第26話 みんなが幸せに暮らせる平和な世界

「う……うぅ……」


 僅かに明かりが灯った木造の小屋で、エーリカは目を覚ます。


「おう!起きたか!」

「レイズ……さん」


 こじんまりとした小屋の中は、キッチンとダイニングテーブルとチェア、そしてベットだけが置いてあり質素な内装だ。

 エーリカがベットの上で目をこすりながら身を起こすと、ダイニングチェアにレイズがドカッと座っている。

 

「私、どれくらい寝てたんですか?」

「んー?どうだっけなー」


 そう言いながら、レイズは立ち上がり小屋のカーテンを開ける。

 カーテンを開くと、窓から木漏れ日が差し込んで来た。チュンチュンという鳥のさえずりも聞こえてくる。


「朝だな」

「朝ですね……」


 エーリカはどんよりと顔を俯く。

 

「ということは……あれから私はずっと寝ていたんですね」

「そうだな」

「それで、レイズさんはずっと私を見てくれていたんですか?」

「おう。寝ないでしっかり見張っといたぜ!」


 そういうと、エーリカはおもむろに布団に隠れた自分の身体を伺う。

 布団の中に隠れている自分の服装は、明らかに昨日とは異なる薄緑色の長袖シャツ。


「あの、服変わってるんですが……」

「おう!エルフの奴らがエーリカに服貸してくたからよ。しわができちまうと思って、お前が寝てる間に変えといてやったぜ!」


 レイズがさわやかな表情でそう伝えると、エーリカの顔が一気に紅潮する。


「へ、変態です!レイズさんは覗き魔です!!」

「どういうことだよ!?」


 レイズはエーリカの真意を読み取れず首をかしげるが、エーリカは顔を赤らめたまま布団の中にガバッと隠れてしまった。


(レイズさん……鈍感過ぎない!?)


「腹減ってるだろ。俺なにか食い物がないか聞いてくるな」


 そう言って小屋を出ていくレイズを、エーリカは布団の中で身を隠しながら無言で見つめていた。


「で、でもレイズさんに限って悪意があってやったわけでもないし……いやそれでも!」


 エーリカはパニックに陥り自分の思考と悪戦苦闘するが、直ぐに脳内が熱くなってその思考を放棄してしまう。

 そうしてエーリカは、布団に蹲って目だけを覗かせ、静かに天井を見上げた。

 丸太が組まれただけの小屋は、ほのかな木のいい匂いがする。


(そういえば……あれからどうなったんだろう)


 リリアの傷を癒した後、エーリカは魔力切れでふらふらと倒れてしまう。

 そんなエーリカをリリアが背負ったところで、エーリカの記憶は途切れている。


(リリアさんは、あれから)


 記憶が途切れる直前、リリアがエーリカに放った言葉。


『ありがとう』


 その言葉は、エーリカの記憶の中にくっきりと残っていた。


(リリアさんがもっと私たちに心を開いてもらえるように、私も頑張らないと!) 


 エーリカはそう決意をする。その時──


「あら、あなた一人?」

「ひゃああ!!」


 突然小屋の扉が開き、誰かが入ってきたことに驚いたエーリカは布団の中で足をバタバタとさせる。


「何してんのよ」

「す、すいません……あっ」


 エーリカは申し訳なさそうに布団から身を起こすと、入ってきた人物を一瞥するが、その人物に思わずエーリカは目を見張る。


「リリアさん……」

「もう大丈夫なの?」


 リリアは扉によっかかり腕を組みながら、エーリカに尋ねる。


「はっはい!一晩寝てしまいましたから……」

「そう、ならよかった」


 リリアはエーリカの容体に安心し一息つく。その瞬間、リリアの尻尾が微かに揺れ動いた。


「あの、リリアさんはなぜここに?」

「なぜって、ここは私の家なんだから帰ってきて当然でしょ」

「えっ!?」


 リリアから放たれたまさかの事実にエーリカは驚愕する。


「じゃ、じゃあ私は一晩リリアさんの家を占領して……!!」

「別にいいわよ。どうせ夜通し忙しくて帰ってこれなかったし。それに、助けてくれたお礼だしね」

「お礼……」


 そう言いながらリリアは、小屋の中に入ってエーリカが寝ているベットを通り抜けキッチンへ移動する。そこでリリアは、キッチンの棚をゴソゴソと物色しはじめた。そしておもむろにエーリカに尋ねる。


