第8話 お灸を据えてあげよう

「私はカルテット商会商会長、ヴィカトリア・カルテットです」

「は?え?ヴィ、ヴィカ……?」


 アッシュブロンドの髪の少女が明かした自らの名に、ルイズは厳格な表情を一気に崩し困惑する。

 ルイズだけではない。ジェフィや団長のヴァンでさえ、少女の名に心を取り乱していた。

 当然である、それは少女の言い放った肩書が、ヴァン達アヴァロニカの騎士はおろか、ここにいる誰もが知りうるものだったのだ。

 ただ一人、騎士たちの挙動の変化に気付かずにいるレイズを除いて──


「だから、私の名前はヴィカトリア・カルテットです」

「御冗談を!カルテット商会と言えばスカンジア大陸を制すといっても過言ではないほどの豪商。その会長がそんな子供、ましてや護衛もつけずに現れるなど!?」

「それは私に失礼だと思いますが。あと私が護衛を付けないのは経費削減のためですよ。武器貿易に全てを注ぎたいのに、わざわざ自分のためにお金を使うわけないじゃないですか。それに私護衛されるほど弱くなので。いやむしろ強いですし」


「ふざけんじゃねえ、俺たちを弄びやがって!てめぇはやっぱ殺す!!!」


 ルイズがその巨体で長剣を振りかざし、一気にヴィカトリアの頭頂部まで振り下ろす。

 しかし、その剣先が少女に到達する前に──


「やらせねえ!!!」

「ルイズ後ろ!!」


「なっ!?」


 ジェフィの警告が届くこともなく、レイズの拳がルイズの背中に直撃し鎧を破壊。


「ぐぅ……!」


 ルイズは石畳の道に顔面からめり込み気を失う。

 それを見ていたジェフィたち他の騎士がレイズに向けて各々の武器を構えた。


「まだ、やるつもりなのですねっ……!」


「こいつらは俺が倒す、お前は後ろに下がってろ!!!」

「別に大丈夫だよ」

「……っ?お前も戦えるのか?」

「まあボチボチは。その前に、あの騎士たちにはお灸を据えてやりたいから」


 パチン!


 そう言ってヴィカトリアは指を鳴らすと、馬車の荷台から大量の剣がヴィカトリアの前に出現する。


「これでいいかな」


 ヴィカトリアはそのうちの一つ、黒い薔薇があしらわれた細剣を手に取る。

 そうして再び指を鳴らすと、他の武器が一斉に荷馬車に戻っていく。


「貿易相手国に会長自らが武力を行使することは向こうの反感を買うかもしれませんが、正当防衛なら──構いませんよね」


「なんだあの女は……」

「カルテット商会の会長が真偽なのかは不明ですが、彼女がただ者ではないことは確か……」


「だが、敵なことには変わりない……殺してやる!!!」


 ジェフィを彼を囲む二人の騎士は、レイズとヴィカトリアの正面へじわじわと詰め寄る。


「《大気に生まれし精よ──我が魔力をもってその身を氷壁と化せ、彼の者を罰する術の足場を造らん》!!!比類なき氷壁フリージング・フィールド!!!」


 ジェフィが魔法を放つと地面から瞬く間に氷の階段が現れ、二人の騎士はそれに乗って散開する。

 そしてレイズとヴィカトリアの間に氷壁が現れ二人を囲うと同時に、その上に登っていた二人の騎士がジェフィの魔法で道が作られたと同時に急降下し、双方を攻撃する。

 

「死ね!!悪魔どもがあああ!!!」

「はぁ!!」


衝撃反転ショックウェーブ《リバーサル》!!!


「なっ!?ぐああああ!!!」


 しかし、レイズは攻撃を繰り出す黒髪の騎士に古代魔法エンシェント・スペル《衝撃魔法》を発動し、その衝撃を跳ね返す。

 そのまま黒髪の騎士へと接近し、特大の蹴りを繰り出す。


「おらあああああああ!!!!!!」


 その衝撃に黒髪の騎士は後方に吹き飛び、氷壁に衝突。

 しかし硬い甲冑を装着した黒髪の騎士が衝突したにも関わらず、氷壁は全く傷つかなかった。


 一方、ヴィカトリアに攻撃した騎士だが、剣先が彼女に届く前に騎士の動きが止まる。

 否、止められたのだ。何本にもわたる黒薔薇の蔦が騎士の胴体に巻き付いていた。


「ブラックローズ・サーベル。ハインゲア王国の名工クレイ・モアの傑作です。クレイ殿の作る武具の名は安直なことで有名ですが、魔力を注ぎ込めば何本もの蔦が相手の四肢に巻き付き動きを封じます」

「ぐっ!!!なんだこれ、力を入れても蔦が……」

「ちなみに、蔦の強度は使用者の魔力によって左右します。あなたのようなガタイのいい騎士でもへし折ることができないということは、もうお分かりですね?」

「くっ!アヴァロニカの騎士が力だけだと思ったか?《我が依代よ、地獄の神の御加護に応じ炎と化せ》!!付与魔法・地獄炎エンチャントスペル・ゲヘナフレイム!!」

「っ!!」


 騎士は最後のあがきと言わんばかりに、自身の魔力を込めて全身に炎を纏う。自らの身に炎の属性を付与する肉体強化魔法。

 その炎により、蔦はみるみると燃え尽きていく。


「どんなに硬い蔦でも、燃やしてしまえば意味ねえんだよ!!!!!」


 勝機。そう考えた騎士は、ヴィカトリアに向けて剣を振るう。

 しかしヴィカトリアも細剣で騎士が振るった剣を受け止めた。


 ギギギギギッ!


