第7話「下心」

 チャットアプリを開いてサークルのグループチャットを見てみると、飲み会の場所と開始時間が幹事らしき人物から通達されていた。開始時間ギリギリで会場の居酒屋に辿り着き、「向坂です」と受付に予約の名前を伝えると、不愛想な学生のアルバイト店員は広めの小上り席まで俺を案内した。飲み物のオーダーを聞かれたので烏龍茶を注文し、中を覗くと、思いの外まだそんなに集まって居ないようで、サークルメンバーらしき3人の男女がグビグビとビールを呷っていた。グループチャットを見た限り、今日の参加人数は8人のようだが、時間にルーズな連中が多いらしい。


 「お、アイノン来たな。座りよし」

 その内の眼鏡をかけた女性がこちらへ手招きしたので、取り敢えずその人物の隣に座る。サキの所属しているサークルは確か歴史研究会だったはずだが、俺は歴史に疎い上にサークルメンバーの顔も名前も知らない。あまり会話をし過ぎるとボロが出そうなので、その前に酒が回ってくれると有難いのだけれど。

 「ほう、今日は素直に座るではないか。良いだろう。上田城の構造とその根幹にある戦国期の防衛意識に関する推察について、興味が有ると見なして話を進めて良いかね?」

 ん、面倒くさそうだぞ?

 「ノサワちゃん今日どうした、なんか、雰囲気違うぞ。すっぴんか?」

 そう言ってきたのはテーブルを挟んで向かいに座る恰幅の良い男だった。髪が長くて、どことなく不潔な印象を受ける。なんだこいつ。こんなんで就職できんのか?

 「ちょっとモッチー、レディに何て事言うわけ。全然今日も綺麗じゃない。そもそもアイノワールちゃんは素材が良いからね、こんな大学のサークル如きで本気メイクしなくても十分なわけよ。お分かり?」

 と、隣に座った小柄で華奢な女性が、まるでスナックのママの様な所作でそうヤジる。なるほど、この男性は「もっちー」というあだ名なのか。口調や酒を飲んでいるという事実からして先輩なのだろうが、果たしてもっちーさんと呼んで良いものか、それとも見た目的なあだ名で、名前は全然別なのだろうか。

 というか、サークル内でくらいサキのあだ名を統一しろ。相野沢っていうサキの苗字に由来してなんだろうが、こうバラバラだと呼ばれても反応しきれないだろうが。

 「で、どうしたのアイノワール。調子でも悪いわけ?」

 小柄な女性がそう聞いてくるので、「いや、大丈夫です」と短く答えた。彼女は「そ、なら遠慮なく飲むね」と、良い笑顔でそう返してきた。

 程無くして俺の注文した烏龍茶が運ばれたので4人で乾杯し、その後15分程して続々とサークルメンバーらしき人物達が集まってきた。俺は終始流れに身を任せて、誰かの話に頷いたり注文を取ったりしてごまかしていたが、肝心の向坂先輩が誰なのか全く分からない。

 というか、やはり危険だ。ここは急用を思い出して、さっさと退散した方が良い。


 「いやぁすんません、遅くなりましたわ」

 流石に女子の所作を演じ続ける事に限界を感じ、そう考え始めた時、一人の男が小上り席に入ってきた。


 あ。多分、コイツだ。


 「おぉ来たか、何飲む」

 もっちー氏が気さくに声を掛けると、彼は爽やかな笑顔で「あ、もうビール頼みました」と、これまた爽やかな声で答えた。

 皆が彼の到着を歓迎する様な温かい雰囲気の中、俺は冷え切った心で彼を迎えた。そんなこちらの内心に気が付いてか知らずか、彼は困ったような照れている様な顔で、サキの外見をした俺に軽く手を振る。男の下心ってのは、大抵の場合、傍から見れば分かりやすいものだ。

 眼鏡の面倒臭そうな先輩女子が彼に声を掛ける。

 「取り敢えず有るものを食べておけ。足りなくなったら自分で追加注文したまえ、向坂青年」

 

 確認するまでも無く、この男が、向坂先輩だった。

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