「なにか食べる?乾いたパンくらいしか入ってないけど。あ、このビーツ腐ってるわ」


 そうしてリリアは腐食したビーツをポイッとキッチンの窓の外に投げ捨てる。

 外にはダストボックスがあるようで、カランという音がした。


「い、いえ!レイズさんが食べ物を調達してきてくれるらしいので!」

「そう。じゃあお茶だけ沸かしておくわね」


 そう言うと、リリアは棚の中から焦げ付いたポットを取り出し、コンロの上に置いた。

 そうして詠唱を唱えると、コンロから火がボッと出てくる。

 リリアは再び詠唱を唱えてポットの中に水を入れ、棚から紅茶のティーパックを出しポットに放り込んだ。 


「随分、古典的ですね……」

「こんな森の中に水道管が通ってるわけないでしょ」


 スカンジア大陸の五つの国は、いずれも産業が発展していて町の道路の下には水道管やガス管が敷いてある。

 しかし、三百年前のような古の時代には、魔法の詠唱によって火や水が生成されていた。

 だが、魔力を使う事や加減を調節しないと大惨事を起こしてしまうため、そのような文化はだんだんと廃れていったのだ。

 キッチンでポットを見つめるリリア。そしてその様子を黙って見つめているエーリカ。お互いに沈黙の時間が流れ気まずくなってしまったエーリカは、おどおどとしながらも決心してリリアに尋ねる。


「あの、リリアさん」

「ん?」

「あれからどうなったか、聞いてもいいですか」

「……」


 リリアはキッチンを向いたまま無言で話すことなく、ポットのジュージューという音のみが聞こえてくる。


「い、いやあの!すみません、辛いことを聞いてしまって」

「……っ、その何かあったらすぐに謝る癖、相手によっては怒りを増幅させるからやめたほうがいいわよ」

「す、すみません」

「あなた謝ることしか脳にないわけ?」

「すみません……」

「もういいわよ」


 エーリカの怒涛の謝罪ラッシュに痺れを切らしたリリア。

 同時にポットからお湯が沸き出したのは偶然なのだろう。

 リリアはティーカップに紅茶を注ぎながら、話始める。


「あなたを金髪に預けた後、私はセレス様と生き残った同胞と一緒に森の中を駆けまわったわ」

「え?」

「森の中は……同胞の死体だらけだった」

「……っ!」


 その言葉に、エーリカの息が詰まる。

 森の中に潜んでいた獣人やエルフたちは、皆アヴァロニカ帝国の騎士に殺害されてしまった。


「私たちは無残にも転がっている死体を一人一人回収したわ。その時の気分は、さながら地獄だったわね」


 エーリカに語りかけるリリアの声音は、徐々に震えてくる。


「教えてよ……なんでこんな無残に殺されないといけなかったの?エリオーン様も仲間たちも、なんで死ななければならなかったの!?」

 

 リリアはティーカップに紅茶を注いでいることも忘れ、声を荒げる。

 ティーカップからどんどん紅茶が溢れていく。

 それは、まるでリリアの心情を現すかのよう。

 エーリカはベットから立ち上がり、そんなリリアの手からポットを放し、テーブルの上に置く。

 そして、哀しみ溢れるリリアの瞳を見つめ、語りかけた。


「残念ながら、理由は私にもわかりません」

「……っ!じゃあ……!」

「でも同じ人間として、私はその者たちが犯した罪を一生背負っていかなければいけません」

「え?」


 エーリカはリリアの手をつなぐ。


「別に、あなたが背負うことじゃないでしょ。それにあなたも被害者こちら側なんだから」

「そうでした」


 エーリカがリリアににこやかな笑顔を見せる。

 その顔は、リリアの心を少しばかり楽にさせた。


「貰ってきたぜ!近くのエルフの婆ちゃんがおすそ分けに……ん?おう!お前もいたのか!」


「げっ!?」

「わっ!」

「なんだお前ら、互いに目を合わせながら握手なんかして……?」


「べ、別に何でもないわよ……」


 レイズの純粋な質問に、リリアは頬を赤らめながらバッとエーリカから手を放した。レイズは首をかしげながらダイニングテーブルの上にパンや惣菜を置く。


「お前の分もあるから食えよ!」


 そう言って、レイズはリリアにパンを一つ渡す。


「わ、私は別に……」

「そうか?」


 その時、どこかからぐぅという鈍い音が聞こえ、リリアの尻尾がツンと直立する。


「っ!?」

「なんだ減ってんじゃねえか!」


「なんとなく鳴る気はしてました」


 リリアはレイズに手渡されたパンをむしり取り、無言で食べ始める。

 

