第14話 相手が悪かったようっすね
ダリア・フォールの通りの一角にある赤煉瓦造りの建物。
その一室で、エーリカは路上で倒れた男の看病をしていた。
時刻は午後四時過ぎ。部屋の窓からオレンジ色の陽光が差し込んで来る。
そんな時、男は少しずつ重たい瞼を開けた。
「う、うぅ……」
「あっ、目覚めましたか?」
「キミは……」
「あ、ええと私はエ……」
男は目覚めるなり真上で自分を見つめていた少女にパチクリと目を瞬かせる。
「びしょ……」
「え?」
「びっしょぅじょっ!!!!!!」
「ひぇっ!?」
目覚めるなり男が発狂し、それに驚いたエーリカは座っている椅子から後ろ向きに転げ落ちる。
バンッ!!!
「ぶへっ……!」
「なんだ、ただの美少女か」
「びしっ、へっ……?」
よろよろと背中をさすりながら起き上がったエーリカ。
しかし、男から発せられる突拍子もない言葉の数々に、エーリカの脳内には?マークが大量生産されていた。
「失礼、取り乱してしまったよ」
やがて男は正気に戻ったようで、エーリカを困惑させたことを詫びた。
「あの、大丈夫ですか……?」
エーリカは若干上目遣いになりながら男に尋ねる。
「僕はもう元気だよ……で、ここはどこだい?」
「ここはダリア・フォールの宿屋です。えっと、いきなり路上で倒れられたので、どこか看病できる場所がないか探し回って……」
「そうかそうか!いやー助かったよ」
「い、いえ……私は当然のことをしたまでで」
「はっ……嘘偽りの見えない純粋な瞳そして健気なその仕草……君が本物の清純派美少女というものか!!」
「いやあの、ちょっと何言ってるかわからな……」
戸惑うエーリカにぐんぐんと顔を近づける男。
すると、男の腹からグゥーという鈍い音が鳴る。
「お、お腹空いてるんですね!」
「朝からなにも食べてないから……」
「ちょっと待ってください!今私の仲間が買ってきますので!」
「仲間……?」
男が疑問を呈す間もなく、部屋の扉がバンッと開く。
「エーリカ!買ってきたぞー!」
「おかえりなさいレイズさん」
レイズが手にしている紙袋をエーリカに渡す。
中を見るとそこにはホクホクと湯気が立った丸パンが三つ入っていた。
(どうせならもっと物珍しい食べ物買って来て欲しかったな……)
「お前も起きたのか!平気か?」
「う、うん……平気さ」
男はどこか浮かない顔をしてレイズとエーリカを見つめている。
「どうした?」
「き、君たちはそういう関係で……?」
「そういう……?どういうことだ?」
「そういうって言うのは……」
「違います違います!ただの仲間ですよ!言ったじゃないですか!?」
エーリカは男の酷い勘違いをすぐに否定する。
「なんだか知らねえが俺たちはそういう関係だぞ!」
「レイズさん意味分かってないですよね!?ひどい誤解が生まれるのでやめてください!」
「わりぃ……」
レイズはエーリカに急に怒鳴りつけられシュンとしてしまう。
もちろん、レイズはなぜ怒鳴られたのかすら分かっていない。
「あ、あのこれよかったらどうぞ……」
気を紛らわせるようにエーリカは男に丸パンを手渡した。
「……ありがとう、いただくよ」
(こ、怖い女の子だなあ……)
焼きたての丸パンを頬張りながら、男は心の中でそう呟いた。
「えっと、なんで倒れたのか聞いてもいいですか……?」
「あぁ、そうだったね」
「とりあえず、僕の名前はクルーガー・ホルスマンと言うものだ。ただのしがない魔術師さ」
「私はエーリカと言います」
「俺はレイズだぞ!」
エーリカに続いて調子が戻ったレイズも自己紹介をする。
「僕はいつも工房に引きこもって魔法の研究をしていてね。久しぶりに外に出たもんだから、日の光を直に浴びてしまい一気に干乾びてしまって」
(この人は吸血鬼か何か……?)
エーリカはあまりにも弱すぎる男にそんな疑問まで浮かべてしまう。
「じゃあ、なんで外に出たんだ?」
「自称びしょ……ある人に頼まれて調査をしにきたんだ」
「調査……ですか……?」
「そう。悪いが中身は内密にしろと言われているから君たちには言えないよ」
「い、いえ別にそんな……!」
クルーガーはパンを食べ終えると、体を起こして立ち上がる。
「世話になったね」
「もういいんですか……?」
「あぁ僕も忙しいから。お礼と言えばなんだけど、君たちに関係あり気な情報を教えるよ。ダリア・フォールに来てまだ浅いのだろう?」
「お、お礼なんて……えっ、なんでそれを……」
「笑みを浮かべながら物珍しそうに露店を眺め歩いていた姿。そんな人はさしづめ観光客くらいしかいないからねえ」
(今にも死にそうになりながらふらふらと歩いてたのにそんなことまで考えてたなんて……!)
