第22話 激突!!

 リリアの目の前には、槍を構えた鎧姿の女騎士と、金髪の少年が。

 しかし、それ以外に他の人間の姿は見受けられない。


「どこか奇襲を狙って……?いやでもエルフの里には大勢の仲間が潜んでて……は、仲間たちは!?」

「リリア嬢!!」


 と、森の中から現れたのは、右腕に怪我を負ったエルフだった。


「すみません。侵入者を止めることが……」

「そんなことどうでもいいわ。他の仲間はどうしたの?」

「それが、無残にも倒されてしまって」


 倒された?あの二人に?

 リリアは金髪の少年、レイズと女騎士アリッサに吃驚きっきょうの表情を向ける。


(うそ……なんで人間なんかに……この森を抜けることが……)


 リリアが必死に思考を巡らせる間にも、レイズとアリッサは集会場を突き抜けリリアに向かって疾走。


「ちぃ!!」


 誰の耳にも届くような舌打ちをしたリリアは、腰から銀色に光る長剣を引き抜いた。


「あれ、あいつが乗ってた剣じゃないぞ!?」

「恐らく、戦闘用の本物マジモンっすね」


 リリアは剣を構えたまま、向かってくるレイズとアリッサに話しかける。


「あなたたち、この森には多くのエルフや獣人がいたはずよ。それをどうやって突破したの?」


「どうって、なんか木の上からネチネチ魔法を撃ってきたり無作法に攻撃してくる奴らしかいなかったすから、軽くしごいただけっす」

「アリッサお前強いんだな!」

「当然っす!ハインゲア王国の騎士を舐めない方がいいっすよ」


 リリアの疑問にわざわざ停止してまで話すアリッサ。

 その時、リリアの奥底から夢にも思わなかったことが浮かんでくる。


(舐めていたのは私の方だったの……?)


「あなたたち、仲間はどうしたの?」


 奇襲を仕掛けるのなら絶対に応えることはないのだが、気が動転したリリアは考えもせずにそう尋ねてしまった。だが──


「仲間?アタシたちは二人だけっすよ?」

「はぁ?何を言って!?私たちは人間を誘拐して、あなたたちはそれに報復しに来たんじゃないの!?」

「アタシらはただ、エーリカさんを取り戻しに来ただけっすから!」


「応!」


 アリッサの答えに、レイズもビシッと拳を前に向ける。


「アタシらも急いでるんで、ここは早急に突破させてもらうっすよ!」

「くっ!全ての仲間に連絡して、こいつらはここで倒す!術式の設置と増援を頼んだわ」


「了解!」


 リリアがエルフの男に命令すると、男は森の中に消えていく。

 リリアは銀色の剣先を構え、向かってくるレイズとアリッサを迎撃した。


「悪いけど、ここは通さないわ」


 すると、どこからかリリアの元に剣が飛来してくる。

 剣はリリアの足元に着くと同時に、リリアは剣の上に乗り浮遊。

 リリアを乗せた剣は低空飛行のままレイズとアリッサに突っ込む。


 瞬間、リリアはビューンと風切り音が鳴るほどのスピードでアリッサに近づき、銀色の長剣を振り一閃。


「ぐっ!!!」


 アリッサは槍で応戦するも、強靭な一撃に接触点に火花が散り後方へ吹っ飛ぶ。


「アリッサ!!!」

「大丈夫っす!アタシは……」


 だがその直後、アリッサの動きが見事に止まる。

 森の中、一人のエルフによって放たれた拘束魔法が、アリッサの動きを止めたのだ。


「う、動けないっす……」

「まず一人」


 続いてリリアは上空に浮遊し、腰のポーチから小ぶりな小剣を複数取り出す。


「ふっ!」


 そして小剣をばらまき、真っ逆さまに落下させた。

 剣はレイズに向け急降下する。


「ほっ!」


 レイズは地面を蹴り急激な加速でそれを回避。

 しかし──


「なんだこれ!?」


 小剣たちは地上の寸分ほど手前で止まり、進行方向をレイズへと変えて一直線に追尾する。その動きはまるで、獲物を捕捉しどこまでも追い続ける鷹のよう。

 生物のような挙動をする小剣は、一寸たりともレイズの通った軌道を変えることなく、レイズを追い続ける。


「クソ……!」

「レイズ君!!!」


 そして小剣から逃走するレイズの目の前には、剣を構えるリリアが、


「ここで死ね」

「レイズ君!!!」


 しかし、リリアの振るった剣がレイズに届く寸前──レイズは拳を地面に放つ。


衝撃拡散ショックウェーブ《パルス》!!!


