第19話 勝てるはずがないわ

「私の名前は……リリア・キャンベルよ」


 リリアはエーリカの勢いに観念したのか、嫌々ながらに自分の名を明かす。


「り、リリアさん!よろしくお願いします!」


 そう言ってエーリカはリリアに手を差し出す。

 しかし、リリアはその手を見つめながらも一向に手を出してこない。


「あの……」

「握手なんかしないわ、私とあなたは敵同士だもの」

「え?友達じゃないんですか!?」

「は?そんなわけないでしょ!?さっき私の話聞いてなかったの?だいたい私とあなたは会ってからそんなに時間経ってないじゃない!それなのに友達なんて烏滸がましいのにもほどがあるわ」


 エーリカの頓珍漢な疑問に、クールな表情を保っていたリリアも思わず声を荒げた。


「うぅ……てっきり、お互いに名前を名乗った時点で友達なのかと……」


 エーリカは激昂したリリアにショックを受けてシュンとしてしまう。


「あなた、それ誰から影響受けたのか知らないけどやめた方がいいわよ」

「すいません……」


(ちょっと怒りすぎちゃったか……いいえ、この女は敵。このくらいの罵声を浴びせても問題ないわよね)


 リリアはそんなことを考えつつ、黙り込んでしまったエーリカに強気な姿勢のまま話しかける。


「そろそろ行くわよ」

「はい……」


(私だけじゃなかった……故郷を失い、最愛の人を殺された人たちは……きっと、リリアさんも……)


 二人はエルフの森を抜けていく。その際、エーリカの脳内には、ボロボロになった獣人たちと、燃ゆるレディニア王国が映し出されていた。


 *


 歩き続けて二十分後。二人の目の前に現れたのは、蔦に覆われたどこか不気味な建物。

 森の中に鬱蒼と佇むその姿は、さながら幽霊屋敷を連想させる。

 しかし、エーリカは全く動じることなくリリアに尋ねる。


「ここに、攫われた人たちがいるんですか?」

「あなた、この悍ましい外観によく恐怖しないわね」

「慣れてますので」


 エーリカの素性を知る由もないリリアは、案外肝が据わってるのねと残念そうにため息をついた。


「そうよ、この中には私たちがさらってきた奴らが幽閉されてる。そしてあなたも」


 そう言ってリリアはエーリカを連れながら入り口のような頑丈な鉄扉の前に立つ。

 すると、衣服のポケットから鍵を取り出し、扉を開錠した。

 ガタンという音を立てながら、リリアは重そうに鉄扉を開けていく。

 それを見ていたエーリカがおもむろに話しかけた。


「て、手伝いましょうか?」

「これからこの扉の中に監禁されるのによくそんなこと言えるわね」

「そ、そうですけど……」


(お人好しなのか……ただのバカなのか……)


 エーリカのふわふわした発言に、リリアは呆れて力を抜いてしまう。

 

「こんな扉私一人で開けられるわ。獣人族を舐めないで」


 リリアがそう言った途端、鉄扉が緑色の光を放ち、重さが無くなったようにスラっと開いた。


「そもそもこの扉は人間には開けることなんてできないわ。人並外れた力か、特殊な魔力を掛けないとね」


 それを聞いた時、エーリカはある記憶を思い出す。

 リリアは休憩したとはいえ、夜中から明け方にかけて、自分を脇に抱えたまま棒立ちで尚且つ不安定な剣に立ちながら浮遊をしていた。

 リリアは慣れていると言っていたが、もしかしたら獣人という種族は人間よりも身体能力が高いのかもしれない。


「ほら入りなさい。逃げたら分かるわよね」

「は、はい」


 リリアに諭され、エーリカはお邪魔しますと言いながら中に入って行く。


「ここ、牢屋なんだけど」


 そんなエーリカを、リリアは呆れ気味に見つめていた。


「お疲れ様です、リリア嬢」

「また一人連れてきたわ」


 窓ひとつない室内は、僅かに蝋燭が燈るだけで薄暗い。

 扉の先は机と椅子だけが置かれており、その奥にさらに廊下が続いている。

 そこにはエルフと獣人の男がいて、リリアが入って来るなり立ち上がり会釈をした。

 槍を持って武装もしてる辺り、看守なのだろうか。

 それよりも、明らかに男たちよりも年下なのにも関わらず、男たちに敬語で会釈もされていたリリアの正体も気になる。

 エーリカはそう思考を巡らせる。


 だが、今注目すべきことは──


「今回の誘拐事件、やっぱりエルフと獣人ぐるみで行われているんですね」

「やっぱりって……さっきのエリオーン様とのやり取りを見ていれば分かっていたことでしょ」

「いえ、私がリリアさんに攫われる前、人目が目立つ中で女性を誘拐しようとした方々がいたんです。しかしその女性は騎士で、レイズさん……私と一緒にいた金髪の方と一緒に取り押さえました。今頃、牢の中で尋問を受けているのではないでしょうか」