「そ、そういえば。あなたにもお礼言ってなかったわね」

「俺にか?」


 リリアは熱くなった体を紛らわせるようにしてレイズに話しかける。


「どんな理由であれ、私を助けてくれたこと、あなたに感謝するわ」

「あなたじゃねえよ。俺の名はレイズだ」

「へ?」

「お前一回俺の名を呼んでくれたじゃねえか。忘れちまったのか?」


 レイズの思わぬ発言に、リリアは目を丸くする。


「れ、レイズ……?」

「おう」


「あ、じゃ、じゃあ私はエーリカでお願いします!」

「ちょ、ちょっといろいろ注文しないでよ!混乱するじゃない!」


 リリアが慌てふためく様子を、レイズとエーリカは笑いながら見届けていた。

 そして──


「……コホン!改めて、レイズ、エーリカ、その……ありがとう」

「言っとくが、俺はエーリカを連れ去ったことまだ許してねえからな!」

「それも謝るわよ!あと、レイズにも傷つけちゃって……」


 言葉が詰まりもじもじし始めたリリアを他所に、レイズはエーリカにパンを差し出す。


「エーリカこれ最後の一個だけど食うか?」

「ちょっと!私の言葉がまだ終わってないじゃない!」

「リリア、謝るのはいい。けどな、大事なのはそれを糧にして今後どうやって生きていくかだぜ」

「へ?」


 リリアさんは口を開いたまま唖然としていると、レイズに変わってエーリカが話し出す。


「リリアさん。私たちは亜人を差別なんかしません。むしろ、同じ人として大切に思っています。だから安心して、リリアさんは前を向いてください」

「……っ!!」

「お前にもこれからやりたいことがあるんだろ?」


 レイズの言葉に、リリアは胸に手を置いて話始める。


「私は、お父さんの遺志を継ぎたい。亜人も人間も、みんなが幸せ暮らせる平和な世界を作りたい」

「でもそれは私が……」


 リリアの言葉にエーリカが疑問を投げかける。

 エーリカは自分がみな平等に暮らせる国を創ると約束した。だから待っていてくれと、

 しかし、リリアの言葉は、自分から何かを起こしたいという意味に聞こえた。


「確かにエーリカがやってくれると待っていてもいいかもしれない。でも、私もできる限り何かをしたい。だからその何かを見つけるために、旅をしたい」

「がんばれよ」


「応援してます!一緒に頑張りましょうね!」


 レイズとエーリカの激励に、リリアの胸は熱くなり──


「ど、どうしたんですか!?」


 後ろを向きながらパンをむしゃむしゃかじり始めた。

 その時、リリアの頬から光る雫が零れ落ちる。


(今まで一度も人間に優しくされることなんてなかったのに……)

「なんでもないわよ!」


 といいつつ、リリアの尻尾はブンブンと激しく動いている。

 その様子に、レイズとエーリカは目を見合わせて微笑んだ。


「そ、そうだ。それ食べたらセレス様がレイズとエーリカを呼んでるから私と一緒に来なさい」


 目が腫れぼったくなったリリアが、何かを思い出したように振り向き、レイズとエーリカに伝えた。


「セレス様が……ですか?」

「セレス?あのやべー姉ちゃんのことか?」


「やべー姉ちゃんじゃないわよ。セレス様よ。あなたたちに話があるんだって」


 リリアの言葉に、レイズとエーリカは目を点にして顔を見合わせる。


「話?」

「私たち、何かしてしまったんでしょうか……」


「さあね、でも重大って言ってたわよ」


「「っ!!」」


 二人(主にエーリカ)の顔が深刻になるのを、リリアは見逃さなかった。












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