は疲れた疲れたと腰を叩きながら先に帰っておりましたまる


「俺はあと少しだし、ここの角だけやったら帰っか。」


もう仕事の時間は終わったのだけど、細かいことには謎に厳しいと有名な俺としては、この四角い角に対して丸く耕されている現状は断固として許せない。


家の床を丸くはくのが苦手なのと同じで、畑もちゃんと四角く耕したいのだ。



「ふんすっ! おりゃぁっ! とりゃっ! こにゃろっ!! 滅びろっ!!!」


どんどんと荒々しくなっていく掛け声とともに、A型発狂ゾーンこと端っこを耕していく。


「ふぅ、まあこんなもんか。」


俺はパンパンと手を叩いて、爽やかな笑みを浮かべながらつぶやいた。


「ふぅ、働いたぁ」


気の抜けた独り言をつぶやき、俺が鍬を片付けようとしたその時――――




「大熊がでたぞぉぉぉおおおっ!!!!!」




――――絶叫にも似た声が響いた。

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