1章
1-1 ???番目の夢①
誰かが呼んでいる。
女性の声だ。少し掠れてはいるが、幼さも感じさせるその声はどことなく懐かしさもあった。
声の聞こえ方からすると、どうやら声の主は目で捉えれる範囲にはいないようだった。声は絶えず反響し続け、どの方向から聞こえているのかすら判断ができない。
辺りを見渡してみるが当たり前のように声の主は見つかることはない。代わりに視界に入ってくるのは白い靄だけ。
上も、下も、右も、左も、全てが白い靄に覆われていた。
こんな中でどこにいるかも分からない誰かを探すなど到底不可能だが、それでも探さないわけには行かなかった。
この声の主に会わなくてはならない。
それだけが理由。それこそが理由だった。
とにかく一歩目を踏み出す。目指すべき場所も分からないまま歩き出すのは徒に体力を消費させるだけだが、歩き始めないことには始まらない。
一歩、また一歩と歩くたびに靄が晴れていく。この調子で行けば靄を全て晴らすことができるのではないかと一瞬期待したが、その期待はすぐに泡となる。
左右や後ろを振り返ってみると、そこには晴らしたはずの靄が変わらず存在していた。
どうやらこの靄は自分を取り囲み続けるように漂っているらしい。自分が動かけば、靄も同じように動く。
どれだけ歩いても靄の中から抜け出すことはできないようになっていた。
どうしようもない事実に気づき頭を抱えていると、あることに気づく。さっきまで聞こえていた声が、聞こえなくなっていた。
耳を澄ませても聞こえてこない。残響音もない。
まさか。
消えてしまったのではないかと思うと一気に焦りが生まれてくる。
焦りは正常な思考を奪い、体力だけを奪い取っていった。
我武者羅に走り続けても声が再び聞こえてくることはない。代わりに聞こえてくるのは自分の無様な息遣いだけ。
晴れない視界。減っていく体力。
徐々に足元がおぼつかなくなる。下を向くと地面が文字通り波を打っていた。こんな状態で走ることはできず、思わずバランスを崩しその場に座り込む。
地面の波はどんどん大きくなっていき立ち上がることすら難しくなっていた。波はとどまることは知らず、ついにはその場に伏せていることすらできなくなるほどに大きくなる。
波に揉まれるように地面を転がり続けていると自分の体が徐々に沈んでいることに気づいた。
まずいと感じたときにはもう遅い。
腕に力を入れて立ち上がろうとしても泥のように柔らかくなった地面にずぶずぶと沈んでいった。
必死にもがいて何とか脱出を試みるが動けば動くほど体が沈んでいく。助けを呼ぼうと叫ぼうとしても、うまく声を出すことができない。
やがて体が完全に沈んだ瞬間、つい先程まで波打っていた地面が元に戻った。
変わらずあるのは白い靄だけ。
靄が集まって模様になっている部分はこころなしか、笑っているようだった。
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