第17話 心配してるんすよ

 少年はざわざわと草花が揺れる丘の上に立っていた。

 

 視線の先には、燃えゆく城が見える。


 ふと視線を移すと、自分と同じく城を見つめる、茶色いの長髪の儚げな少女の姿。


 その少女は、少年の遠い記憶の中の──誰かに似ていた。


 しかしその誰かを、少年は思い出せない。


 少年はその少女に約束した。守ることを。死なないことを。傍にいることを。


 少女は笑って、その少年と旅を始めた。


 しかし、運命のいたずらか。その旅も、一瞬のうちに終わりを迎えた。


 少女が、少年のいない場所で死んだ。


 何が起こったかわからなかった。駆けつけた時には、既に事は収束していた。


 降りしきる雨の中、少女は最後に、少年に抱えられながらこう言った。


「嘘つき」


 少年はずっとずっと、少女の傍らで泣き続けた。



「お、起きたっすか?」


 その声に釣られて目を覚ますと、そこはベットや机が置かれた白い空間。

 レイズ自身も、ベットの上に仰向けになっている。

 ベットの横の机では、私服姿のアリッサがリンゴの皮をむいていた。


「ここはダリア・フォール駐屯地の医療棟っす」


 レイズは覚醒した脳ですぐに状況を思い出し、ガバッと身を起こす。


「はっ!!!エーリカは!?」

「獣人に連れ去られてしまいました。申し訳ないっす。アタシが不甲斐ないばかりになにもできなくて……」


 アリッサがレイズに申し訳なさそうに応えるが、それを耳に入れる余地もなくレイズは切羽詰まった表情のままベットを出ようとする。

 しかし、あることを思い出し、レイズの表情は一気に後悔の念に染まる。


「俺は……約束を……」


 破ってしまった。必ず守ると約束したのに。一緒にいると誓ったのに。

 今頃、エーリカは──


「エーリカを……探さないと……うぐ……」


 脇腹からジンジンと来る痛みが、レイズの行動を抑制させる。


「動け……俺の体……!!」

「その怪我じゃ無理っすよ」

 

 アリッサは、無理やりにでもベットを出ようとするレイズを制止させる。


「俺はエーリカを……!!!」

「大体、あれがなかったら、今頃レイズ君死んでたんすよ」

「あれ……?」


 そうすると、アリッサは机の脇から荷物がパンパンに詰め込まれたリュックサックを取り出す。


「これ、レイズ君とエーリカさんが泊ってた宿屋の部屋に置いてあったものっす」

「そういえば……ここに来た時、エーリカが重そうに背負ってた気がすんな」

「この中に大量の回復薬が入ってました。一時はどうなるかと思いましたけど、これと、医療棟ここの専属魔術師の治療でなんとか傷が塞がったんすよ」


 レイズは沸き上がる興奮をなんとか落ち着かせ、アリッサにニヒッと笑顔を向ける。


「そうなのか……ありがとな」

「全く、機転を利かせて夜通しポーションを探し回ったアタシに感謝してくださいっすよ」

「だが、悪いが俺はエーリカを探さないといけない。傷なんて、連れ去られたエーリカの心に比べれば大したことねえよ」


 そう言って、レイズは傷で痛む腹を押さえながらベットを出る。


「レイズ君はエーリカさん一心なんすね」

「俺は約束を破っちまった。だから、あいつの悲しむ顔をもう見たくないんだ」

「悲しい顔っすか……」

 

 レイズの言葉を聞いて、アリッサは怪訝そうな表情になる。


「でも、エーリカさんだって……レイズ君を心配してるんすよ」

「どういうことだ?」

「エーリカさんの気持ちも分かってあげてくださいね」


 アリッサの言葉に、レイズはパチクリと目を瞬かせることしかできなかった。


「まあ、レイズ君の硬い決意は伝わりました」


 そういうと、アリッサはリュックサックに手を突っ込みゴソゴソと何かを探す。

 やがて取り出した物をレイズに差し出す。それは、赤い液体が入っている瓶だった。

 

