31. 引き際が分からなくなった馬鹿

 北の辺境における呪いの声の事件


 北の辺境の街の一部と辺境学院の校舎を破壊し、衛兵5名と教師が一名、学生二人が行方不明となっている。

 学生に軽傷者及び重傷者は若干名出ているが、命の別状はない。

 犯人は王女の殺害も企てたものの、学院の兵士候補生部隊が王女の守護に付き、王女は無事であった。

 犯人は瓦礫の中から黒焦げの死体で見付かったが、何者かは不明。相当の魔力を持った魔法師であると見られる。行方不明となっている教師は、炎系統の戦闘魔法を得意としており、学院の西棟を破壊させている。その教師による王族や学院を恨んでの犯行の可能性が高い……




ーーーーー



 

「……ということになったって。くそじじいに罪や責任を擦り付けて幕引きにするみたい」

 と、私はロヴィーに説明をし終えた。

「死者を罵ってはいけないのだけど、どうしても、ざまあみろというどす黒い気持ちが消えないんだよ。」  

 などと私には、軽口を叩く余裕はあったものの、治癒されている方の ロヴィーは布を口に噛んで震えている。目は私を見ているようで見ていない。私の話をちゃんと聞いているのか分からない。浮かんでいる脂汗を拭いてあげた。

 治癒魔法の痛みを耐えるだけで精一杯だよね。

 一応、痛みは和らげてはいるのだけど、ロヴィーが意識をしっかりさせておきたいと言うから。確かに本人の反応を見ながらの方が、魔法の効果が分かりやすい、っていう面はあるんだけど。…痛いの好きなのかな。


 負傷が大きすぎて、毎日少しずつしか治せない。

 物語の聖女の魔法のように新しく腕が生えればいいんだけど、今一つ聖女っぽくない私の治癒魔法は原則「もとに戻す」魔法だ。激しい痛みと一緒に細胞がぷるぷるゆらゆらと蠢きながら傷付く直前の体に戻っていく。

 ロヴィーの肩ごとえぐられた体を元通りにするには、炎で燃え尽きてしまった鎖骨から肩の細胞と、肩から上腕にかけての細胞を育てて作り直し、肩と腕の両側を修復してからくっつける。そのために、あちこち、あれこれ細胞を繋いでいくため、時間も魔力も使う。

 しかも、事件のときに、時間を止めようとしたとはいえ、一部の血管や神経が死にかけてしまったので、それを何とか戻していく必要もあった。

 こんな複雑な治癒魔法は初めてだ。

 来期は事務官候補生専攻の医療師の授業も受講させてもらおう。…できれば王国地理と大陸歴史の授業の代わりに。

 


 あの事件からもう1週間が過ぎた。



 私は昼間はロヴィーに付きっきりで、少しずつ治癒を進めている。

 ようやく、肩ができて、腕が元の位置に戻った。だけど、筋肉が戻ってないところがまだまだあって、皮膚を戻すまでにはいかない。

 雑菌が入らないように特殊な布を巻いて肩を固定。

 額に手を当てて、痛みをかなり和らげる。痛くて眠れないと困る。

 続きはまた明日。

 午前中は腰の傷、午後は肩の治療と、ロヴィーの忍耐力はこの1週間で更に強くなったことだろう。腰はもうほとんど治ったから、ロヴィーのことなので明日には歩き出すだろう。

 

 ロヴィーが口から布を外して、盛大に息を吐いた。

 そういう私も、全身が汗だくで、魔力を使い切った倦怠感に包まれている。

 傷に触れないよう寝巻きを着せる。右側だけマントみたいになってる変な寝巻き。

 脇のところの紐をしばって、と。

 治療は半裸にならざるを得ず、もう、ロヴィーは私に裸を見られることを諦めたらしい。


「…ヴィセは?最近、顔を見てない」

 上半身を起こして枕に寄りかかったロヴィーが私を見て尋ねる。

「アンラート様のところ。セレーサさんがまだ動けないから、代わりに侍女してる」

 セレーサさんの傷は癒せたが、ショックが大きかったようで、アンラート様の侍女を勤められるほどには体力が戻っていないらしい。

「もう侍女専攻辞めるって言い始めたところで、こんな形で王室付侍女になれるとは、ってぼやいてた。授業と違って大変らしいよ」

 ロヴィーがくすっと笑い、のんびりとした声で言う。

「ヴィセはできる子だから大丈夫だと思うけど、ヴィセの兵士候補生専攻への移動は遅れそうだねえ」


 窓を開けると、風になって新しい空気が入り込む。うっすらと漂ってた血の臭いが消えていく。

「ねえ、ロヴィー、教えて」

 ロヴィーのいつものぼんやり顔に緊張感が走る。

 なぜ、マリーンを?

