第16話 それを言う資格なんてない
「今夜、囮作戦決行っす!」
アリッサが陽気な掛け声でレイズとエーリカに伝えると、二人は目を丸くする。
「お、囮作戦ですか?」
エーリカが小首を傾けながらアリッサに尋ねる。
「あの二人が捕まったこと、まだ他の犯人たちには知られてないはずっす。ということは、今夜も誰かを攫いにやってくるでしょうと、アタシの勘が言ってます!」
「それは……分かりませんが……」
「なので、エーリカさん!あなたが囮となって、犯人をおびき出すっす!」
「わ、私ですか!?騎士の方ではなく!?」
「はい。そうっす!」
自分が指名されたことに驚くエーリカ。
しかし話を聞いていたレイズも当然の役目だなとアリッサの提案に頷く。
「いやいや!あの私たちは騎士でもなければただの一般人で……」
「だからどうしたんすか?」
「えぇ……」
「アタシとレイズ君は陰に隠れてエーリカさんを見守り、もし犯人がエーリカさんを攫おうとしたら一目散に駆けつけ犯人を拘束!いくら逃げ足の速い犯人でも、アタシとレイズ君なら追いつけるはずっす!」
「私にできるかなあ……」
「大丈夫っす!ただ歩いてるだけでいいっすから!」
そう言いながらアリッサはエーリカの方をポンポンと叩く。
「いや……そういうことじゃ……」
エーリカはそれに取り繕ったような笑みで応えていた。
「エーリカは絶対連れて行かせねえよ。俺が約束してやる」
そんなエーリカに、レイズはニヤリと笑いながら拳をエーリカの前に掲げた。
「俺とお前は、いつも一緒だ!」
「……はい!」
レイズとエーリカは、コテッと互いの拳を合わせる。
そんな二人の様子を、アリッサがニマニマとしながら見つめていた。
「おぉー青春っすねー」
「お?」
「や、やめてくださいよ!」
アリッサに揶揄われたエーリカが、恥ずかしさで頬を赤らめたのは言うまでもなかった。
「よし!気を取り直して、絶対犯人捕まえるっすよー!」
「応!」
「はい!」
レイズ、エーリカ、アリッサの三人は互いに手を掲げ合って作戦の成功を誓った。
*
時刻は深夜一時。人々は寝静まり、昼間喧騒に溢れていたダリア・フォールの通りも、今は閑散としている。
その通りを、一人の少女が歩いていた。
エーリカだ。時折辺りを不用心に見まわしながら、暗闇に包まれた通りで一歩一歩足を動かす。
そして、その姿を建物の物陰から見つめている二人の影。
「エーリカさん!不自然に警戒しちゃダメっす!もっと平然と歩くっす!」
アリッサはあわあわと口に手を当てながらエーリカの動向を探る。
しかし隣にいるレイズはあくびを掻きながらも何も言わずにエーリカを見ていた。
「レイズ君、もっと騒ぐかと思ったっすけど、意外に静かにしてるんすね」
「応!エーリカが連れ去られた時直ぐに追いかけられるようにな!」
「相当エーリカさんが心配なんすね」
というものの、今まで特に何か不審なことが起こったというわけではない。
それどころか、この通りは不自然すぎるほど静寂に包まれている。
(確かにこんな所で人ひとり攫われたら、消息どころか犯人の目星すらつかないわけっす)
アリッサは頬をポリポリと搔きながら心の中でそう呟いた。
やがてエーリカの姿が遠くなってきたので、二人は場所を移動する。
その時──
「おいあれ」
動こうとした途端、レイズがエーリカがいるさらに向うを指さす。
「なんすか?」
「誰かいねえか?」
アリッサが目をパチクリと瞬かせ、レイズが指さしている方向を見つめる。
しかし──
「よく見えないっす。レイズ君目が良いっすね」
「あれ、どこ行ったんだ……?」
「どうしたんすか?」
「いや、消えちまったんだよ」
レイズがおかしいなと目を細めて確認するが、そこにはただ建物の屋根が見えるだけだ。
「気のせいだったんじゃないっすか?」
「絶対誰かいた気がすんだよなあ」
アリッサの返答に、レイズは腕を組みながら思考を巡らせる。
そんなレイズの服の袖を、アリッサはちょんちょんと引っ張った。
「早く移動するっすよ……あれ……」
「どうした?」
「エーリカさんが……」
アリッサが言い終える間もなくレイズはエーリカがいるはずの方向を向いた。
だが、そこにはエーリカ姿はおろか、エーリカのいたような痕跡までもが跡形もなく消えていた。
「……っ!!!!!」
バッ!!!
「レイズ君……!?」
瞬間、レイズは一瞬で険しい顔つきに変わり、エーリカのいた場所まで一気に突っ走る。
その速さは、アリッサがレイズの名を呼び終える頃には、すでに遠く視認できなくなっているほど。
「エーリカ!!!!!どこだあああああ!!!」
レイズは必死に走りながらもエーリカの名を大声で叫ぶ。
もう、身を潜めてなどいられない。エーリカを助け出す。
その一心で、レイズは駆けた。駆け抜けた。
「レイズさん!?」
どこからともなく、レイズの名を呼ぶ声が聞こえる。
しかし、レイズの視界には、ただ人のいない通りが映るのみ。
「どうなってやがる!?」
「これは魔法っす!!」
後ろからアリッサの声が鳴り響く。
「《命じる!その事象を駆逐せよ》!!!
