第18話 そういうやつらばかりなのよ

「ここが……エルフの里……」


 獣人の少女に抱えられながら、エーリカが見た景色は色鮮やかな木々が生い茂る深い森。

 誘拐されたという事実がありながらも、この見たこともない森の景色に思わず見惚れてしまう。


「ここに、私以外に攫われた方も……?」

「話しかけないでって言ったでしょ」

「す、すいません!!」


 すると、少女はエーリカを抱えていた手を急に放す。


「ひぐっ……!」


 エーリカは少女の腕の支えが無くなったことで地面に落下。ドスンと地面に体をぶつけると、雑草が当たってチクチクという感触がする。

 エーリカは立ち上がると、服についた草や塵を払いながら少女に尋ねる。


「あの、私を自由にしていいんですか?」

「一歩でも逃走を図ろうとしたら、この剣であなたの首はねるわよ」


 そう言って少女は、さっきまで浮遊していた剣を持ち、エーリカの喉元に突き当てる。

 エーリカはごくりと息を飲み込んだ。


「おとなしく私についてきなさい」 


 少女はエーリカを確認しつつ森の中に入って行く。

 それを見たエーリカも、緊張しながらも少女についていった。


 色鮮やかな森の中は、所々木漏れ日が差し込んでいるものの暗く静寂に包まれている。

 その森を切り開いたような小道を、少女とエーリカは列を成して歩く。


 少女はひたすらに沈黙し。エーリカも何かを話そうとする気配すらない。

 少女は表情を一切変えずに、ただ足を動かすだけ。

 反してエーリカはずっとおろおろと何かに怯えているような表情。

 いや、怯えているのではない。目の前の少女の、暗く哀しい何かを憂いでいるのだ。


 エーリカのような「召魂死霊術」を扱う者は、死者だけでなく、生者の魂にも干渉することができる。

 その中の能力の一つに、意識して対象を視認することで、その者の魂の色を判別できるという能力がある。

 魂の色は、その者が今どのような感情なのかに直結する。


 ──少女の魂は、暗く真っ黒だったのだ。


 何かに怯えているのか。何かを悲しんでいるのか。


『もしアイツが、私が殺したいほど憎んでる相手だったら……傷なんてすぐに治して、私を追いかけにやってくるんじゃないかしら』 


 エーリカはここへ来る前に少女が口ずさんでいた言葉を思い出す。


 殺したいほど憎んでいる相手──復讐心


「あの……」

「何度言ったら分かるの?話しかけないでって……」

「あなたはあなたの大切な人を、誰かに殺されたんじゃないんですか?」


 平然を保っていた少女の顔が、僅かに揺らぐ。

 それに気づいたエーリカは、すぐに自分のしてしまった発言を詫びた。


「すいません!変なこと聞いてしまって」

「変なことだわ……もう少ししたら、分かるはずよ」


 少女はそれっきり、言葉を発することはなかった。


 やがて少女とエーリカは、木々がプツンと途切れた森の中の不思議な空間にやって来る。

 そこはベンチやテーブルなど、誰かの手で加工を施された物がいくつも設置されていた。

 ベンチが何重にも並べられ、その先に木でできたステージのような台がある。さしずめ、集会所か何かだろうか。

 エーリカがそう考えていた時、沈黙を続けていた少女が口を開く。


「正確には、ここからがエルフの里、人間あなたたちがローズ・ガーデンって呼んでいる場所よ」

「ローズ・ガーデン……」


 少女は空間の最奥にある木で作られたステージのような場所に向かうと、大声で天に向かって叫ぶ。


「失礼します、長老。また一人捕虜を連れてきました」


 少女の叫声が森中に響き渡った途端、何処からか低く干乾びたような声が聞こえてくる。


『ご苦労だった』


 すると、森の奥から長い髭を蓄えた老齢な男が姿を現した。


 長老といったか、男の周りにはエルフが二人ほど傍についている。恐らく、彼がエルフたちの長なのだろうか。

 では、なぜエルフの長にあの獣人の少女が……

 エーリカは遠くで眺めながらそう考える。


 その間にも、獣人の少女が此方に戻ってきて、こっちに来なさいとエーリカに促した。

 エーリカはおろおろしながらも男が直立しているステージへと向かう。

 ステージの前にまでやって来たエーリカを、上から見下ろすかようにして男がエーリカに話しかける。


「主は人間か?」


 長老に話しかけられたエーリカは、若干引け気味になる。


「は、はい!」

「儂はエルフの族長エリオーンだ」

「や、やっぱり……」


 老齢ながらも、その厳格な雰囲気にエーリカは圧倒されてしまう。


 王国を出たことのないエーリカでも、書物などでエルフの存在を知る機会はあった。

 なんでも、ハインゲア王国やレディニア王国、果てはアヴァロニカ帝国が建国されるずっと前から、エルフ族はこの地ローズ・ガーデンに暮らしていたという。

 エルフは神の使いとされる妖精と共存し、ハインゲア王国の人間とも適度な関係を保ちながら種を繁栄させてきた。


 そんなエルフの族長が、今こうしてエーリカの前に顕現しているのだ。

 エーリカは誘拐されたという事も忘れ、その事実に怖気づいてしまう。


「ここへ来たのはお主を含めて六人目だ。すまんが、事が片付くまではここで監禁させてもらう」

「あの……事って……?」

「要は済んだ。連れていけ」