「なんだそれ……?」

「最後の一本っす」

「おぉー!」


 レイズはそれを受け取るなりごくごくと飲み干した。


「元気が出た!ありがとな!」

「はやっ……そうっすか。なら、さっさと行くとこ行くっすよ」

「行くとこ?」

「事情聴取っすよ」

 

 アリッサにの言葉に首を傾げながらも、レイズはベットを出てアリッサの後を追った。



 アリッサに連れられるまま、レイズが向かった先は駐屯地の地下にある監獄だった。

 薄暗く日からが僅かに届くだけの監獄には、いくつもの鉄格子に仕切られた牢屋がある。

 アリッサはその中にある、一つの牢屋の前に立った。


「ここに、昨日捕らえられた犯人が収監されてるっす」


 レイズがその牢屋の中を見ると、そこには手錠と足枷が掛けられた男が二人。

 一人は頭頂部に熊のような耳が生えており、もう一人は普通の人間のようだが金髪で色白く耳の先が尖っている。

 間違いない、昨日アリッサを襲っていた獣人とエルフの男たちだ。


 男たちはアリッサとレイズが来るなり、鋭い眼光で見つめてくる。


「久しぶりっす。おバカな犯人さんたち」


 アリッサが鉄格子に手を掛けながら男たちに語りかける。


「くそ、まさか攫おうとした相手が騎士だったなんて……」


 獣人の男がチッと舌打ちしながらそう呟く。

 一方、エルフの男は沈黙したままアリッサを見つめているだけ。


「さて、普通は何故犯行に及んだとかを聞くところなんすけど、今日は生憎時間がないのでアンタらの本拠地だけ教えるっす」


 アリッサが仏頂面のまま二人に問い詰める。


「は?」

「そんなの教えるわけないだろ馬鹿か?」


 しかし、男たちはそれに動じることはなく白を切るばかりだった。


「馬鹿はあっけなく捕まってしまったアンタらの方なんすけどねー」


 そんな男たちに、アリッサは着ているブラウスのポケットから一枚の絵を取り出す。


「なんだそれ?」

「ある人から貰ったんす。その人にリュックサックの場所も教えてもらったんすよ」

「は?」


 レイズはアリッサをどうなってんだと言わんばかりの顔で見つめるが、アリッサは動じることなく男たちに話し出す。


「この絵と共に、その人から聞いたっす。最近ハインゲアの町で、亜人の数が減ってるんすよね」

「っ!?」


 男たちは意表を突かれたようにアリッサを見つめた。アリッサは男たちに絵を見せながら問いただす。

 

「それと今回の事件、なんか関係あるんすか?」


 アリッサはさらに顔を強張めながら、男たちに問う。

 すると、獣人の男が一瞬だけ下を向き何かをつ呟いたかと思えば、次の瞬間監獄中に響き渡すほどの声量でアリッサに言い放つ。


「全部、お前ら人間が悪いんだ……」

「は?」

「お前ら人間が俺たちの同胞を殺しまくるから!!!」


 同胞を殺した。その事実にアリッサは舌を巻く。


「待ってくださいっす。アタシらは亜人を殺してなんて……」

「しらばっくれても無駄だ。あと少しで俺たちの復讐が完了する」

「復讐って……」


 ガシャン!!!


 復讐──その言葉にアリッサが疑問を抱く間もなく、レイズが鉄格子をグシャッと掴み男たちに追求する。 


「エーリカはどこだ……」

「ひぃ……!?」

「お前らの本拠地はどこだ!!!!!!!!」


 レイズの鬼のような形相に、男たちは牢屋の壁に退き戦慄した。

 その一人、エルフの男が衝動的に小声で言葉を発する。


「エルフの……里……」

「「……っ!!」」


 その言葉に、レイズとアリッサは互いに目を合わせて驚く。

 男たちはその後、力が抜けたように地面に倒れこんでしまった。


 レイズが掴んだ鉄格子は、グニャリと原形をとどめることなく歪んでいた。


  *


 ヒューヒューと音を立てながら額に風が当たる。

 何かがざわめくような音がする。


「ここは……」


 視界が明るくなっているような。もう夜が明けたのだろうか。

 エーリカは少しずつ目を覚ます。

 