アリッサが魔法を唱えると、レイズの目の前の空間が歪みが無くなったように鮮明に見えてくる。
そうして視界に現れたのは、茫然としてこちらを見つめているエーリカだった。
「あれ!?レイズさん!?」
「エーリカ!?」
レイズとエーリカは目を丸くしながらお互いを見つめ合う。
「お前どこにいたんだよ!?」
「私はずっと歩いてましたよ!レイズさんこそ、いきなりどこからともなく現れて……」
「危なかったっすね。もう少しで術者の罠に嵌るところでした」
「どういうことだ!?」
レイズは強張った表情のままアリッサに尋ねる。
「幻惑魔法っすよ。現実に起こっていることとは別の、偽造された現象を対象に誤認させる魔法っす」
「じゃあそれで、エーリカの姿を消されてたのか?」
「ただでさえ誰もいないのに尾行を恐れてそんな術まで使うなんて。犯人は用意周到すぎて頭が上がらないっすよ」
「じゃあ、魔法を使ってたやつがどっかに……」
「へえ、人間の中にも、頭の冴えるヤツがいるのね」
「「っ!?」」
ふいに聞こえてきた声に、レイズとアリッサは声の主を目視する。
地上ではなく、空中に。何者かが浮遊しながら二人を見下ろしている。
やがて、月明りでそのシルエットが鮮明に見えてきた。
風で靡く真っ白な短い髪に、狐のような姿形をした耳。そして獣のような尻尾。
──間違いない、獣人族の少女。
「なぜ……獣人族が空を……はっ!!!」
アリッサは間髪を入れずにその者の足元を見る。
剣だ。浮遊する剣の上に、二本足で棒立ちしている。
「なんだあいつ!?」
「考えなくても分かるっす!犯人っすよ!!」
「なっ!?待て、エーリカは!?」
レイズが必死の形相で辺りを見回すが──エーリカの姿はどこにもない。
「う、嘘っす……」
直後、あわあわと気を取り乱しながら少女を見つめるアリッサに気付いたレイズ。
最悪なことに、少女の腕には気絶したエーリカが捕らえられていた。
「エーリカを……」
バンッ!!!!!
その瞬間、レイズの周囲が同心円状にブワッと吹き飛ぶ。
衝撃波で石畳の道が瓦礫と化す。
「エーリカを取り戻す!!!!!!!!!」
刹那──レイズはすさまじい勢いで跳躍、浮遊する少女へと拳を放つ。
「私の使う魔法が、人を惑わせる魔法だと思った?」
「レイズ君危ないっす!!!」
アリッサの叫びも届くことなく、少女の手から放たれたいくつもの小剣。
宙を舞うするレイズには避けることも許されず、それがレイズ四肢に突き刺さる。
「ぐっ!!!」
小剣が刺さった個所から、血が噴き出る。
ジンジンと激しい痛みが襲ってくる。
──しかし、それでも諦めない。
絶対にエーリカを救い出す。ただそれだけ。
それだけのために──レイズは拳から金色の光を放つ。
「なっ!?」
その衝撃波は空気さえも振動させ、不動のままだった少女の剣が僅かに揺らぐ。
少女はエーリカを片腕で持っていたことで態勢を崩し、剣から振り落とされる。少女はエーリカを放さずに真っ逆さまに地面に落下。
そこに、上空からレイズの強烈な拳が降り注いだ。
「おらあああああああ!!!!!!」
「くっ!!!」
*
『エーリカは絶対連れて行かせねえよ。俺が約束してやる』
エーリカは嬉しかった。
不安だった自分を、一瞬で勇気づけてくれた。
レイズと交わした、一つの契りで。
レイズは絶対に自分を守ってくれると約束した。
レイズは絶対に死なないとも約束した。
レイズは、ずっと一緒にいてくれると約束した。
いつまでも傍にいてくれる。それが、最愛の家族を亡くしたエーリカにとって、一番の幸せだった。
だけど、そんなエーリカでも──無理だけは、してほしくなかった
「レイズ……さん……」
エーリカは知っていた。微かに我に返った時、少女の口元が僅かに微笑んでいたことを。
グサッ!!
レイズの拳が少女へと到達する前に、少女の乗っていた剣が──レイズの腹を貫いた。
「がはぁ!!!」
「レイズさん!!!!!!!!」
そのままレイズは、なす術もなく真っ逆さまに落ちていく。
「レイズ君!!ぐほっ!!!」
そんなレイズを、アリッサが寸でのところで受け止めた。
レイズを刺した剣は血がこびりついたまま、地面に着地した少女の元へ。
そうして再び少女を乗せて浮遊した。
「エー……リカを……返せ……」
レイズは腹から噴き出る血を抑えながら少女に言い放つ。
「あなたたちに、それを言う資格なんてない」
少女がレイズを見つめる視線は、酷く冷酷で残酷。まるで、激しい憎悪がこもったような──
「人間なんて、滅んでしまえばいい……」
そう言って少女は、エーリカを連れたまま去って行った。
「くっそおおおおおおおお!!!!!!!」
アリッサに支えられるまま、レイズのなす術もない叫びがダリア・フォール中に響き渡った。
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