第23話 無慈悲
「もうやめて下さい!」
「「……っ!?」」
「なんすかっ!?」
森の茂みの中から現れた人物に、レイズ、リリア、アリッサは揃って目を見張る。
渦中の人物、エーリカは、息を切らしながらも一歩一歩、レイズとアリッサの元に足を運んだ。
「エーリカ……なのか……?」
レイズは、面前に現れた茶髪の少女に、心を揺さぶられ硬直していた。
それは、その少女を認識できなくなるほどに、
「はい、エーリカです……」
だが、その少女がエーリカだと名乗った時、曇っていた少女の像が一気に晴れた。
そこにいたのは、エーリカそのもの。
ガシィ
「よかった……よかった……」
「わっ、レイズさん!?」
レイズはエーリカの華奢な肩を持ち、そして抱きしめた。
普段とは違う、呪縛から解放されたようなレイズの表情にエーリカは戸惑いつつも、暖かい抱擁に胸が熱くなる。
「レイズ君も信じてるって言っておきながら案外心配してたんすね」
その様子をアリッサが横目でニヤニヤと見つめていた。
やがて短い再会の抱擁を終えると、互いに目を見合わせる。
「悪かったな。約束を破っちまった」
「いいえ!レイズさんはしっかり私を守ろうとしてくれました!一番悪いのは、それにも関わらず捕まってしまい作戦を果たせなかった私の方です。レイズさん、アリッサさん本当にすいませんでした」
エーリカが慌ててペコペコとお辞儀すると、その場に数舜の沈黙が訪れる。
「ま!これにて一件落着ってことっすね!」
沈黙を破るように、アリッサがポンと手を叩く。
本当はエーリカを助けることができただけで根本的な解決には至ってないのだが、この少女にはそれが理解できていなかった。
だが、わだかまりが晴れて脳内が空っぽになったレイズもそれに同意してしまう。
「そうだな!」
「はい……」
「ん?エーリカさんどうしたんすか?」
エーリカは呟くように二人に同意すると、直後表情を硬くして歩き出した。
向かう先には、倒壊した木の幹に身を任せながら項垂れるリリアの姿。
先の戦闘で着ていた服はボロボロになり、身体にも数カ所傷を負っていた。
エーリカがそんなリリアの前に立つと、リリアは鋭い表情のままエーリカを見上げる。
「あんだけ金髪に勝てるって豪語してた私のこんな姿見て、嘲笑いにきたわけ?」
「……」
だんまりを決めこむエーリカに、リリアはため息を吐く。
既に目の前のエーリカを捕まえる気も失せており、リリアは気だるげな表情のままエーリカに尋ねた。
「とりあえず、なんで出てこれたのか聞いてもいいかしら」
「セレスさんという方が、あなたを救い出すことを条件に牢から出してくれたんです」
「セレス様が!?」
「はい」
その人物の名に、リリアは目を白黒させる。
セレスはエルフ族族長エリオーンの妻であり、リリアにとっては第二の母親とも言えるような大事な存在。
そんな人物が、なぜエリオーンやリリアたちの計画を邪魔するようなことをしたのか。
リリアは恐怖と疑問でしおらしくなり、体をブルブルと震わせた。
「何で……セレス様が……」
だが──
「全員は出してもらえませんでした。出られたのは私だけです」
「はぁ?なんで……」
「言ったじゃないですか。あなたを救うことが条件だって」
「私を……救う……?何を言って」
エーリカは、牢獄でのセレスとのやり取りを思い出す。
*
セレスの口から、リリアの壮絶な経験が語られた後、エーリカはあまりの悲惨さに嗚咽してしまった。
それは、周りにいた女性や子供たちも同じだ。
そして、セレスの口から、こうも語られた。
人間に殺される直前、リリアを助け出したのは紛れもないセレスなのだという。
『私はあの時、ラウル村が燃えていると声が聞こえ、一目散に駆けつけました。ですが、村に着いた頃には、既に多くの獣人は炎の中で息絶えていて……私はそこで偶然、人間に暴力を振るわれている幼い獣人の少女を見つけたのです。そして、人間が少女に剣を突き立てた時。何を思ったのか、私はその少女を助けてしまいました』
セレスの脳内に映るあの時の光景。燃え盛る火の粉の中少女の命の灯が人間によって消されようとする寸前――セレスは風の魔法を放って人間を吹き飛ばし、少女を助けた。
