第29話 地平線の彼方へ
「三百年前レディニア王国を救った、大英雄を」
魔法陣が光った直後、エーリカがセレスに投げかけた質問。
その質問に、セレスは首を横に振り申し訳なさそうに応える。
「残念ながら、全世界の叡智を凝集しているとはいえ、千年以上も生きる私は、例え言葉を交えた者であっても、三百年も前の者などとうに忘れています」
「流石のセレス様でも人間一人の事なんて覚えてないわよ。ましてや本名でもないそんな抽象的な言葉じゃ」
「はい、すいませんでした……」
セレスの発言を捕捉するように、しかしそれでいて突き刺すようなリリアの言葉に、エーリカは沈鬱そうに俯く。
そんなエーリカの様子を、レイズは呆然と見つめていた。
「では、行きますよ。そなたらの旅が、成就することを願っています」
「また来るからな!」
「そんなぽんぽんと来れる場所じゃないわよ此処は」
すると、四人の乗った魔法陣が激しい光を放ったと思えば──次の瞬間、四人の姿は消え去っていた。
来訪者の姿が消え、自然界の音だけが鮮明に聞こえてくるようになったこの場所で、セレスは訝し気になりながらおもむろに呟く。
「大英雄……」
*
セレスが発動した魔法陣は、レイズ、エーリカ、リリア、アリッサの四人を神域の外へと飛ばす転送術式だ。
四人はその魔法によってエルフの森の入り口、エーリカを連れ去ったリリアが最初に降り立った場所に飛ばされた。
「おっ、ここは?」
「エルフの里の外みたいね」
「なんだか、一日しか経ってないのに懐かしいです」
「それだけ今回の一件が大きすぎたってことっすね」
エーリカも言葉に、感慨深い気持ちになったアリッサが言葉を付け足す。
「私も此処に転送されたってことは……そう、往けってことね……まだ亡くなったみんなの弔いもできてないのに……」
談笑する三人を他所に、一人、カラフルに色ずく森を見つめるリリア。
ラウル村が滅ぼされた後、どのような感情であれ、今に至るまでのひと時を過ごしたエルフの里──自分の成長を、物陰からひっそりと見守っていてくれた第二の故郷。
リリアは今日、そんな故郷を旅立つ。
途端、リリアの頬に、一滴の雫が零れ落ちた。
「それぐらいリリアには、早く夢を叶えて欲しかったんじゃねえの?」
聞こえてきた声にリリアが振り向くと、片手を腰に当ててそう話すレイズが、
「そうですよ!セレスさん心配しないでって言ってたじゃないですか!」
その後ろから、エーリカも語りかけてくる。
「そう、じゃあ……せめて此処で」
リリアは森に向かって腰を地面に付き、目を瞑って両手を合わせる。
(みんな、往ってくるね……どうか安らかに)
「亜人も人間も、祈るという行為は皆同じなんすね」
「なんだか神々しいです」
祈りを捧げるリリアの姿を遠目から見ていたアリッサとエーリカ。
彼女たちの目線の先には、風に揺れる草原をバックに、口元を緩ませながら手を合わせる美しい少女が映っていた。
短い祈りを終えたリリアは、三人のいる場所まで戻る。
「では、これからどうしましょうか」
「とりあえず、ダリア・フォールに行って事後報告をしないといけないっすね」
「そういえば、囚われていた人質の方々はどうなったんですか?」
「昨日の夜中にダリア・フォール駐屯地の騎士団の方々が来てみんな解放されたっすよ」
「そうですか……」
エーリカは心の中で、一時だけ、しかしかけがえのない時間を共にした者たちを思い出す。自分を信じて待っていてくれた者たちを。
(また、会えますかね……)
エーリカは心の中でそう呟いた。
「よっし!じゃあ俺たちはダリア・フォールに戻るだけだな!」
「その戻るが大変だけどね」
「ん?なんでだよ?」
「エルフの里からダリア・フォールまでは、歩いても一日以上はかかるわ」
「んじゃお前の空飛ぶ剣使えば楽勝だろ」
「三人も乗せられるわけないでしょ」
リリアの応えに、レイズとエーリカは唖然とする。
そこに、少しの間姿が見えなかったアリッサが戻って来た。
