第30話 とある村で 

 レイズたちがエルフの里を後にする一日前。

 ハインゲア王国からエルフの里に一番近い村。アザミ村。

 養蚕業が盛んで、特産品を生かしてエルフ族との種族間貿易や観光が行われている風光明媚な村だ。

 今日も村のあちこちで絹を編むカタカタという音が鳴り響く。


「いやーこうやって一緒に並んで歩いているとデートみたいですね~」

「直射日光にくたばって日傘さしてる男となんてデートしたくないです」


 村の中心の大通りを歩く二人の男女。

 豪商カルテット商会の会長であるヴィカトリア・カルテットと、魔術師のクルーガー・ホルスマンだ。

 

「まあそんなことは言わずに、つかの間の休息を楽しみましょうよ」

「そうですね。私は普段となんら変わりませんが」

(あのぅ、アヴァロニカに潜入調査がバレないよう念には念を入れて、久しぶりの休暇でこの村を訪れた観光客という呈でやってるんですから、余計な事言わないでくれませんか?)

(うわ!これがクルーガーさんが開発したという魔力の繋がりを活用した脳内会話術……はいはいすいませんね。もはやあなたが真剣質なのか楽観的なのか分からなくなりました)


 表情を一切変えずに脳内で口論を繰り広げた二人。ヴィカトリアは一息つくと、村の周囲を見渡す。


(例にもよらず、全くいませんね亜人)

(うーん、この村なら一人ぐらいてもいいと思いましたが……)


「お、美少女発見~!」


(ちょっとどこ行くんですか?)


 ヴィカトリアは脳内で呟くと、何を思ったのかクルーガーは道を外れ、たった今オープンの看板が掲げられて開店した露店に立ち寄る。

 その店は、絹を利用したスイーツが売られているようだ。


「いやー朝から何も食べてないからお腹空いちゃったなー。ヴィカトリアさんもお一つどうです?」

「そうですね。スイーツですが……何かめぼしいものがあったら……」


 近づいた途端、生クリームやフルーツの甘い匂いが漂ってくる。

 ヴィカトリアは涎は垂らさずとも、その匂いに若干頬が緩んでしまう。

 すると、露店でスイーツを陳列していた若い女性店員がクルーガーを見るやいなや満面の笑みで話しかけてきた。


「いらっしゃい!観光客の方ですか?」

「そうなんですよ!久しぶりの休暇なので同僚を誘って旅行にでもと思いまして」

「同僚……」


 クルーガーが快活な口調で応じる。


(同僚とは?)

(だってカルテット商会の会長なんて言ったら度肝抜かれてぶっ倒れるじゃないですか)

(なら最初から身分を明かさなければいいのでは?)


「そうですか!ここは小さいですがハインゲアの中でも自然豊かな村なので、ぜひとも満喫して疲れを取ってください!」


 ヴィカトリアとクルーガーの脳内口論を知る由もなく、店員はそう伝える。


「ええそうします。さて、美味しそうな物ばかりですねぇ」

「はい!実は生クリームの原料にこの村で取れた絹を使用してて、普通の生クリームよりもコクがありますよ!」

「なるほど」


 クルーガーがショーケースの中に入ったスイーツを一通り見渡すと、その中の一つを指さす。


「ではこれを、同僚は何かいります?」

(あの、クルーガーさん。潜入調査ですよね?まさか本当に観光しに来たわけではありませんよね?)

(そうですよ。ヴィカトリアさんも楽しめばいいじゃないですか)

(今の発言が観光に来た人にしか見えないんだよなあ……)


 ヴィカトリアは相変わらずへらへらしているクルーガーにうんざりしつつも、ショーケースの中を覗く。


「うーん、いっぱいあって決めあぐねる……おすすめはなんですか?」

「そうですね、お子様に人気のあるこのシルクショートなんていかがでしょう?」

「私一八なんですが」

「し、失礼しました!ではこちらのシルクモンブランなんてどうでしょうか?若い女性の方に人気ですよ」


(僕最初同僚と言ったのに、お子様と間違えられるなんて……くくっすいません)


 現実では一切表情を変えないクルーガーだが脳内では盛大に爆笑する。


(私そんなに子供っぽく見えます?)

