第28話 長としての素質



「その役目を全うし、次の族長をリリア・キャンベル、あなたに指名します」

「へ?」


 セレスが言い放った言葉を理解できなかったリリアは、しばらく訳が分からずに固まっていた。

 それを横目で傍観していたエーリカとアリッサ。しかし、しばらくしてもリリアは動くことはなかったので、エーリカは心配そうに話しかける。


「リリアさん大丈夫ですか?」

「見事に石化してるっすね」


「揺すれば治るか?」

「ぎしゃあああああああ!!!」


 そう言ってレイズがリリアの肩に触れた瞬間、リリアはワンテンポ遅れて突飛な声を上げた。


「あ、石化が解けた」

 

 横目でそう呟いたアリッサを他所に、リリアはセレスに向けて問いただす。


「ちょっと待ってください!純粋なエルフならまだしも、なぜ混血種ハーフの私が選ばれるのですか!?」

混血種ハーフは族長になってはいけないのですか?」

「えっ、だって……」


 エルフの長は代々、純粋なエルフの血筋を持った者たちが就いていた。

 それも、今は亡きエリオーンのように英明で長としての素質がある者に。

 そんな重責を、獣人にエルフの血が混じっただけの自分が背負ってよいものではないとリリアはよく理解していた。

 しかしセレスから放たれた言葉は、そんなリリアの考えなど一蹴させてしまう。


「族長に必要な要素は、外見でも身分でも血筋でもありません。長として、皆を幸せにするにはどうすればいいかと、日々模索し実現させようとする者だと私は思っています」

「はぁ……」

「リリア。そなたは亜人も人間も、みな平等に、幸せに日々を送ることのできる世界を創るのでしょう?」

「えっ、なぜそのことを……」

「私は何でも知っているのですよ」


 セレスの応えに、リリアはあっけにとられ何も反論できなくなってしまう。


「世界を平和にするのに、エルフの長という肩書は好都合でしょう」

「でも、そんなことのためだけに族長の席をいただくのは……」

「そんなことで片づけられるほど、あなたの目指す世界はちっぽけなのですか?」

「えっ……!?」


 セレスの言葉は、リリアの心に深く突き刺さった。


「私は、リリアに本気でそれを叶えて欲しいのです。リルトから受け継いだその大きな夢を」

「お父さんの……」

「もしかしたら、燃え盛る炎の中からあなたを助けたのも、これが理由だったのかもしれません」

「え?」


 そう言葉を紡いだセレスは、おもむろに天を見上げる。


「そなたの父リルトは、差別を無くすために尽力しておりました。何度も人間に変装して人間の町を行き来し、差別を無くす方法を探っていました。エルフすら滅多に訪れない此処に訪れ私に協力を申し出ることもありました。当時の私はあまり他人と関わる方ではなかったので、その協力を断ってしまったのですが。しかし、そんな私でもリルトの熱心さには心を焼かれてしまいました。リリア。ただあなたに邪な感情なく人間と会話して欲しいがために」

「無鉄砲ですよね……我が父ながら……」

「無鉄砲でいいのです。そうなければ、成し遂げられないこともある」


 リリアは自分の父親の事を聞き、感慨深い気持ちになる。


「あなたも無鉄砲になるのでしょう?リリア・キャンベル」

「はい。お父さんのようになれるかはわかりませんが、精一杯のことはやりたいとおもいます」

「なら、私は喜んでその席を授けましょう」


 セレスは一息置いて話を進める。


「ですが、今のリリアでは皆の統率という面では力不足なのも現実です」

「分かっています。ですから私は旅に……」

「ですので、こうしましょう」

「っ?」


 リリアの問いかけに、セレスは今まで視界に入っていなかった人物に目を向ける。その人物は──レイズ、そしてエーリカ。


「リリア・キャンベルに命じます。そなたはレイズとエーリカの旅に同行し、心身ともに鍛えてきなさい」

「は?」

「聞こえませんでしたか?そなたはレイズとエーリカと……」

「はああああああああ!?」


 仰天したリリアは甲高い声を上げてレイズとエーリカの方を振り向く。

 当の二人は、多少驚きながらもニヤニヤとしていた。


「な、なぜ二人と!?」

「この広い大地を一人で彷徨うもいいですが。仲間と共に迷う、リリアが成長するためにこれほど素晴らしいものはありません。幸い、旅の目的は一致しています。あなたが迷った末に見つけたものは、一人で旅をするよりも大きいのではありませんか?」

「そ、それは……」


 セレスはそう言い放ち、視線をレイズとエーリカに移す。


「レイズ、エーリカ。あなたたちの旅に、リリアを同行させても構いませんか?」


 セレスの問いかけに、二人が放ったことは──


「リリアさんと旅ができるなんて……ぜんぜんぜんぜん!オッケーです!!!」

「エーリカがいいなら、俺は別にかまわないぜ」


「だそうですよ、何か反論はありますか?」


「っ!?」


 セレスにそう尋ねられたリリアはレイズとエーリカの元に振り向き、顔を俯き気に話始める。


「二人には、沢山酷いことをしちゃったし、これからも傷つけてしまうことはあるかもしれないけど、そんな私でもいいのなら……」

「リリア」

「へ?」


 レイズが突然リリアの名を呼んだことに、リリアは顔を上げてきょとんとする。


「俺たちは下じゃねえ。こっちだ」


 レイズにそう言われたリリアが、前を向いた時──


「……っ!」


 そこにいたのは、にこやかに拳を向けたレイズとエーリカだった。


「よろしくな」

「よろしくお願いします!リリアさん!」

 

