第3話 トラウマ
「教会から飛び出して心配したんだよ!? みんな君のことを待ってる!!」
肩を掴んだアクスが、ガシガシ揺らしながらその端正な顔を近づけて怒った。
俺は……このアクスという男が、苦手だ。
子供の頃。それこそユーリと一番遊んでいた頃。
彼とも仲が良かった。毎日遊んで、お互いがお互いを親友だと思っていた。
けど、どんどん自我が芽生えていくに連れて、俺は彼に一方的な劣等感を抱き始めた。
まず容姿。俺も自分がブスだとは思わないけど、アクスは圧倒的に整っているのだ。
ユーリとアクスが二人で並んで歩いているのを、街のみんなは美男美女カップルともてはやした。
そして、俺はただその一歩後ろをついていくだけ。
それだけでもまだ幼い俺にとってはかなりの苦痛だ。
さらに彼は背も高く、性格もバカ真面目で温厚。優しさの権化のような人間。
何だって器用にこなすし、もちろん女の子からもモテモテ。しかも、実家は町長ときた。
もはや俺が勝てる要素なんて微塵もなく、彼と一緒にいるとまるで自分のすべてが否定されているようで。
彼の優しい笑みが、俺を蝕むようで……。
いつしか、俺は家の手伝いという名目でアクスとユーリを避けていた。
そしてそれは今でも変わらず…………いや、今日のスキル判定でさらに顕著に現れた。
俺は草。ただの草。草なんて草ww。
そう嘲笑われるために生まれてきたとしか思えないクソスキル。
対して彼は、聖騎士。
人数が少なく、王都でも常に募集がかけられているほどの超上位スキル。
これに劣等感以外の何を感じろというのだ。
「なぁクラル! ちゃんと聞いてるか!?」
俺が考えている間にもずっと肩を揺さぶり続けていたアクスが叫ぶ。
「…………れ……」
俺は肩を掴む彼の手の上から自分の肩を掴んで、声にもならない声を漏らした。
「なにか言いたいことがあるなら言ってくれ!! できることなら力になる!」
アクスはどこまでも優しく、俺に寄り添った言葉を
「…だ……れ……」
俺は彼の手を肩から引き離し、俯いたまま言う。
「誰って、アクスだ!! 覚えてないのか!!? 一緒に遊んだじゃないか!!」
もう……もう限界だ…………
「黙れ」
自分でも驚くほど低くて冷たい声が出た。
静まり返ったその場に、川が流れる音だけが響いている。
「え? ちょっとまってくれ、今なんて言ったんだクラル?」
わけがわからないと言った表情で、アクスが言う。
彼は今まで、こういった攻撃的な言葉、暴言を浴びたことがないのだろう。心底戸惑っているようだ。
「だぁかぁらぁ! 黙れってつってんだよ!!」
アクスが伸ばした腕を払って、俺は大声で叫ぶ。
反響した声が、数秒間場に場に残り続けたその時。
雨が、降ってきた。土砂降りでも激しく打ち付けるでもなく、小雨が降り始めた。
「クラル…………」
「クラルくん……」
少しして、二人が俺の名を声が聞こえる。
彼らは俺が冗談だと、ごめんと言い出すのを待っている。
―――――けど俺は、止まらなかった。止まれなかった。
一度開けてしまった感情の蛇口を閉めるには、開けるときの何十倍の力がいるんだ。
強く降り出した雨に負けないように、俺は、
「笑えよ……
なりふり構わず、大声で絶叫した。
悲しくて惨めでたまらないはずなのに、何故か口元は緩んでいる。
「クラル、一旦落ち着こ……」
「なぁアクス。俺らって何が違うんだろうな……」
なだめようとした彼の肩を今度は俺が掴んで、キスできそうな距離まで詰め寄る。
「そりゃ何もかも違うじゃないか。本当にどうしたんだ……?」
「ハハッそうだよな。何もかも違うよな……。俺はなんでも中途半端なクソ人間。草がお似合いのしがない農家だ。いや、農家にもなれねぇかも知れないな。」