「とりあえず、魔力通信で馬車を呼んだので、それまで待っていてほしいっす……何時間かかるかわかりませんが……」
「……っ!ならそれまで私はエルフの里に戻って、復興の手伝いをしてくるわね」
「じゃあアタシも新米エルフとして同行させてもらうっす!!」
「あなたはエルフの魔力を貰っただけの人間でしょ。いやエセエルフかしら耳尖ってないし」
「ひ、酷いっす!」
そう言って、リリアとアリッサは森の中に消えていく。
残ったのは、レイズとエーリカのみ。
「あ~らら、アイツら行っちまったな」
「私も、死霊術師として弔いを……いや、此処はレディニア王国じゃないのでかえって迷惑ですかね」
エーリカがそう言うと、レイズは地面にドスンと胡坐をかく。
「綺麗だな」
レイズの目線の先には、雲がゆっくりと動く青空が、
どこまでも続く広い草原に、ザーザーと草花が揺れている。
「そうですね、あの」
「どうした?」
「レイズさんは……今後も私と共に旅をしてくれるんですか?」
「そういう約束だろ?」
レイズはさも当然のようにエーリカに向けてそう答える。
「これからも、私を守ってくれるんですか?」
「ああ、当たり前だ」
その心に、曇り一つない。
レイズはただ、エーリカを悲しませないために。だが──
「それが、レイズさんの本当にやりたいことじゃなかったとしてもですか……?」
「あっ?」
エーリカの胸の内にあるわだかまり。
自分を守ることを優先してしまえば、レイズの失った記憶を取り戻せなくなってしまうのではないかと。
そして──レイズが、それによって苦しい思いをしてしまうかもしれないということ。
「無理は、しないでくださいね」
「……?俺はエーリカを護るためだけにここにいる。だから、お前を護るためならどんなことだって……」
「違うんです」
エーリカの言葉の真意を飲み込めなかったレイズは、きょとんとしながら、隣に立つエーリカを見上げる。
「レイズさんが私を護ってくれるのはとても嬉しいです。でも、それでレイズさんが苦しい思いをしてしまうのは嫌なんです。レイズさんには、いつまでも笑っていて欲しいから」
エーリカは震えながらも、拳を強く握り締めてレイズに伝える。
その固い表情に、レイズは圧倒されてしまい一言。
「ああ、分かった」
レイズは視線を地平線の彼方へと戻し、コクリと頷く。
「綺麗だな」
「はい」
エーリカは微笑み、レイズの言葉に静かに応じる。
*
「た、大変っす!!!」
時が立ち、ダリア・フォール駐屯地へ戻ったレイズ、エーリカ、そしてリリアの元に、血相を変えたアリッサが走って来る。
「どうしたんですか!?」
「えらく焦ってるわね」
「それほどっすよ!」
息を切らしながらはあはあと三人の前に立ったアリッサが、声を大にして話始める。
「ええと、今回の事件が大きすぎたために簡易的にもお知らせしたほうがいいと思って王都にいる同僚と連絡を取ったのですが……」
「ですが……?」
リリアが目を細めながらアリッサに尋ねる。
「上司が、事件解決に協力した者たちを表彰したいと言ってて……」
「へ?」
「その、三人に王都に来て欲しいと……」
「え、えええええぇぇ!!!!!」
それを聞いたエーリカが、甲高い声で叫ぶ。
その純粋で大きすぎる声音に、リリアはしたり顔で顔に手をやり、レイズはにやりと笑った。
「わ、私たちをですか!?」
「そうっす!アタシは明日の馬車で王都に戻るんですが、三人にも同行して欲しいっす!」
「私たちは……」
「行こうぜ、エーリカ」
「一番の功労者が引けを取ってんじゃないわよ」
レイズとリリアが念を押すと、エーリカはもじもじと姿勢を低くしてしまった。
「う、うれしくってつい……」
エーリカは赤く染めた頬を両手で押さえながらそう呟く。
その日の夜。ダリア・フォールの街は、人々の喧騒で溢れかえっていた。
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