第12話  ミアちゃん天国

その日から俺はすごく働いた。

それはもうものすごく働いた。


どのくらいかといえば、羽生善治の全盛期くらい。

七タイトル全部取っちゃう感じ。もう表が羽生さん一色。マジ羽生っち神。


まぁ永世七冠のあの人には及ばないけど、父ちゃんに感心されるくらいには働いた。


馬車馬もびっくりに働いた。もうヒヒンヒヒン言っちゃう感じ。


そんなこんなで数週間が経ち。


「ごめんくださーい」


ついに、待ちに待った俺の天使との会合の時が訪れた。


もうこの日をどんなに待ったことか。キリンに対抗意識を燃やされる程度には首を長くして待った。


「はーい」


俺がマイエンジェルを待って立っていると、そんな明るい声が扉の向こうから聞こえ、ゆっくりと扉が開く。


「あぁクラルくん!! その節は本当にありがとうございました!」


まず現れたのは、ミアちゃんのお母様。


俺の姿を見るやいなや、そんな感謝の言葉とともに頭を下げた、


「大丈夫ですよ。ミアちゃんが無事で良かったです。」


「ありがとう……。うちの子、聖女なんて職業になっちゃったから、王都の教会本部に呼び出し食らっちゃって。本当に、あの子がいたらミアを行かせなくてすんだのに。」


お母様が、けどクラルくんがいて良かったと笑いながら言う。


…………ほえっ?


ちょいまって。

なんか今俺の知ってる情報と違うのが来たんだけど。


え? ユーリって聖職者じゃないの?

ほえっ? 聖女だったん?


マジで!? 聖女ってあの聖女?

あの勇者とかと一緒に世界救っちゃうタイプの聖女?


おいおいおい。


ちょっとまってくださいよー

俺英雄目指してるんですけどー

何素で聖女なんて出してくれてんのー

そんなんもう英雄やんかー

俺のゴール地点がスタート地点やないですかー


マジかよ。うらや………ましくなんてないんだからねっ!!


俺は自分の中の情報と、ユーリママの情報を統合して結論を出した。


結論。ユーリちゃんは、聖女!!


多分、俺のことを気遣ってわざと聖職者って言ったんだろうな。


なんか、そんな気使われて申し訳ないわ。


ただ、ズルいのはズルいなー

こちとら、『草』なんですけども。


俺がユーリが聖女としていい感じの冒険をしているところを思い浮かべて、勝手に嫉妬していると。


「クラルお兄ちゃん!!」


そんな高くて舌っ足らずで、でもしっかりと聞き取れる可愛さ100%の声とともに、小さな影が飛び込んできた。


「ゴッ!」


俺はロリっ子ミサイルこと、ミアちゃんをなんとかお腹の肉で受け止める。


「えへへ、元気!?」


ミアちゃんは俺のお腹に頭をグリグリと押し付けて、上目遣いに尋ねた。


オォマイガッ


何度やられても即死不可避な攻撃力、

マジ、さすがッス。


なんだろう、もはやミアちゃんはロリっ子ロリっ子じゃない以前に、『ミアちゃん』という存在が完璧だわ。


何を言いたいかというと、今は幼いからロリっ子だけど、これから育って20を超え、30,40,50と年を取っていくわけだけど、彼女ならそのいつでも可愛いし、いつでも俺は惚れてしまうだろう。


つまるところ、ミアちゃんは天使だということ。

マジ、神だよ。


てか、俺懐かれすぎじゃない?


子供の頃に何回かあったと思うけど、多分ミアちゃんが物心ついてから会ったのってこれが二回目。


あの熊の事件のときが最初だと思う。


それなのにほら。

こうやって無防備に抱きつかれている。


もしかして、ミアちゃんって誰にでも抱きつくタイプ!!?

何!!? 俺以外の男ともこういうことしてるの!!?