『私は今まで、誰かを助けたことなど一度しかありませんでした。しかしそんな私でも、絶望に暮れる少女の顔を見て助けずにはいられなかったのです。ですが、その後エルフの森に連れ帰った後のことです。村を焼き払ったのは人間だと伝えてしまった時、少女は悲痛な顔をしておりました。少女の心が復讐に歪んでしまったのも、それからです』
幼少期のリリアの絶望が、今の冷酷なリリアを生み出している。
エーリカは涙ぐみながら、セレスの話を聞き続けた。
『今思えば、私は彼女を助けない方がよかったと思い止まないのです。私が言わずとも彼女は成長する中で必ず、人間によって村を滅ぼされたという真実を知らされるでしょう。今のリリアが味わっているものは、形容するのならそれは生き地獄です。ならば、最初から助けない方が幸せだったのではないのかと……』
『そんなわけありません』
『え?』
エーリカが涙ながらに声を張り上げたことに、セレスは目をパチパチさせる。
『死んだ方が幸せだったなんて、そんなの哀しすぎますよ……もし人が死んで地獄とやらに行ったとしても、もう戻ってはこれないんです。死んでいるのですから。ですが、リリアさんが味わっているものが生き地獄だというのなら、必ず出口があります。戻ってこれるんです。だってリリアさんは生きているんですから』
『生きている……』
『あなたのしたことは間違いなどではありません。そもそも他人の命を助けることに間違いなんてありません。だって……罪を償う、成し遂げる、希望を抱く――なんでもいい、助けられた人にはそういう
死霊術師として沢山の人の死に様を見て来たエーリカだからこそ、生きるという行為にはこの上ない執着心を持っていた。
死のうとすら考えていた自分を救ってくれたレイズのように。今度は自分が他人に生きる希望を与えよう、と。
『ふふっ、あなたの言葉には、並々ならぬ説得力がありますね』
それは、死霊術師だけではなく、エーリカの歩んできた道筋を通して。
エーリカの言葉に心が晴れたセレスは、牢の鍵を開錠し、エーリカにつけられた手枷を外す。
『さあ、お行きなさい。そして必ず、リリアの心を絶望から救いなさい』
『ありがとうございます』
『あの、私たちは?』
壁にもたれながらセレスの話を聞いていた白髪の少女が、壁から離れてセレスに尋ねる。
『残念ですが私も族長の妻として、同胞の行為を否定するようなことはできません。ですが、彼らの行いが正しいとは言いません。なので、彼女を信じてください。彼女がリリア、そしてエルフと獣人を救うことを信じて待っていてください』
『そう』
『反論なさらないのですね。これはあなたがたにとっては酷な宣告だと思うのですが』
セレスがおもむろに少女に問いただす。
『そうね。なんか心の中の真っ黒い何かが取れちゃった気分だわ。あなたの話と、茶髪のキミの話を聞いて。さっきまでの絶望なんかもうどうでもよくなっちゃって』
『それは……』
『まあ少しは、キミが何かやってくれると信じてるわ』
『僕も!』
『あたくしもです』
牢の中にいた全員が、白髪の少女の言葉に頷く。その目には、先ほどとは違い光が灯されていた。
『みなさん……!』
その声でエーリカの心に──火がついた。
*
「私を……救う……?何を言って」
エーリカは項垂れるリリアに目線を合わせるようにしてしゃがみ込み、言葉を紡ぐ。
「リリアさん、よく聞いて下さい」
「な、何よ……」
「あなたのお父様は、こんなことを望んでいません」
エーリカの言葉に、リリアは顔をしかめて怒号を上げる。
「はぁ!?あなたは私の何も知らないでよくそんなことを!?」
「知ってます。セレスさんに全部聞きましたから」
「はっ?セレス様が……なぜそんなことを……」
「あなたを止めて欲しかったからです」
エーリカはリリアの胸の前に両手をかざし、詠唱を始める。
【イフィル・ヴィア・スウィム】
直後、両手から淡い紫色の光が放たれ、リリアの傷がどんどん癒えていった。
「
「なんで私なんかに……」
死霊術師は魂の色でその者の感情が判別できるように、魂の状態を見ることでその者の身体的状態を知ることができる。肉体が傷つくと、同時に魂にも傷がつく。肉体が跡形もなくなくなることで魂も消滅してしまうのだが、そんなことは自発的には不可能で、大体は魂が消える前に肉体が限界を迎え、器のなくなった魂は天へと昇ってしまう。
