第6話 条件
「よく聞け悪魔ども!俺たちはアヴァロニカ帝国ライオネル騎士団傘下グラスト騎士団!本軍がここへ攻め込む前に俺たちが領主と話をつけにきた。誰かを殺されたくなければ、せいぜい丁重にもてなすんだな!!」
赤髪の騎士の叫び声にも匹敵する声が、レマバーグ全土に響き渡る。
(私には、何もできない……なんで私はこんなにも無力なの……?)
エーリカは自分の不甲斐なさを自らに糾弾した。
しかしそれをしたところで、状況は変わるはずがないと分かっていた。
隣にいるレイズもやるせない表情で事の顛末を見届けている。
(いっそのこと……私が前に出てあの騎士たちに殺されれば被害は免れるんじゃ……ダメだ、それでも匿っていたという事実は拭えない)
正常でない考えすらも、今の状況では全く役に立たない。
ああ、本当に情けない。お父様が今の私を見たらどう思うんだろう。
エーリカは自分を責め続けることしかできなかった。
(私は……私は……)
状況が一変したのは、エーリカがそんなことを考えていた時だった。
「こんなところで何の騒ぎだい」
「!?」
屋敷の門から、豪華絢爛な装飾をあしらった中年の女性が出てきたのだ。
この屋敷の主、そしてレマバーグの領主でもあるステラだ。
「ステラ様……!」
「エーリカとレイズがなかなか仕事場に来ないって聞いたから心配したんだよ。まさかこんなことになってるなんてねえ」
ステラはため息も漏らしながら、眼前の光景を見渡す。
「死霊術信仰を否定せよ」という文言の看板を持ちながらも、今の状況に絶望している住民たち。
その住民たちを高らかに嘲笑い、そして見下しているかのような態度を取るアヴァロニカ帝国の騎士団。
そして、騎士団の周りに無残にも暴行を加えられ、転がるように倒れている住民の姿。
「私が使用人たちを退去させるだけではなくもっと早くに話し合っていれば、こんなことにはならなかった。つくづく自分に反吐が出るよ」
「ステラ様……」
ステラはそう呟きながらも一歩一歩前進する。向かっているのは、騎士たちが占拠している大通りだ。
ステラはその一人に怯える様子もなく平然と話しかける。
「もっと大勢で来ると思ったらこれっぽっちなのかい」
「誰だてめえ?」
騎士の一人がステラをギロリと睨む。
だが、ステラは平常心のままだ。その冷静な瞳は恐怖感を一切感じさせていない。
「私はこの町の……レマバーグ領主のステラだよ」
「領主?護衛もつけないで来るなんて、俺たちを舐めてんのか?」
「使用人たちをケガさせたくないだけだよ。逆に聞くが、護衛を付ければアンタらとは対等な関係になるのかい?」
ステラの鋭い眼光が、騎士たちを僅かに委縮させる。
「コイツ、自分の立場分かってんのか?」
(ステラ様凄い……騎士たちを相手に一歩も引けを取ってない……多分、自分たちを下に見られないためなんだ。強国相手に少しでも怖気づけば、一気に下に見られて交渉事の主導権を相手に握られる。だからあえて強気な姿勢をしているんだ)
「それで、そんな小勢で侵略でもしに来たのかい?」
「いいえ、今日は貴殿との対話を臨みに来たのです」
ステラの問いかけに、騎士たちの後方で口を閉ざしていた一際老齢の騎士が応える。
「あんたは?」
「失礼、アヴァロニカ帝国グラスト騎士団団長。ヴァン・グラストと申します」
「へぇ、アヴァロニカのことだから見境なしに攻めてくると思ったが、そういう平和な手段も持ち合わせていたのかい」
「てめぇ悪魔のくせに生意気だぞ!」
ヴァンの前に立っていた赤髪の騎士がステラを掴みかかる。
「我らアヴァロニカ帝国軍のレディニア侵攻部隊は、すでにレディニア王国の大部分を制圧しました。そして残っているのがここレマバーグだけ。ですが、隣国ハインゲア王国と接しているこの町は、他よりも死霊術信仰が薄い。そう考えなされた侵攻部隊長のオスカー様は、条件を呑みさえすればこの町への攻撃は止め、あくまで平和的に占領を開始させると仰っているのです」
「そんなことをアンタらの上司は言ったのかい。でもねぇ、とてもじゃないが信用なんてできない。それがアンタらのやってきたツケだよ」