 

「……終わらせてあげるのが私の役目だったから」

 私が質問を口にする前にロヴィーが自分から答えた。

「マリーンは、アンラート様に向けて、自分が本気で大広間にいる人たちを殺そうとしているということを示すために、見せしめとして私を殺そうとした。でも、同時に死なせたくもなかった。普通だったら簡単に人を殺せるような魔法でも、私だったらギリギリ死なない程度に避けられると考えたんだと思う。しかも、魔法を撃つ前にエスファを私のところに転がしたでしょ。あれは、エスファがいれば、もし、私が魔法を避け損なっても、私が死ぬことはないようにするためだったと思う」

 あのとき、私がマリーンに近寄ろうとしたら、ロヴィーのところに吹き飛ばされた。階段から落とすことも、他の場所、最悪、炎の柱の中に転がすこともできたのに。

「それから、撃ったのは、風や水の魔法ではなくて、火の魔法だった。派手に腕を吹っ飛ばしたけど、傷痕が焼けるから出血をある程度止められる。風や水ですっぱり切ってたら、傷口からの大量出血ですぐ死んだと思うよ」

 ロヴィーは左手で右腕をさする。まだ右腕は全く動かない。

「でも、アンラート様から見れば、マリーンが本気で大広間の人たちを殺すように見えただろうな。見た目に派手な魔法で親友を殺そうとして見せたんだから」

 ロヴィーは私の目をじっと見続けている。

「…で、やっぱりエスファが私の命をつなぎ止めてくれた。それで、私はマリーンをもう1度見た。まだ死んでないって伝えたかったからね。それは、ちゃんとマリーンに伝わった。そして、マリーンからも私に伝わった」 

 


「エスファ、マリーンが北の辺境に向かったとき、最後にマリーンが何を言ったか覚えてる?」



 引き際の分からなくなった馬鹿を止める役目



「あの時、あれは自分の父親に引導を渡すという意味だと思ったけれど、あの時のマリーンは私の目を随分真剣に見ていたから、ずっと引っ掛かってた。マリーンが言ってたのは、私がマリーンを止めるしかないということで、炎の中のマリーンの目が、今がその役目を果たすときだと言ってた」


「信じる?エスファ」


「親友のくせに私を殺そうとして、私に自分を殺させようとするんだよ」


「思い違いで私が剣を投げたと思う?」


 ロヴィーはベッドの枕に上半身を預け、枕元に座っている私を、少し下から見上げるように、じっと見つめている。

 ロヴィーはいつものぼんやりした顔に見える。その下にどれだけの想いを抱えているのか、分からない。

 淡々と親友を殺した理由を話すロヴィーを見ていられなくて、ひどく傷ついている右肩に響かないように、ゆっくりロヴィーの顔の左側に顔を寄せて、左側だけ手を回して抱き締めた。


 少しして、ロヴィーの左手が私の背中をぽんぽんと叩いた。それを合図に私はロヴィーから体を離した。

「…でも、さすがのマリーンも余裕はなかったんだろうな。アンラート様の答は予想外だったみたいだし、階段のところにヴィセが隠れているのにも気付いてなかったし。ヴィセがいなかったら、アンラート様も大火傷だった。実際、一番の功労者はヴィセだ」

 くすっと二人で苦笑いした。


 換気は終わり。風でロヴィーの体を冷やさないように、私は窓を閉めた。  

「ねえ、ロヴィー」

「ん?」

「フリチェーサ様、行方不明のままなんだって。王都のご実家が大騒ぎらしいよ」

「へえぇぇ」

 その気の抜けた反応、フリチェーサに興味なさすぎだよ。

「マリーンね、フリチェーサ様の体を操れたんだよ」

 ロヴィーの目が見開かれた。

「……見た目がフリチェーサ様でもいいから、マリーン帰ってこないかな」

 私はつぶやいた。

「見た目がフリチェーサなのは、私はちょっと嫌だ。嫌だけど、中身がマリーンなら……」

 ロヴィーが眉をひそめた。

 その目が潤んでいたのは見ない振りをしておこう。



 

ーーーーーー




 辺境学院のシンボルだった尖塔がなくなった。

 元々、古城を直して建て増した校舎で、あちこちガタが来ていたことに加え、その少し前にはくそじじいによって西棟が燃え尽きていたこともあり、校舎の建て直しをすることになった。

 建て直しがある程度終わったところで、学生たちが全員戻ってきて、授業が再開する。

    

 残った学生たちのほとんどは、何らかの形で校舎の建て直しに参加している。建築専攻の学生たちが大張り切りしてる。脳筋な兵士候補生は重い建材運びをトレーニングと思って、嬉々として働いている。また、建て直しに加わりたいと思った学生たちが学院に戻り始めた。呪いの声の魔法のことなんて忘れたように、学生たちは学院のため、王国のために働いてる。

 


 学院は若者たちの賑やかさを取り戻しつつあった。



 そして、学院が落ち着いたところで、アンラート様は、お輿入れのために学院を去る。

 




 最後の最後でアンラート様が選んだのは、マリーンだった。

 私ではない。

 そのことは私の胸に棘になって刺さっている。

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