(僕の推測だと少なくとも四歳は下に見られていると思いますよ)

(……今のところ業務に弊害はないですし、個性だとでも思って流しておきますね)

(流石商人です)


 ヴィカトリアが内心傷ついたことをクルーガーが知ることもなかった。


「あの、どうしました?」


 流石に二人の脳内会話が長すぎたのか、きょとんとした店員が話しかけてくる。


「……っ!そうですね、ではこのシュークリームをいただきましょうか」

「シュークリーム?は、はい分かりました」


 店員はヴィカトリアの応えに多少顔をしかめながらも、ショーケースの中からシュークリームを取り出す。


(店員さん、え?って顔してましたよ。なぜモンブランを選ばなかったんですか?)

(だってどうせ立ち食いなんだから食べやすいほうがいいじゃないですか)

(若い女性としての嗜好より機能性重視!流石商人)

(もはや商人関係ない気が)


 店員はクルーガーとヴィカトリアが選んだスイーツを紙箱の中に入れていく。


「どうぞ、合計で百八十バールです」

「僕が払いましょう。丁度です」


 そう言って、クルーガーが店員に硬貨を渡す。


「ありがとうございました!」


 店員が笑みを浮かべて二人を見送る。

 大通りに戻るとクルーガーははきはきとした手つきで紙箱からシュークリームを取り出しヴィカトリアに手渡した。そして、残ったもう一つのケーキを食べ始める。


(さて、少なくともエルフの民が来なくなったのはここ最近のようですね)

(え、さっきの会話でそんなことまで推察してたんですか?)

(ええ、此処へ来る前に文献でいろいろ調べてきました。どうやらこの村を観光目的で訪れるのはほとんどエルフみたいですよ)

(そうなんですか)


「いやーこのオレンジケーキ、コクのある生クリームと相まっておいしいですね」

「手を汚さないでくださいよ」

「大丈夫ですよ」


 クルーガーは紙の手拭きで包みながらケーキを頬張っている。

 それを横目で見ながらも、ヴィカトリアはシュークリームを口にする。


(僕が最初あのケーキ屋を訪れた時、店員の方は至極表情を崩して僕たちを迎えていましたね。そうなにか喜ばしいことでもあったかのように)

(はぁ)

(そのあと、ヴィカトリアさんを同僚だと応えると、店員の方はその笑みを失っていました。エルフ族には僕たちのような縦社会構造は存在しませんから。おおよそ僕たちが人間だと悟ったのでしょうね)

(それって私を子供だと勘違いしていたからじゃないんですね)

(ええおそらく。もしそれなら、視線がヴィカトリアさんに向かれていたはずです。ですが彼女は下を向いていましたね。まあその後に結局勘違いされていたわけですが)


 ヴィカトリアはクルーガーに詮索されぬよう小声で、もっと大人っぽい服を着ようと決心したのであった。


「シュークリームのお味は?」

「まあ悪くはありませんよ。朝に食べるとちょっと胃もたれしますが」

「あなた何歳ですか?」


 相変わらず飄々としたヴィカトリアに、クルーガーが顔をしかめる。


(その後にこの村を説明したのも、私たちが人間だったからですか……)

(そうですね)

(ですが、わざわざあのスイーツ店を見るだけでは、エルフが訪れなくなったとは断定できませんね)

(エルフ族の年長者、長老と言われる者は基本里の外には出ないと言われています。そもそも、エルフ族は一つの場所に居座り、あまりどこか他の場所に移動することのない種族なんです。その証拠に、スカンジア大陸でエルフ族がいるのはハインゲアだけ。つまり、この村を訪れるのはエルフ族の中でも比較的アクティブな若者だけだと考えます。あの店は比較的若者向けのスイーツを販売しているだけではなく、物珍しい絹の入った生クリームが売りです。若者全員が訪れなくとも、母数の多さで参考になると思いますよ)

(あ、相変わらずあなたの眼は鋭い……)


 クルーガーの推理に目を焼かれてしまったヴィカトリアは、再び町の外観を見渡す。


(あとは、何故いなくなったのか、ですか)

(えぇ)