「なっ!?」


 レイズが放った衝撃波は同心円状に拡散し、リリアとレイズを追っていた小剣を吹き飛ばした。


「くっ!」


 だが、リリアは乗っていた剣を操縦し、すぐさま立ち直る。

 そうしてレイズへ向け移動し、剣を振るい一閃。

 レイズもそれを避けながら、拳と蹴りでリリアを猛攻撃。


 お互いの攻撃は拮抗状態──もはや、それを止められる者は誰一人として存在しない。


 キラン


「……っ!?」


 否、白銀に光る鎧騎士から振るわれた槍が、レイズが避けると同時に上空から降り注ぐ。


「いただきっすよー!!!」

「なっ!?あなたは術式で動けなかったはず……くっ!!!」


 リリアは急いで後退しようとするも、アリッサから振り下ろされた槍はリリアの肌を僅かに掠め取った。


「無事だったか!」

「あんなのちょちょいのちょいっすよ」


(あの女を攫った時も不思議に思ったけど……コイツ、エルフにしか解けないはずの魔法術式を……解いている!?)


 リリアは、エーリカを連れ去った日を思い出す。

 あの時、人目に付かないためにエルフの仲間が設置した幻惑魔法の術式。

 しかし、目の前の女騎士は、それを魔法ひとつで解除した。

 リリアはかすり傷を手で拭き払い、アリッサにこう尋ねる。


「一つ聞くわ。あなたはエルフなのかしら?」

「違うっすよ。アタシは人間っす。ほれ」


 そう言ってアリッサは自分の耳を強調してリリアに見せつける。


「……っ!?じゃあなんであなたは、人間に解けるはずないエルフの術式を解いてるの!?」


 リリアは戦いも忘れ、アリッサに問いただす。


「あれ人間に解けないっすか。知らなかった知らなかったー」

「とぼけないで!!そもそも、森中に張り巡らされた術式はどうやって!?」

「道中に張ってあった分は全部解除したっすよ」

「はぁ!?どうやって!?」


 リリアが怒鳴りげに追求すると、アリッサは槍を降ろして語り始める。


「何を隠そう、アタシは術式解除の専門職っすから」

「専門職!?」


「なんだそれ?」

 

 レイズすらも、小首を傾けてアリッサに尋ねる。


「魔術師の中にはいるんすよ。自分が発動した魔法術式を解除せず、そのまま立ち去ってしまう迷惑な輩が。その術式がいつまでも放置されたせいで、ある場所が立ち入れなくなったり、村が丸ごと滅んでしまったり、とにかく大惨事を引き起こしてしまったんです。アタシらの一族は、そんな厄介な術式を解除するためだけの魔法を一から叩き込まれたエリート集団なんすよ」

「エリート……?」


 アリッサの話に、リリアは唖然とした表情のまま耳を傾けた。


「術式って言っていうのは、例えるなら迷路のようなものっす。アタシの魔法はその迷路全ての道に魔力を注ぎ込み、ゴールへの道ただ一つだけを突き止める。そうすれば、どんなに難解な術式もあっという間っすよ」