エーリカの使う召魂死霊術は、傷ついた魂に干渉して形を元に戻すことができる。同時に、形を削ぐことも可能なのだが──
エーリカの術でリリアの傷は塞がった。しかし、エーリカから発せられた言葉に、リリアは戸惑いを隠せなかった。
「今……死霊術って……」
「私はレディニア王国の死霊術師です」
リリアは幼少期、人間に対しての知識を深めていくうちに、書物にてある存在を知ることになった。
それは死霊術師。人間にも関わらず、自分と同じく同胞から差別を受けている存在。
父リルトから貰ったその書には、死霊術師を非道だと侮辱する文面が書かれていたが、皮肉にもその書で死霊術師の行いを鮮明に知ることができた。
それを見た幼少期のリリアも、死者蘇生という死霊術師の行いを肯定することはできなかった。だが同時に、他の人間から疎まれているということにも引っかかっていたのだ。
同じ人間なのだから、なにか仲良くできる方法はないのか、と。
そんな考えは、リリアが人間への復讐心を高めるうちに忘れかけていたのだが、
「レディニア王国……確かついこの前、別の国に滅ぼされた……そう、あなたはその国の生き残りなのね」
「はい。リリアさんと同じ、大切な人と国を、一人の人間によって滅ぼされました」
「──っ!なら、なんであなたは悲しまないの?なんで恨まないの?」
「私には、それよりも先にやるべきことが見つかりましたから」
「やるべき……こと……?」
エーリカはスゥ―と息を吸って、そしてリリアに告げる。
「私は、レディニア王国を取り戻したい。そして、人間も死霊術師も亜人も、みんなが差別のなく仲良く暮らせる、幸せな国にしたい」
「え……?」
その時、リリアの脳裏に、父リルトと交わした約束が映される。
『でも大丈夫だよ。お父さんが、そんな差別をいつか無くしてみせる。そうしてリリアが安心して人間と触れ合えるようにするんだ。いつも見ているだけじゃ寂しいだろ?』
「あなたには、それができると本気で思ってるの?」
リリアは俯き、拳を強く握ったままエーリカに問うた。
「私の父も、それを本気で叶えようとした。でも、できなかった。その前に、心無い人間によって殺されたのよ」
「私にも、それは分かりません。こんなに弱い私が、できるなんて思えない。そう何度も思いました。でも……」
「でも……?」
「私の意志が、そんな考えを一蹴しました。できるできないじゃない。やらないといけない。それが私の父の意志。そして、私の決意です」
「……っ!」
途端、リリアの胸の奥から、温かくて淡い何かが溢れ出てくる。
「セレスさんから、あなたがやろうとしている計画も聞きました。リリアさん。あなたのお父様は、リリアさんが人間を一人残らず滅ぼそうとしていると知った時、どう思うでしょうか」
「そんなの分かってるわよ。でも……でも今更この復讐心を消すことなんて……私には……」
リリアの中にあるどす黒い復讐心。それはどんどん積み重なって、リリアを飲み込む寸前にまで膨れ上がっていた。
そしてリリア自身も、自分の中にあるこの黒い心を取り除くことなど不可能だと悟っていた。しかし──
「できなくたって、いいんです。大切なのは、辛い経験を乗り越えて前に進むことなんですから」
「へっ……?」
「もし次に、復讐心が、絶望が、リリアさんの心を飲み込もうとしたら、私を思い出してください。私がリリアさんを含め、みんなが幸せになれる国を創りますから。それを少しでも糧にして、前向きになってくれたら、嬉しいです」
エーリカはニコリと微笑みながら、リリアにそっと手を差し伸べる。
「あなたを……信じていいの……?」
「はい」
「人間も亜人もみんな平等に暮らせる国を創るって、信じていいの?」
「はい、必ず」
リリアは溢れ出る涙を押さえながら、エーリカの手を取った。
「約束よ」
「約束です」
脳裏に映った父との約束。その約束を、今度は自分が恨んでいた人間の少女と交わす。リリアのマリンブルーの瞳には、ほのかな光が灯されていた。
その時、エーリカが見たリリアの魂は──黒き闇が抜けたかのように真っ白に輝いていた。
「エーリカよかったな」
「感動もんすね」
二人の会話を聞いていたレイズとアリッサが、事の終わりを察知して駆け寄って来る。