「うん……よろしく!」


 レイズ、エーリカ、リリア、の三人は互いの拳を合わせる。


「こりゃ、長い長い旅になりそっすねー」


 アリッサが感心しながら両手を後頭部の後ろに組んでそう呟く。


「そうですね。そなたらに立ちはだかる者は少なからずいるでしょう。あの騎士たちのような」

「アヴァロニカ帝国……」


 リリアは、エリオーンの命を奪った緑髪の騎士を思い出す。

 あの時、騎士が言い放った自身の肩書。アヴァロニカ帝国。

 この一件で、リリアの敵がより明確になったのだ。


「ですが、エリオーン様を殺めた騎士はセレス様の手で……」

「殺めてなどいませんよ」

「え!?」


 セレスの衝撃の発言に、リリアはおろかそこにいた全員が驚嘆した。


「私は植物によって騎士を飲み込んだ後、エルフの里の外にバラバラに放っただけです。ですが、あの統率力ならばすぐにまた集結するでしょう」

「な、なぜそんなことを!?」

 

 リリアの問いに、セレスは透き通った声で淡々と応える。


「騎士たちも自然の中を生きる者、千年以上自然を支配する者として、私情で彼らの命を簡単に奪うことはできません」

「それでは、エリオーン様の仇は……」

「それにもしエリオーンが私の立場でも彼らを殺めることは致さないでしょう」

「へ?」


 セレスの声に、目を丸くしたリリア。


「リリア、そなたはこの戦いで何を学んだのですか?復讐に心を染め、ただ人を殺めては、再び怨嗟を生むだけです。あなたが騎士たちにすべきことは、復讐などではなく導くことですよ。そう、レイズとエーリカがあなたに行ったように」

「導くこと……」


「アリッサ・クライメット」

「は、はい!」


 突然自分の名を呼ばれたことに仰天したアリッサに、セレスは重い顔つきになりながら語りかける。


「そなたには、此処で起きたことを一言一句違わずに王国騎士に伝えるという責務がありますね」

「そ、そうっすね……うぅ……」

「そなたの都合も尊重しますが、そなたは誇り高き王国騎士なのでしょう?であればその責務を果たし、アヴァロニカ帝国の手から国民である亜人を護りなさい」

「は、はいっす!」


 セレスが命じると、敬礼のようなポーズで応えたアリッサ。

 その様子に、セレスは重々しかった表情を緩ませて微笑む。


「よっしじゃあさっそく王都に戻って報告を……あっ、この姿はなんて説明しましょう」

「大地の巫女がやらかしたって伝えておけばいいだろ」

「絶対信じてもらえないっす」

「ちょっと、セレス様の評判を落とすような事言わないで」

「じゃあ、リリアにやられたって言うのはどうだ?」

「いいっすね!あ、アタシの名前はアリッサっす!お名前使わせてもらいます~」

「リリアよ……ちょっと、セレス様のうっかりを私のせいにしないでよ」

「お前どっちの味方なんだ?」

「はっ、違います!私は……」


 爆弾発言をしたリリアが慌ててセレスを振り返ると、セレスは冷ややかな笑みでレイズとリリアを凝視する。


「そういえば、そなたらが神域へ通ずる森を騒音をまき散らしながら通っていたこと、ちゃんと見ていましたよ」

「「っ!?」」


「目が笑ってないっす」


 セレスの細まった目に、レイズとリリアは冷や汗を感じる。


「まあいいでしょう。此度の旅の始まりを祝して、その一件は容赦いたしましょう」


 セレスの寛大な処置に、リリアはほっとため息をついた。


「そのかわり、リリアが次にエルフの里へ戻って来た時、何かしらの収穫を得ていることを期待しますよ」

「分かっています」

「時間のようですね。そろそろあなた方を現界へ戻さなければいけません」


 そう言ってセレスが手を広げると、レイズたちの足元に巨大な魔法陣が現れた。


「そうなのか。短い時間だったけどありがとな」

「こちらこそ、人間と会話できたことに感謝します」


 そう言ってセレスは、四人を魔法陣の中央に促す。


「では、四人とも魔法陣の前へ」

「セレス様……」


 セレスの前に、何か言い残し気なリリアが俯いて両手を合わせながらそう呟いた。そんなリリアにセレスは、


「リリア、あなたが戻るまでは代理の者に任せたいと思います。里のことは心配せずに、頑張ってきなさい」

「は、はい!」


 セレスの言葉に、リリアは明るさを取り戻す。


「言い残したことはありませんね。では……」


「あの……」


 魔法を放とうとした途端、ずっとだんまりを決め込んでいたエーリカがセレスに話しかけた。


「どうかしましたか?エーリカ」

「あの、セレス様は、千年以上も自然を統治なさっていたんですよね?」

「ええ、そうですが」

「なら、この方を知っていますか?」

「この方?」


 エーリカは一息ついてから、やや俯き気に話し出す。


「三百年前レディニア王国を救った、大英雄を」


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