「そんな魔法なんてあるわけが……」 

「それがアタシの使う魔法、特殊構築術式解読魔法オールワンの正体っす」


 アリッサは片手の人差し指を立ててしたり顔で告げる。


「でも、それでも人間にエルフの術式が解けた理由にはなってない!」


 リリアは焦り顔のままアリッサに尋ねた。


「エルフの魔法術式は解読できないワケじゃない。迷路が複雑すぎて並の魔術師では解読することが難しいだけっす」

「はぁ!?」

「あなたは舐めすぎたんすよ。アタシたち人間を」


 アリッサが話し終える間もなく、レイズが跳躍しリリアに向け凄まじい勢いの足蹴りを放つ。

 しかし、リリアも咄嗟に剣を構えその蹴りを受け止めた。


「くっ!あなたたち、どれだけ私たちを弄べば!?」

「弄んでなんかいねえよ」


 一回転しリリアの目の前に着地したレイズは、拳を強く握り締めて応える。


「俺は許せねえだけだ。エーリカを連れ去ったお前と、それを止められなかった自分てめえが」

「──っ!」


 その灼熱に燃える朱色の眼光は、リリアを僅かに委縮させる。


「だから絶対に、エーリカを奪還する」


 レイズの覚悟を決めた言葉に、リリアはギリリと歯を噛みしめた。


(なんなのこいつ!?あの女のことばっかりで……私たち亜人のことを、なんとも思わないで!!)


 その直後、何かを思いついたようにリリアの口元が微かに緩んだ。そうして冷徹な瞳のままレイズに告げる。


「死んだわよ。あの女は」

「あ?」


 追い詰められて、根も葉もないことを口にしたリリア。

 しかし、そこに罪悪感など微塵もない。


「抵抗してきたから、この剣でね」


 リリアは銀色の剣をレイズに見せびらかす。

 自分が体験した絶望を、ただレイズに味わわせたいがために。

 だが── 


「それはねえよ」

「……っ!?」


 レイズの瞳は、リリアの予想に反して輝きを放ち続けていた。

 

(なんで……悲しまないの……?なんで……コイツは絶望しないの……)


 その時、レイズの脳内に映っていた、血塗れのエーリカの姿。

 

「嘘つき」 


エーリカが放ったその言葉は、レイズの心に深く深く染み込んでいた。

 しかしそれは、レイズのの中に映り込んだエーリカの虚像にすぎない。


「エーリカは俺を信じてる。だから、自ら死にに行くようなヘマは絶対にしねえ」

「はっ!?」

「でもお前がもしエーリカを殺したってんなら。俺はかたきを討たなきゃいけねえな」


「レイズ君、それは言い過ぎっすよ」


 レイズの隣に立ったアリッサが片手の甲をレイズに当てて釘をさす。


(レイズ君のエーリカさんへの執着心は一体……)


「わりいな、冗談だ」


 そうってニヒッと笑うと、レイズはエーリカに向けて拳を構えた。


「さあて、もう一戦だ!まだくたばってねえんだろ?」

「くっ……」


 レイズは地面を蹴り電光石火の速さでリリアの元へ突進する。その道中にあるベンチやウッドデッキはなす術もなく破壊され──


「ふっ!」


 そして、リリアに向けて放たれた拳の一撃が、反撃の狼煙を掲げた。


「ぐっ!!!!」


 リリアは剣で受け止めるも、隕石が降り注ぐような重さの拳に体が揺らぐ。


(なんなのこのパワーは!?)


 そこに、間髪入れずにアリッサの槍が放たれた。

 

「はらぁ!!!」


 一突き一突きに、魔力の補正がかかり光の速さと化した槍。


「はやっ……くっ」


 アリッサの槍による連続攻撃に、リリアは剣で対抗するも思わずその速さに──


「しまっ……」


 槍の穂先が、リリアの喉元へと──


「くっ!!!」

「はへ!?」


 リリアは剣を降り体を屈めて槍を避けると、アリッサを足蹴り。

 巨大な岩石をぶつけたような足蹴りに、アリッサは遠くのステージまで吹っ飛ばされる。


「なんで、なんで仲間の援軍がこないの!?」


 しかし、そこに上空からレイズの足蹴りが降り注ぐ。

 リリアは瞬時に剣で足蹴りを受け止めた。


 そこからは、剣と拳の激しい殴り合いが幕を開けた。

 レイズの足蹴りを受け止めたリリアは、そのまま剣を滑らせてレイズの膝と乖離。

 その後、両手で剣を構え、着地したレイズに向かって一直線に突き進む。

 その速度、疾風の如く──リリアが通った後には、砂埃が立ちこみ直線の跡が残った。

 勢いそのままに、リリアはレイズに向けて一閃。

 レイズは回避することなく、魔力で覆った上腕で受け止める。

 鋼のようなレイズの魔力防御で、接触面にバチバチと火花が散る。

 レイズは足蹴りでリリアを後退させ、拳で連打!連打!連打!