「あのーこれ売り物なんで、丁重に扱ってほしいんですが」

「なんで売り物使ってんだよ!!」

「別に自分の魔法とか使うほどじゃないんで」

「完全に舐めやがって!!!」


 騎士はそのまま力を強め、ヴィカトリアは徐々に気圧されていく。


「ふっ!」

「はっ!?」


 騎士はヴィカトリアの細剣に自分の剣を滑らせる。そうして剣同士が乖離した隙を突き、騎士はヴィカトリアの首元へ向け剣を振るう。


「貰ったああああ!!!」

「と、思うじゃん?」

「あっ!?」


 ヴィカトリアが騎士に声をかけると同時に、天空から騎士に向けて何本もの剣が振り下ろされた。

 天翔剣。南の王国、ガルランの名工ヴァイ・オズマンが作ったとされる。ヴィカトリアがレイズとジェフィの戦いを止める際に使われた、天使の羽が刻まれた小剣。

 その名の通り、魔力を込めると鳥が飛翔するかように空を駆け、対象へ向け一直線に落とされる。


「なっ!?がああああ!!」

 

 天翔剣は騎士へ向けて真っ逆さまに落ち、騎士の兜を貫いてそこから血が噴出する。

 そのまま騎士はヴィカトリアの首を取ることもなく、その場に倒れた。


「ちなみにこれも売り物なんで、あとでアヴァロニカ帝国に血で汚された賠償金を請求しときますね」

「お……お前が使ったのが……」

「正当防衛ですよ」


 騎士の最後の言葉を聞くこともなく、ヴィカトリアはレイズに駆け寄る。


「あなたなかなかやるね」

「お前もな!!」


 二人は軽い会話を交わし、固く閉ざされた氷壁の前に並び立つ。

 

「さて、ここからどうしたらいいと思う?」

「この壁さっきの騎士が衝突しても傷ひとつ付かなかったんだよな。それほど硬てえらしい」

「へぇ、そうなんだ」


 そう言うと、ヴィカトリアがパチンと指を鳴らす。

 すると、氷壁が音もなく瓦解し始めた。


「お、お前すげえな!」


 氷壁が崩れ落ちた先には、魔法を放ったジェフィが目を丸くして立っている。


「なっ!?鋼鉄よりも硬い氷の障壁をいったいどうやって!?」


「はああああああ!!」


 すかさず、レイズが拳の一撃をジェフィに放つ。


「くっ!《大気に生まれし精よ──我が魔力をもってその身を氷壁と化せ、彼の者の攻撃から守護を》!!アイシング・シールド!!」

 

衝撃放出ショックウェーブ《インパクト》!!!


「ぐっ、ぐあああああああ!!!!!」


 ジェフィは魔法で障壁を生成するも、レイズの強力な一撃により障壁ごと吹き飛ばされ民家の壁へと激突する。


「ぐぅぅ……まだ、まだだ……」


 ジェフィはレイズの攻撃でボロボロとなった体を無理やりにでも立たせようとする。

 しかし、直後にかけられた声で、ジェフィの動きが停止した。


「もう終わりだ。ジェフィ」

「団長!?」

「お前もすでに分かっているだろう。彼女の強さを。彼女は本物のカルテット商会の会長だ。これ以上彼女に攻撃すれば、他国との外交問題に発展する。すでに使命は果たされた。撤退だ」

「……っ!……御意……」


 その後、騎士長のヴァンは重い足取りでヴィカトリアの元へ向かい、ヴィカトリア足元に跪いた。


「先程のわが部下の無礼、大変失礼いたしました。部下には厳しい処罰を下しますので、どうか今回のことは不問にしていただきたく存じます」

「それはいいんだけどさ。あそこ倒れてる人、今日の対談商談なんですけど。なにちゃっかり刺し殺してるんですか?」

「アヴァロニカ帝国の使命に従ったまででございます。そこの少年の行為も不問と致すために、今回の一件は隠密に解決なさりましょう」

「つまり、金髪の子の暴力行為と引き換えに領主への殺傷を黙認してほしいと。つくづくあなた方の国のやり方は気に入らないですね」


 ヴィカトリアが口を尖らせながらヴァンに文句を垂れると、ヴァンはどこ吹く風かのように聞き流し、別れのお辞儀をして立ち去った。

 ジェフィもよろよろのまま、倒れている騎士をヴァンとともに担ぎ上げ去って行く。


「ステラ様……!!ステラ様……!!」


 戦いが終わったことを見計らい、倒れているステラの元へエーリカが駆け寄る。

 その目には、溢れんばかりの涙が流れていた。


「エーリカ!!」

 

 やがて、急いでいたのか制服を着崩したままの赤髪の女性がやってくる。エーリカが給仕室で働いていた時の上司である、侍従長だ。


「いったいどうなって……はっ……」

「そんな……そんな……」


 侍従長がエーリカの元へ駆けつけると、そこには腹部に血を流しながら倒れている女性──ステラがいた。

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