 エーリカからの衝撃の事実に、リリアだけではなく看守の男二人も驚きのあまり口をあんぐりと開ける。


「その女を誘拐しようとした二人は大体予想がつくわ。あの二人……でもまあ、計画通り人間に私たちの犯行だと知られたんだし別にいいわ」

「計画通りって、リリアさんたちは一体、何をしようとしてるんですか?」


「あの、リリア嬢そろそろ」


 エーリカがリリアに尋ねようとした途端、エルフの男がリリアに声をかける。


「そうね。悪いけどもう時間よ。おとなしく牢屋の中に入りなさい」

「は、はい……」


 そう言われたエーリカは、獣人の男に手枷をつけられて、リリアと共に薄暗い廊下の奥に進んでいく。


 やがて廊下を抜けると、鉄格子のある大部屋についた。

 やはり蝋燭が数本灯されているだけで薄暗いが、鉄格子で仕切られた窓があり、陽光が室内に差し込んでいる。

 だが、窓もかなり高所にあり幅も狭いため、到底人一人抜け出すことさえ叶わない。


 そして、鉄格子の奥には、連れ去られた女性や子供の姿が、

 女性や子供はみなやせ細って目の下に隈があり、小声で誰かの名前を呟いたり、死にたくないと身を震わせている者もいる。

 その者たちは手枷をつけたエーリカを見るなり、憐みのような表情を浮かべた。


「大丈夫よ、今のところ、拷問めいたことをする予定はないから」


 リリアは若干の安心を与えるようにエーリカに伝えるが、エーリカの表情は恐怖も絶望もなく、ただまじまじと牢の中を見つめている。

 そんなエーリカの様子に、リリアは拍子抜けしたようにあることを考える。


(どうせ、まだあの金髪が助けに来てくれるとでも思ってるのかしら……)


 そうすると、リリアは急に不敵な笑みを浮かべる。


「あなたを救おうとした金髪は、残念ながらここには来れないわよ」

「へ?」


 エーリカはリリアの表情が変わったことに呆気にとられてしまう。


(金髪って……レイズさんのこと……?)


「その前に私が始末するもの」

「始末!?れ、レイズさんは……絶対に負けないですから!!」

「負けるわよ。私はそういう存在だから」

「え?」


 目の前の少女は何を言っているのか──

 エーリカには全く見当もつかず、ただ茫然と話を聞いているだけ。


「少しあなたに知識をあげるわ。獣人とエルフが持つ、外見以外の人間との特異性を」

「あの……その……」


 そう言ってリリアはエーリカの制止も聞かずに話始める。


「獣人は力が強かったり、跳躍力が高かったり足が早かったり、何かしらの身体能力が特出して優れてる種族よ。そしてエルフは、人間にはない特殊で且つ強大な魔力を持っている。その魔力で羽を作って空を飛べることはもちろん、さっきの扉みたいに人間には解けない魔法術式を構築することもできるわ」

「は、はぁ……」


 リリアの語りをただ黙って聞いていたエーリカ。


「何が言いたいか分かる?」

「い、いえ……」


 次の瞬間、リリアはおもむろに自身の白い髪をかき上げ、髪に隠れていた耳を見せる。


「うそ……!?」


 しかしその耳に、エーリカは驚きを隠せなかった。


──リリアの耳は、エルフのように鋭く尖っていたのだ。


「ハイブリット・エルフ。昔人間につけられた、屈辱的な私の異名」


 エーリカはそこですべてを察した。

 自分を抱えていた時のとてつもない腕力。

 あの鉄扉を開いた時に放たれた緑色の光。その後、重さが無くなったかの様に開いた鉄扉。


 すべての疑問がある仮定に変われば、ただ一つに帰結する。


「もう分かったでしょ?私が何者なのか」

「エルフと獣人の……混血種ハーフ……?」


 驚愕の表情を浮かべるエーリカ。その愉悦に浸りながら、リリアは牢の扉を開錠する。

 そうして振り返りざまに、エーリカに向け言い放った。


「獣人の怪力と速さ、そしてエルフだけが持つ特殊な魔力。二つの種族の力を合わせ持つ私に、あの金髪は勝てるはずないわ」


 エーリカが見たリリアの魂は、真っ黒だった。


「私は人間にとって規格外ハイブリットなんだから」

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