 拳の一つ一つが疾風迅雷の如くリリアに強襲する。

 しかし、リリアもその攻撃全てをこちらも尋常ではない速さで回避、そして隙を見て宙を舞って一回転し、レイズの背後へ回る。


 流星剣シューティングスター


 降下状態、逆さのままポーチから小柄な小剣を拳に握り、前方にばら撒く。

 次の瞬間、小剣は重力を得て地上へ落下する星屑のように、レイズへと襲いかかった。

 しかし、レイズは再び魔力で覆った上腕をクロスさせ小剣をガードする。

 そして、急加速を踏んでリリアの懐に入り込み、拳で突き上げ。

 リリアは剣で拳を受け止めるが、その威力に吹っ飛び上空へ突き放される。

 再び宙を舞ったリリアは、裾から撒菱のような全方位が突き出た球体を取り出しそれをレイズへと落下させる。

 球体はリリアの魔力を帯び、流星のようなスピードでレイズへ降り注いだ。

 だが、レイズはまるでスロー空間を動くかのように球体を回避。


(コイツっ!この速さを回避!?)


 直後、上空から真っ逆さまに剣を突き落とすリリアを魔力でガードし、再びの剣と拳の攻防が始まる。

 その余波で、集会場に設置された木製の物達は原形をとどめることなく崩れていく。

 だが、二対の激しい攻防も直ぐに終わりを迎えた。

 

「──っ!?」


 リリアの後方からアリッサの長槍がリリアの頭頂部に落下する。

 残滓が残るほどの速さで振り落とされた槍に、リリアは急旋回で回避。

 そのままアリッサの背後に周り足蹴りで攻撃した。

 だが──


 アリッサはそれを予知していたかのように真横へと倒れ、がら空きになった前方からレイズの拳がリリアの足蹴りを受け止めた。

 魔力を帯びた拳はリリアの足蹴りを容易に防御。


(この女の対応力!少なくとも普通の人間の芸当ではない!)


 そこから、リリア対レイズ、アリッサの乱戦に、戦況が変貌する。

 レイズの拳、それを受け止めるリリア。そこに間髪入れずに襲いかかるアリッサの突き。

 レイズの凄まじい瞬発力に加え初めての共闘にも関わらず、歴戦の相棒を思わせるかのようなアリッサの連携力が、リリアの判断力を徐々に削ってゆく。


(この私が、人間に押されてる!?)


 リリアは驚異的な身体能力のまま二人の流れるような猛攻を受け止めた。

 しかし──


 二人の隙のない連携攻撃により、数舜だけリリアの動きが乱れたのだ。

 コンマ一秒。もはや並の人間では認識することが不可能な隙すら、レイズは見逃さなかった。

 今だ──


「全ての衝撃を、俺の力に――昇華させろ!!」

「はっ!?」


 今までのリリアの攻撃全てを、レイズが避けることなく拳で受け止めていた理由。


衝撃吸収+放出ショックウェーブ《スウィップ・インパクト》!!!!!!!


「ぐはっ!!!」


 剣閃の衝撃を加算された足蹴りは、剣を構えたままのリリアを吹き飛ばす。

 リリアは樹木の幹に激突。衝撃でバキンという音と共に木はなぎ倒される。

 

「まだ……まだ……」


 リリアは剣を支えにして、よろよろの身体を無理やり立たせる。


「まだ、やんのか?」

「舐めるな……私は……まだやれる……!」


 ボロボロのまま立ち上がるリリアに、レイズは再び拳を構える。

 だが、その戦いも、一人の制止によって終わりを告げた。


「もうやめてください!!!」


 突如、集会場中に放たれた声に、レイズとアリッサそしてリリアは声の主へと目を向ける。

 そこにいたのは、エーリカだった。






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