「レイズさん。アリッサさん!」
「あの、私……」
リリアは、申し訳なさそうにレイズとアリッサの方を振り向く。
「大丈夫っすよ。もともと
「へ?」
「亜人を惨殺しているなんてアタシらの国では大問題っすよ。そんなクソ野郎を、とっ捕まえて尋問しないといけないっすから」
アリッサの言葉に、リリアの表情は一気に明るくなる。
「じゃあさっそくっすが牢に捕まえた人達を解放してくださいっす」
「……っ、分かったわ」
アリッサの言葉にリリアが頷いた瞬間──
「待て」
森の奥から二人のエルフを従えた老父が現れる。
エリオーン、エルフの里の族長だ。
「リリア。お前は何をしている。そこの人間たちを殺すのではなかったのか」
「長老、私は……」
「そうか、主のことは信じていたのだがな。裏切ったのか」
「ち、違います!私は断じてそんなことは!」
「待ってください」
エリオーンとリリアの会話に口を挟んだ者、それはエーリカだった。
「セレス様に聞きました。族長のエリオーン様は温和な性格で、このように人間を滅ぼすなどという残虐じみた作戦を立てるはずがないと」
「……っ!?」
「あなたは誰ですか?」
「はっ?」
エーリカの静かな問いに、リリアは困惑してエーリカを見つめる。
レイズとアリッサも、事の成り行きを不審げに見つめていた。
エリオーンは数舜の沈黙ののち、不敵な笑みを浮かべ──
「やはり、正解だ」
すると、エリオーンは一瞬で苦しい表情になる。それは、何かから解放されたかのように。
「わ、儂は……うぐっ!!!」
「長老!?」
だが、エリオーンの背後にいたエルフの男たちは何食わぬ顔でただ目の前を見つめている。
「どうなってるんだ!?」
「何かが出ていったような……」
と、エリオーンが急に苦しみ始めたと思えば、先ほどの冷徹な表情に戻る。
「主には失望した。この場で息絶えてもらう」
「は……!?」
「お前たち、やれ」
そんなはずない。セレスと同じく、自分を大事に育ててくれたエリオーンが、自分を殺そうとするなど。リリアは深刻な表情を浮かべ体を激しく震わす。
「リリアさん!!」
そんなリリアを、エーリカは優しく抱きしめる。
「何をしてる。森の中の同胞よ。早く裏切者を含め全員始末しろ」
だが、エリオーンの指示に森の中から姿を現したのは──
「なっ!?」
「騎士!?」
レイズとアリッサは唖然として口を開く。
集会場の周囲の森から現れたのは、赤黒い鎧を纏った騎士たち。
「どうなっておる……!?」
エリオーンも、その事実に呆然と周りを見つめる。
しかし、その背後から──
「エリオーン様!!!」
リリアの叫びも届かず、エリオーンの左に立っていたエルフの男が、エリオーンに刃を突き刺した。
「ぶふぉ……!!!!!」
エリオーンから鮮血が噴き出し、無残にもその場に倒れる。
「エリオーン様!!!!!!!」
リリアは号泣しながらエリオーンの名を叫ぶ。
そして、エリオーンの元へ向かおうとするが、
「離しなさいよ!!!」
「だめです!!!!」
リリアの胴体をエーリカが必死になって抑える。
(おかしい。この光景。どこかで……はっ!?)
エリオーンを刺したエルフの男は、血がにじむ剣をブルっと振るう。
すると、その剣だった物やゆらゆらと視界が揺れ動き、槍へと姿が変わる。いや元々の槍へと姿を戻したのだ。
「なにが、なにが起きてるんすか!?」
アリッサも呆然としてエルフの男を見つめる。
そして、レイズは──
「……っ!?」
見たことがある。忘れるわけがない。
族長のエリオーンを、見境なく刺し殺すその冷徹な瞳。
「あーあ、エルフの長って言っても案外雑魚なんだな。もっと強いかと思ってたぜ。まあこんだけ近くにいたのにずっと気づかれなかった時点でお察しか」
「はっ!?」
リリアが叫んだ途端、視界のエルフの男だけがゆらゆらと鈍り始めた。
次に視界が晴れると、緑髪のツーブロックな騎士が現れる。
騎士はニタァと口元を緩ませると、槍を構えてこう口にした。
「アヴァロニカ帝国亜人殲滅部隊隊長。バルティナ・ディ・レイザーン。これより殲滅任務を開始する」
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