「おい!なんかコイツエーリカを変な目で見てるぞ!」
エーリカはクルーガーの本心など知りもせずに目を輝かせた。
「まあそれはいいとして、最近この町で夜な夜な女性や子供が立て続けに誘拐される事件が起きているんだ。特にエーリカちゃんだっけ?君は気をつけたほうがいいよ」
「あ、はい!分かりました。ありがとうございます」
「じゃあまた、どこかで会おう」
男は部屋の入り口にあるポールハンガーに掛けられたローブを羽織りながら去って行く。
その様子をエーリカとレイズは呆然としながら見つめていた。
*
夕暮れ時、人の喧騒が溢れるダリア・フォールの通りを、エーリカとレイズは並んで歩いていた。
「確かに、この時間帯になると女の人はあまり見かけませんね」
「そうだな」
エーリカとレイズが歩いている通りは静かな河川の畔にあってか眺望が抜群。
しかも、おしゃれな露店も点在し、太陽が沈み込むこの時間帯は非常にロマンチックなスポットとなる。
にも関わらず、歩いているのはほとんどが男性。
女性もいるにはいるが中年を過ぎた女性やお婆さんくらいだ。
子供に至っては誰一人として歩いていない。
「やっぱり、この町の方は誘拐事件のことを気にしてるんでしょうか」
「なら、俺たちがその犯人とっ捕まえてやろうぜ!」
「え、えぇ……それは駐屯騎士の役目で私たちは……」
「うわあああああああああ!!!!!!」
「な、なんだ!?」
「悲鳴ですか……?」
突如、おしゃれな雰囲気を醸し出していた通りに甲高い悲鳴が鳴り響く。
その悲鳴で、辺り一帯は一時騒然とした様子に。
「行くぞ!エーリカ!」
「は、はい!そうですね!」
エーリカとレイズは互いに言葉を交わした後、その悲鳴の主の元に向かう。
驚いて立ち止まる人たちの間を抜け、通りを駆け抜けるレイズとそれにはあはあと息が切れそうになりながらも必死に追いつこうとするエーリカ。
やがて二人の視界に、その現場が見えてくる。
テーブルや椅子が散乱した露店の前で、小柄な少女の腕を二人の男ががっしりと掴んでいる。
その男たちの顔はフードに隠れて見えない。しかし片方の男のフードには、二つの尖った何かが浮き出ていた。
「は、放しなさい!」
「くそ、抵抗すんな!早く連れてくぞ」
男は抵抗し続ける少女を無理やり掴みどこかへ連れて行こうとする。
「あ、あれは誘拐!?」
「その人を放せ、この野郎!!!」
レイズは腕を掴む片方の男に猛烈な速さで近づき、蹴りで攻撃──
「な、何だコイツ……ぐぅ!!!」
ドッ!!ガシャン!!!
腕を掴んでいた男はその攻撃を迎え撃つこともできずに、足蹴りを直に喰らい露店の中へ吹き飛ぶ。
するとフードが外れ男の顔が露わになった。
──男の頭頂部には、動物のような耳が生えていた。
「あれは、獣人!?」
そんなレイズの姿に驚いたもう一人の男は、思わず少女を掴んでいた腕を緩める。
その隙をついて少女は腕を掴まれたまま男を足蹴り。
「うぐっ!!!」
「ふっ!!」
華奢な体格に似合わない威力の足蹴りに男は倒れ、その四肢を少女ががっしりと固定する。
「つ、強い……!」
エーリカは少女の規格外の強さに思わず吐息を漏らす。
「相手が悪かったようっすね」
「くそっ、何だコイツ」
「さあ、素顔を拝見」
少女は男のフードの中をペラっとめくる。
男は金の髪色、そうして鋭く尖った耳が──
「亜人っすか」
「ぐっ……!!」
男は正体がバレてしまったことで、悔しさのあまり顔をしかめた。
「そこの少年も協力感謝するっす」
「おう!」
少女に呼ばれたレイズは気絶した獣人の男を引っ張りながら店先に出てくる。
「あの、大丈夫ですか!?」
そこへ傍観していたエーリカも慌てて駆けつけた。
「ああ!平気だ!」
「アタシも大丈夫っすよ」
「あの、この人たちはやっぱり……」
「考えなくとも、例の事件の犯人っすね」
「くっ……」
男は少女に拘束されながらも、その眼光を少女に鋭く突き刺した。
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