「ちょっと今度はどこへ」

「観光ですよ観光」


 ケーキを食べ終わったクルーガーは紙箱に同封されていたナプキンで生クリームがついた口を拭くと、またどこかへ歩き出す。

 次に訪れたのは、絹織物の商店だ。

 所狭しに彩り豊かな絹織物が列を成すように置かれている。


「うーん。どれも卓越した逸品だ。同僚もお一つどうです?」

「(その設定まだ続いてたんですね)でもお高いんでしょう?」

「それがそれが!このオレンジとピンクの鮮やかな色合いの品は新装開店セールにつき七十九パーセントオフの二万三千バール!」


 と、古めかしい店内でセールすら施されていない品を手に取り、クルーガーはヴィカトリアに誇らしげに見せびらかす。

 

「本職相手にいい度胸してますね。なんですかこの茶番は」

「一度やってみたかったもので。次行きましょうか」


 クルーガーは商品を元あった場所に置くとそそくさと店を出ていく。


(いや買わないんかい)


 その後も、クルーガーの勢いは止まらず土産物屋や村の各地に点在する観光名所、絹織物が飾ってあるおしゃれなカフェなどを行き来し、気が付くと太陽はヴィカトリアの頂点に登っていた。


(もはや観光に来ているとしか思えない……)

(いいんですよこれで)

(何がいいんですか、聞き込みもしてないのに)


「いや~日差しが眩しいですね。すこしあちらで休憩しますか」

「(日傘してるのに……)そうですね。て、そこは路地裏ですよ」


 ヴィカトリアの指摘も無視して、クルーガーは日傘を畳み、ずんずんと路地裏に入って行く。

 

「あの、どこへ」

「そろそろ、よろしいかと」

「よろしい?」


 すると、クルーガーが一回転し後を追うヴィカトリアを振り向く。いや、クルーガーの視点はその先にあった。


「御覧の通り、私たちはただのしがない観光客ですよ。何かやましいことでも?」

「やましいこと?」


 クルーガーの意味深な言葉に、ヴィカトリアが後ろを振り向くと──


「嘘をつけ!お前らハインゲアの王国関係者だろ」

「証拠はあるんですか?」

「エルフの野郎ども以外でこの村に来る人間なんて王都関係者位しかいねえんだよ!」


「はぁ……私はただの魔術師ですよ。今日はたまたま暇があったので彼女とこの村の観光に来ただけなのですが」

「くっ……」


 クルーガーの言葉に、息詰まってしまう男。

 年齢は五十台過ぎだろうか。渋茶色の無精髭を生やし、くしゃくしゃと白髪の交えた黒髪を無造作に掻き分けた頭部。

 男が来ている灰色のネックシャツやジーパンはいずれもかなり色あせている。

 ヴィカトリアは男に不審がられぬよう、年頃の少女のように委縮した表情をしながら脳内でクルーガーに話しかける。


(クルーガーさん。まさかあの人に不審がられないために、わざと観光しまくってたんですか?)

(念には念をですよ)


「あなたは朝、僕たちがこの村を訪れた時から後をつけていましたね。それは、僕たちが王都関係者だと睨んでいたからですか?」

「え、そうなんですか」

「ええ、気付かなかったんですか?」


 クルーガーが横目でにやつくと、口を尖らせるヴィカトリア。


「ああそうだ、そして隙を見てお前らを捕まえて一言忠告しようと思っていた」

「そんなことのために、よくここまで追ってきましたね。まあただの観光客ですが、一応あなたの忠告を……」


「キャアアアアアア!!!」


「「っ!?」」


「なんだ!?」


 クルーガーが言い切ろうとした途端、鳴り響いた女性の悲鳴。

 

「クルーガーさん!」

「とりあえず行きましょうか」


「おいまて!うっ!」


 男がクルーガーとヴィカトリアと制止させようと手を広げて待ち構えるも、クルーガーが男に日傘を投げつけ、その隙を抜け逃げさる。


「悪いが、王国騎士団の一人として悲鳴を放置しておくわけにはいかないですから!」

「やっぱり関係者じゃねえか!」



 男は切羽詰まって日傘を投げ捨て、二人の後を追っていく。


「私はただの商人ですが、追った方がよさそうですね」

「ええ。あれは、エルフの里から何かが」


 クルーガーが目を細めると、エルフの里に当たる森林から、なにか煙のようなものが上昇している様子が見える。

 その煙のような何かは上空で軌道を変え、この村に立ち込めている。そして──


「うわあああ!!!」

「助けて!」


 所々で煙が立ち、何かから逃げ惑う村の住民たち。

 村はすでに、混沌と化していた。

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