「てめぇ、まだごちゃごちゃと!」
「それが証拠だよ!!」
ステラは胸倉を掴んでくる騎士に喝を入れる。
「何やってんだステラ様は……」
「き、騎士たちに説教した!?」
「何考えてんだあの領主は!?これじゃアヴァロニカ帝国に攻められてるぞ!」
「わ、私たちの命はどうでもいいと思っているのか!?」
住民たちはステラの身をわきまえないような行いに困惑する。
「ステラ様……」
エーリカもステラの身を案じてして思わず囁いてしまう。
「ふぅ……まあいい、それで条件ってなんだい?」
ステラは暫しの深呼吸で落ち着きを取り戻した後、先ほどのような平然とした態度で疑問を投げかける。
「それを話し合うために、正式な場を設けていただきたいのですが」
それを冷徹な表情のまま答えたのは、ヴァンの隣で同じく動向を伺っていた眼鏡を掛けた騎士。
「ここで構わないよ。さあ言ってみな」
「それは、私たちを屋敷の中に入れたくないと同義になりますが」
「よくわかったじゃないか」
「やはりですか。まあいいでしょう」
直後、眼鏡の騎士が不敵な笑みを浮かべたのをステラは見逃さなかった。
「まあ、今更私ができるのならどんな条件でも私は吞むさ。それで住民たちに危害を加えないのなら……」
「今呑むって言ったな」
「っ!?」
ブスッ!!!
その瞬間、理不尽に振り下ろされた騎士の剣が、ステラの腹を貫いた。
「かはぁ!!」
「ステラ様!!!」
刺されたステラを見て感極まったエーリカが、無意識にステラの名を呼ぶ。
「ぐっ……な、なんで……!!」
「オスカー様の言葉だ。レマバーグ一の死霊術信奉者を殺せ、そうしたら町の被害は最小限で抑えてやると。そしてこの町の一番の心棒者は王族と繋がっているお前だろ?お前を殺せばこの町は救われ、さらにアヴァロニカの息がかかった領主へと安易に世代交代も行える。一石二鳥ってやつだ」
「あ、あんたらはそこまで……ぐはっ……」
ステラは吐血して無残にも地面に倒れる。
それを蠅でも見ているかのように、騎士たちの冷徹な視線がステラに突き刺さった。
「ステラ様!!!!!」
「待て、今王女が行けば……!」
エーリカが泣き叫びながらステラへ駆け寄ろうとする。しかしその足を男が掴んだ。
「王女……?」
ステラを刺した一部始終を傍観していたヴァンが、その鋭き双眼でエーリカの名を叫んだ男を一瞥する。
「放してください!!早くしないとステラ様が!!!」
「お願いだ!行かないでくれ!!」
「うっ……」
エーリカは悲嘆に暮れて地面に膝からつく。
何もできなかった。自分にはこれっぽっちも。
亡命した私たちを助けてくれたステラすら助けることができなかった。
エーリカは自責の念で思わず涙を流す。
「……っ!」
そんなエーリカの姿を見ているレイズの姿。
エーリカの大切な人が目の前で刺されてしまった。
エーリカが涙を流してしまった。
そんな状況に、レイズは歯を噛み締める。
「さあてこれで領主は死んだ。命拾いしたな悪魔ども。これでお前たちの身の安全は保障された!」
ステラを刺した赤髪の騎士はその場で高らかな声を上げる。
しかしその声に、住民たちは歓声など上げない。
自分たちの領主が殺されたのだ。
いずれ身内のひとりが殺されるのではないかという恐怖心に、住民たちは包まれていた。
「これで我らの使命は果たされました。案外即刻に終わりましたね。団長、本拠地に戻って報告を」
「そうだな。我々は直ぐに此処に戻り、占領態勢へと移行させる……それまで住民らは壮健であるよう……」
バッ!!!
「ぐはぁ!!」
「な、何だコイツ!?ぐっ……」
瞬間、金色に光る拳が、ヴァンを守っていた二人の騎士を吹き飛ばした。
「レイズ、さん……何を!?」
エーリカが思わずレイズの名を呼ぶ。
ズサッ!!
「この状況を何もせずにただ傍観してろだって?そんなこと……できるわけねえだろうが!!!」
レイズはそのまま、騎士たちに守られながら佇んでいるヴァンに突進した。
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