「う、うわぁ!!」


 視界が一瞬だけ白く弾け、それが徐々に薄れて目前の景色が鮮明になる。

 その景色に、エーリカははからずも奇声をあげて慌てふためいた。

 何処かの草原の上空を飛んでいたのだ。しかも、何かに抱えられながら。


「動かないで」


 聴こえてきたハスキーな声音に、エーリカはおじおじと声の主の方へと向く。

 声の主は、真っ白な髪に狐耳をした獣人の少女だった。

 どうやら自分は、この獣人の少女に抱えられているようだ。

 よく見ると、少女は長剣の上に足を乗せ、棒立ちになりながらも直立不動で空を飛んでいるではないか。


「よく、そんな態勢で私を抱えながら飛べますね……」

「慣れてるのよ」


 少女は何食わぬ顔でエーリカに応じる。しかし、どうしてそんな平然とした顔でそう言えるのか、エーリカには全く見当もつかなかった。

 特別微細な剣ではないとはいえ、人一人抱えたまま二本足で立ち続けるなど、並の人間には到底できるようなことではないだろう。

 ましてや、昨夜からずっとこの態勢だったということを考えると──


「つ、辛くないんですか……?」

「あ、あなたが寝てる間に休憩したわよ!だいたいあそこからへなんて、あなた連れてなかったら今頃もう着いてる頃だわ」

「エルフの里……」


 エーリカは少女から言い放たれた言葉に数舜の思考を巡らせる。

 エルフの里は確か、エルフ族の聖地と言われている森だ。

 そして、あの大地の巫女が身を潜める場所との伝承もある。

 そのような場所に、どうして自分を連れて行くのだろう。


 突然、ぐわんぐわんと剣が揺れ動く。


「うわぁ!!」


 獣人の少女は不動状態だった態勢を一瞬だけ崩すが、その後何事もなかったかのように立ち直りエーリカに一言。


「あんまり私に話しかけないで」

「す、すいません……」


 どうやらエーリカの疑問に少女が興奮してしまったらしい。

 エーリカは謝罪しながらも、心中でこの人もこんな一面あるんだとほくそ笑んだ。

 

 そんなエーリカにも、ようやく今までの記憶が戻ってくる。

 

(そうだ。私確か、囮作戦であっけなく捕まって……何やってんだろ……私)


 エーリカは作戦をうまく遂行できなかった自分を心の中で糾弾する。


(みんなに迷惑かけちゃったな……アリッサさんは……レイズさんは……レイズさん……?)


「レイズさんは……レイズさんは今どこに!?」

「だから話しかけないでって!」

「レイズさんは今どこにいるんですか!?」


 エーリカは血相を変えた表情のまま少女に尋ねる。

 流石の少女も、エーリカの切羽詰まった声音に面食らってしまった。


(なんなのコイツ……)

「レイズって……あの金髪のこと……?さあね、死んでんじゃない?」

「……っ!!」


 そうだ。レイズは確か、少女が乗っている剣に腹部を貫かれてそのまま……

 エーリカは予期せぬことを考えてしまった。アリッサがいるとはいえ、あの傷を負ってしまっては今頃もう手遅れかもしれない。

 自分が、あっけなく捕まってしまったばっかりに──

 しかし、そんな考えもエーリカは直ぐに心の奥底にしまい込む。


「レイズさんは……絶対に死にません……」

「は?」

「約束しましたから……あなたの攻撃くらいで、レイズさんは死にません」


 エーリカに煽動の籠った発言に、少女はその顔を強張らせる。


「……っ!そうね。もしアイツが、私が殺したいほど憎んでる相手だったら……傷なんてすぐに治して、私を追いかけにやってくるんじゃないかしら」 

「殺したい、相手……?」


 エーリカの脳裏に映る少女の姿は、どこか哀しそうな表情をしていた。


「もう着くから、絶対に話しかけないで」

「は、はい」


 少女はエーリカに忠告すると、高度をどんどん落とし地上へと降下していく。

 やがて地面にたどり着くと、エーリカと少女の前にはカラフルな木々が生い茂った森が現れた。


「ここが……エルフの里……」


 

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