恐怖と困惑を瞳に浮かべながらもちゃんと答えるアクスに、俺はそんな笑えない自虐を披露した。
「そんなこと……」
当然優しい彼はそう否定してくれるけど、
「それに比べてお前は聖騎士。どこ行っても歓迎されるスーパースキル。おまけにイケメンで聖人ときた。」
そんなこと俺が許すはずがなかった。
こうやって感情を抜きにして事実を列挙したら、彼はそれを覆せない。反論できなく、自分が俺に勝っていることを認めざる負えない。
「くっ…………」
「そんなことっ!!」
苦しそうに目を伏せたアクスの代わりに、今まで黙っていたユーリが叫んだ。
「ユーリだって、聖職者だ。実家は教会のお偉いさん。明日には王都に行ってガッポガッポ稼ぐか、はたまた学園にでも入って学ぶか。どちらにせよ順風満帆な日々だよ。」
でも、それだってアクスのときと同じで、簡単に否定できる。
彼らが俺に勝っている証明は、いとも容易く示せるのだ。
「…………」
「…………」
二人は何か言いたげに俺を見つめるが、何も言い返せずに黙っている。
…………はぁ
俺は何でこんなやり方でしか生きていけないんだろう。
落ち込んで励まされて、それに逆ギレして。ガキでももっとマシな事やるわ。
俺は自分が歯がゆくて、二人に申し訳なさすぎて。
「……ごめんな。今までありがとな、こんな俺に付き合ってくれて。俺、お前らのこと嫌いじゃなかったよ……。」
そうつぶやいて、背を向けて早足で歩き始めた。
「クラルッ!!」
「待ってくれ! 話をしよう!!」
ユーリとアクス。二人の優しくも厳しい叫び声が、頭を強烈に揺さぶる。
ごめんな……頑張れよ……。
「お前らは頑張れよ……」
俺は立ち止まること無く、聞こえないとわかっていても……それでも、かすかな声でそう呟き、雨に濡れながら、家路を辿った。
◇ ◇ ◇
「アンタ! そんな濡れて、早くタオル!!!」
家について、見慣れた我が家の玄関に入ると早々に、母ちゃんが俺を見て叫んだ。
「うん……」
俺はいつもと全く違わないお母ちゃんに優しさに、涙が出そうになるのを堪えながら返事をした。
母ちゃんだって、俺が何のスキルを得たのか知っているはずだ。
なのに、こうやって黙ってくれている。
本当に……ごめん…………
「ほら! 早く拭きなさい!!」
俺は心のなかで謝りながら、渡されたタオルで全身を拭いた。
「ついでに風呂入ってきなさい!!」
「…………」
俺が一通り拭き終わったのを見た母ちゃんが、そう叫んで俺の背中を叩く。
『痛ぇっつぅの!!』いつも言うその台詞の代わりに、俺は小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
「アンタ遅いわよ!!!」
風呂からあがると、リビングで待っていた母ちゃんが開口一番そう言った。
「まぁまぁ、クラルだってゆっくり入りたいはずじゃないか。なぁクラル?」
父ちゃんもまるで何もなかったかのように、いつも通りの穏やかな口調で笑う。
「母ちゃん……父ちゃん…………ごめん俺……」
俺はもう耐えられなかった。
二人の優しさに、涙が溢れ出して止まらない。
「大丈夫さ。」
「気にするんじゃないの。」
目をゴシゴシとこすりがら謝り続ける俺に、二人は短くそう言ってくれる。
『大丈夫』『気にするな』その短い言葉で、俺は救われたような気がした。
「ほら、飯が冷める! 早く座んなさい!」
泣きじゃくっている俺の背中を叩いて、母ちゃんが言った。
「うん」
俺は止まらない涙をそのままに、机の自分の席に座る。
変わらずに俺の席がそこにある。その事実が、今の俺には嬉しかった。
「「「いただきまーす」」」
そんな普段どおりの挨拶で、俺は日常へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます