第5話「それはそれとして」

 大学の講義は、予備知識の無い俺が聞いても内容をほとんど理解出来ず、全てサキのスマートフォンで録音しておくことにした。

 俺は授業そっちのけで、今この身に起きている現象のことを考える。


 今、サキの体の中には、俺の精神が入っている。夢かと思うが、間違いなく現実だ。

 そして今朝は直感的に入れ替わっているんだろうと考えたが、それ以外の可能性も有るには有る。


 思いついた可能性は3つ。


 1つ目は単純な入れ替わり。

 俺の体にサキが、サキの体に俺が入ってしまっている。これが一番簡単なパターンで、俺達はお互いの日常をやり過ごしながら、元に戻る方法を探ればいい。先立ってはサキとコンタクトを取ることが最優先だ。職場に電話を掛けてみるという手もある。この講義が終わったら、さっきのサキの友達の電話でも借りて掛けてみようと思う。


 2つ目の可能性は、融合。

 今この体には俺とサキの二つの精神が宿っていて、主導権を俺が握り、サキは精神の部屋的な何かの奥底に閉じ込められている。というパターン。

 この場合、今の行動をサキに全て把握されている可能性もあるので一気に緊張感が増すけれども、もしそうだとすれば、俺がさっさと出て行く方法、そして元の体に戻る方法を探さなくてはならない。

 そして愛媛のアパートでは、今頃抜け殻になった俺の体が横たわっていて、職場から何件も着信が…。

 考えるだけで憂鬱になりそうだ。

 まあ、俺の精神が二つに分かれている可能性も無くは無いが、そう考えると更にこんがらがるし、その場合、自分の心配はいらないだろうから今は除外する。


 そして最後の可能性、乗っ取り。

 これが一番最悪のパターンだ。

 サキの体に俺の精神が宿り、サキの精神は今、何処かを彷徨っている。


 若しくは、消滅してしまっている。


 もしそうだとすれば、俺は第1にサキの安否を確認しなければならない。そしてこの体にサキを戻し、俺は俺で愛媛のアパートで抜け殻になった体に戻る方法を探す。


 2つ目、3つ目の可能性が該当した場合、時間の猶予は、かなり無い。2〜3日抜け殻のままで、俺の肉体が死んでしまったら、そこから元に戻れるということは無いだろう。というか、今現在でも俺の肉体が無事という保証はない。


 だから、今は最悪の想定もしつつ、希望的観測を失わずに、出来ることをする。

 先ずは職場の電話番号に電話して、俺が出勤してるか確認するしかない。出勤していればほぼ間違いなく入れ替わりだ。そうなればタイムリミットは無くなる。


 ここまでの思考をノートに纏めて、俺は一先ず「ふぅー…」と深く息を吐いた。


 やるべき事は決まった。


 そしたら、それはそれとして。


 サキの世界を、思う存分楽しんでみようか。

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