なーんてわけもなく。

俺の勝手な推測だけど、初めての出会いがあれだったし、俺は一応彼女を守ったってことになるから、信用してもらえてるんじゃないかな。


もしこれで、コイツなら人畜無害のヘタレ野郎だからとかいう理由だったら、俺もう生きていけないわ。


「元気だよ。」


俺はなるべくミアちゃんに嫌われないようにしようと心に誓って、彼女の頭を控えめに撫でながら返事をする。


「よかった!! ミアも元気!」


ミアちゃんは気持ちよさそうに目を細めて、天真爛漫な笑みを見せる。


…………ほんと、かわいいね君。


俺はもはやそんな感想しか出てこなかった。


本当に、ミアちゃんがもう少し大きければ秒で結婚を申し込んで、秒で振られてた。

振られるのは確定演出なのね。可哀想な俺。


「ミア、伝えたいことあるんでしょ?」


「うん!!」


お母さんに背を押されて、ミアちゃんが俺から離れる。

あぁ、柔らかくて温かい感触が離れていってしまった…………。


彼女は落ち込む俺から一歩離れて、ニコニコと微笑むと。


「あれね、ミアとね、」


そこで少し溜め、


「デートしよ!」


最後にとんでもない爆弾と共に、とんでもない笑顔を見せた。


あれ、なんだ? もしかしてここは夢か?


俺は夢を見すぎて、とうとう夢に見てしまったのか。

うんそうだな。言葉がおかしいな。でも仕方ない、そんなこと考えている余裕なんてないんだ。


ミアちゃんは、今も俺のことを見て微笑んでいる。


…………ここは天国か何かかな。


あれか、熊さんとの激闘の末俺は死んだけど、誰かを助けて死んだからいい人ってことで、天国に行かせていただけたのかな。


本気でそんなことを思ってしまう程度には嬉しかった。


「ユーリが王都に行ってしまったじゃないですか。だから手紙を出そうということで。ミアがどうしても行きたいというので、おこがましいですが一緒に行ってくださいませんか。」


後ろで立っていたお母さんが、そう補足してくれる。


なるほどね。なんとなく分かったわ。


手紙を出したいけど、この田舎じゃポストはあるけど、あれちゃんと回収されてるかも不明だから、隣町の郵便局まで行きたいと。


で、ミアちゃんが手紙を出しに行きたいけど、一人じゃ心配だから、なら俺と一緒に行けばいいやんと。


なるほどね。完全把握。


ミアちゃんは手紙を出せてハッピー、俺はミアちゃんと実質的なデートができてハッピー。


まさにウァンウィンの関係。ガンジーもびっくり。


「了解です。不肖クラル、この命を賭けてまでミアちゃんをしっかりと送り届けます。」


俺は、ピシッと礼をしながらお母さんに自分いけますよアピールをする。


俺、『草スキル』抜きにすれば、ただのニートだから。

一応畑仕事手伝ってるけど、まだまだ見習いのペーペーで手に職があるとは言い難いから。


だから、こうやってアピらないと、信頼をなくしてしまうかもしれん。


「隣町は栄えてるから、何か見たいものとかあったらミアを連れて行っても全然いいので、そんなに固くならないでください。」


ミアちゃんのお母さんは、おっとりとした笑顔を浮かべながら、優しい声色で言う。


俺としてはそんなに信用して、ミアちゃんを預けてくれるのは嬉しいのだけど。


少しだけ、不安もある。


「けど、あんなことがあった後だし……」


あんなことがあった後だし、ミアちゃんはやっぱり少しは外が怖くなるだろうし、お母さんに至っては外に出すことすら怖いだろう。


それを、こんなガキに預けて隣町なんて。それこそ、不安以外の何物でもない。


「クラル君と一緒だから。」


如何なものかと思う俺に、ミアちゃんのお母さんは微笑み顔のままそう言う。


「へ?」


ちょっとよく分かっていない俺に、お母さんは、


「あの時助けてくれたあなたと一緒だから、ミアは安心できるし、私も不安なく送り出せるわ。」


と、笑いかけた。


「…………」


俺はミアちゃんとお母さんから微笑みの視線を向けられて、うつむいた。


俺がしたこと。


ただがむしゃらにやって、めっちゃ怖くて。

けど、それにしては対価が一人で、大して褒められることもない。


そんなことが、ちゃんと実を結んで、こんなふうに信用してもらえて。


―――― 一人ミアちゃんの英雄になれて、良かった


「だから、お願いね。」


黙ってしまった俺に、お母さんは微笑みのままそう告げる。


「はい。」


俺は顔を上げ、心からの肯定を返した。


こうして、俺は大熊から少女を救った報酬として、彼女とデートをすることになったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る