 エリオーンはエーリカの質問にも答えずに、側近を連れて再び森の中に消えていく。

 その時エーリカは悟った。今回の誘拐事件、エルフ族の族長ぐるみで起こされているのかと。


 となると、本当に亜人が人間を誘拐していたのか──なぜ、そんなことを


「はい」


 エーリカがそれを考える隙もなく、少女がエリオーンの指示に従いエーリカの元にやって来る。


「あの……今度はどこに……」

「長老の言葉を聞いてなかった?」


 少女が冷たい声でエーリカに言い放つ。

 監禁。この森の中に、牢屋のような施設があるのだろうか。

 もしかしたら、そこに自分と同じように連れ去られた人がいるのかもしれない。


 エーリカはそう考えながら少女を見つめる。


「あなた、冷静なのね」

「え?」


 しかし、少女から思いがけない言葉を放たれ、エーリカは目を丸くする。


「他の奴らはみんな長老見た途端、殺さないでとか逃がしてくれなどと懇願していたのに。あなたはよっぽど、あの金髪が助けに来てくれると思ってるようね」

「いいえ、そういうわけじゃ……」

「じゃなければ何……?」


 エーリカは口ごもってしまう。

 確かに、ここへ来てからずっと、自分が殺されるかもしれないとなどいう恐怖は微塵も感じなかった。

 それよりも、他のことに思考を集中させていたわけだが。


 きっと内心は、レイズが助けてきてくれると安心しきっているのかもしれない。

 だけど──私は── 


(私、レイズさんに頼りすぎてるのかな……)


「……行くわよ」

「はい!」


 少女の声によってエーリカの思考が制止され、エーリカは歩き出した少女に付いていく。


 どうやらエルフの里の中には、先ほどの集会所のような木々の生えていない空間が点在しているようだ。

 少女とエーリカが通り過ぎる道の傍にも、そうした場所に家々や商店などが軒を連ねていた。少女によるとそのような空間のことをギャップというらしい。

 改めて、エーリカはエルフの里の広大さを身をもって感じた。


 しばらく歩いていると、少女はある一角で足を止めた。

 エーリカはそれに気づかず、少女の背中とぶつかってしまう。


「あ、すいません!」

「──っ、あなたがさっき私にした質問、特別に教えてあげるわ」

「質問……?」


 そんな質問したっけと、エーリカはエルフの里に来てからの記憶を思い返す。


『あなたはあなたの大切な人を、誰かに殺されたんじゃないんですか?』


 これかなぁと、エーリカは申し訳なさそうにして少女に尋ねる。


「えっと、大切な人を、誰かに……」

「……」


 少女の沈黙を、エーリカは正解なのだと感じ取った。


「なぜ、私なんかに?」

「さあね。あなたが知りたそうだったからじゃないかしら」


 少女はそう言うと、木々の向うの一点に目を移す。

 エーリカも釣られるように、少女と同じ方向を凝視した。


 鬱蒼と生い茂る木々の向こうには、何度も見てきた木々のない空間がある。


 そしてそこには、少女と同じように、頭頂部に動物のような耳が生えた者の姿が。


 一人だけではない十人、いや二十人以上はいる。


 そうして誰もが、ボロボロの布切れのような服を着用し、悲しそうな表情を浮かべている。四肢に怪我を負っている人もいる。


「この人たちは……!?」

「逃げてきたのよ──自分たちが住んでいた村からね」

「逃げてきた!?」


 その言葉に、エーリカはとてつもない衝撃を受ける。


「ここにいる獣人たちはみな、人間によって住む村を滅ぼされた」

「嘘……でしょ……」


 エーリカは少女から放たれた言葉に、思わず声を失ってしまう。


 自分の同胞が、亜人の住処を滅ぼしたなんて。

 なぜ、なぜそんなことをしたのだろう。

 エーリカは混乱する思考で何とか考えを巡らせようとする。


「それに、此処に逃げ延びてきた獣人もごく僅かよ」

「え?」

「殺されたのよ。多くはね、人間に」


 それを聞いたエーリカの瞳からは涙が溢れてくる。


「ひどい……誰がそんなことを……」


(コイツ……なんで泣いてなんか……!!)


 少女はエーリカが嗚咽したことに半ば戸惑いながらも、咳払いをして話を続ける。


「……コホン!逃げてきた獣人たちはこれだけじゃないわ」

「え?」


 更なる事実に、エーリカは嗚咽すらもやめ少女を直視する。


「此処以外の場所でも、村を滅ぼされて人間の手から逃れて来た獣人たちがたくさんいる」


 絶句。エーリカに残っている感情は、もうそれだけだった。


「私もその一人」


 少女は拳を強く握り締める。


「人間っていう種族は……腐ってもそういうやつらばかりなのよ」 

「……っ!違います!人間だって、あなたたちと共存したいと思う人はいっぱいいるはずです!私だって!」


 途端、エーリカが翠色の瞳を輝かせながら少女の言葉を否定する。

 その瞳に、嘘偽りなど感じられなかった。


「あなたみたいな人もいるのね」

「あの、あなたのお名前を教えてくれませんか?」

「は?なんで?」

「お願いします!私はエーリカと言います!」


 少女はエーリカの顔面を近づけながらの懇願に圧倒され、観念したように自分の名前を話す。


「私の名前は……リリア・キャンベルよ」


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