26. 魔法使いになったら

 ロヴィーが中央棟の1階、大広間に駆け付けると、呪いの声に囚われた生徒や教師が集まって立っていた。100人はゆうに越えている。全員、うつろな顔をしている。

 

 これだけの人数が、暴れ出したら、自分達だけでどこまで抑えられるだろう?

 

「隊長?!どうしたら」

 ロヴィーに付いてきた者たちが戸惑っていた。

 集まっている者たちは暴れはしないが、動きもしない。

 他の場所に動かしてもすぐに元に戻ってくる。

 

「とりあえず、留め置け。暴れ出したら、殺さない程度に止めるしかない。

 兵士の訓練を受けてない者たちばかりだから、さっきよりは楽だろ?」

 楽なものか、と本当はロヴィーだって分かっているが、

 ロヴィーがうそぶけば、兵士候補生たちも肩をすくめて同意するしかない。 


 ロヴィーは、数名の兵士候補生を連れて、大広間から中央奥の階段を上がる。

 なにはともあれ、アンラートの無事を確認することにした。


 アンラートの私室のある階には、やはりぼんやりと立っているアンラート付きの近衛兵たちがいた。

 近衛兵は学生ではなく、正規兵だ。

 人数が少ないとはいえ、近衛兵に暴れられると本当に面倒なことになる。

 腐っても鯛、狂っていていも近衛兵。近衛兵は本当に強い。

 自分達が5人、10人掛かっても、一人を取り押さえられるかどうかだ。

 

「がっちがちに縛り上げて、閉じ込めておけ」

   

 今は、ありがたいことに縛られても抵抗はしない。

 兵士候補生たちに命じて、近衛兵たちを1階の大広間から近い狭い部屋に縛り付けたまま、厳重に鍵を掛けて閉じ込めさせた。そのまま、兵士候補生たちを大広間の階段下に待機させた。


 アンラートの部屋は静まっている。フロアには、自分と部下一人。

 いつも側にいる侍女がアンラートを殺している可能性は否定できない。

 自分と部下の二人がいれば、侍女を取り押さえ、アンラートを救い出すことは可能だ。


「アンラート様、ロヴィージェです」

 ロヴィーは扉の前で声を上げる。

「私と、私の隊は変わりありません。声の影響は受けておりません」

 部隊を率いているロヴィーの声はよく通る。

 扉の向こうのアンラートが正気であれば聞こえている筈である。


 扉の向こうでガタガタと音がして、

 鍵の開く音がして、

 隙間からアンラート付きの侍女であるセレーサが覗いていた。


「アンラート様は?」

 セレーサはいつもより、顔色は悪いが、目はしっかりとしている。

「ご無事でございます」

 声もいつもと変わらない。


「ロヴィージェ?」

 アンラートの声がして、ロヴィーは安堵する。

「わたくし、ここから出ても大丈夫?」

 

 大広間に人が集まっている状況を説明する。

 彼らがどう動くのか、見当が付かないことも含めて。

 

「アンラート様、今のうちに学院から脱出いたしませんか?」

 ロヴィーはドアの向こうにいるアンラートに声を掛けて提案する。

 とりあえず、アンラートさえ無事であれば、後は構わないという考えもできる。


「……エスファールはそこにいるの?」


 アンラートの問い掛けに対し、ロヴィーは唇を噛む。今は、エスファを探しにいく余裕はない。

「おりません。どこにいるのかも分かりません」

  

 アンラートが息を飲む気配がした。 



  

ーーーーーー




 ヴィセと侍女候補生の先輩二人は、校舎の裏手、北の森側に出た。最初に魔物が出た場所でもある。

 兵士訓練場の方に向かう予定であったが、そっちの方向からも呪われた学生たちが現れるので迂回しているうちにここに出たといったところだ。


「あら、治癒師サマの相棒ちゃんじゃない」


 色っぽい声がヴィセに掛けられる。北側の門付近に二人の見目麗しい学生が立っていた。

 先日、いじめられて倒れてしまったヴィセを助けてくれたお姉さんたちだ。

「学院の外に出ようかと思って」

 ヴィセは息を整えながら、お姉さんたちを見上げる。


 理想的な笑顔という形を整えるように、お姉さんたちは微笑む。

「私たちも同じ考えよ。ね、治癒師サマはどうしたの?」 

「…分かりません」

 顔を曇らせたヴィセを見て、お姉さんたちが元気付けようとしてか、ぽんぽんとヴィセの肩を叩く。


「このまま北の森に逃げるか、城壁にそって迂回して南の正門から北の辺境の街に向かうか相談していたのだけど、侍女の女の子たちを連れて行くなら南へ行く方がいいかナ。私たち、森の中より街の中の方が動くの得意だし」

 

 きれいなお姉さんたちは、ヴィセたちを連れて、学院から脱出することを提案してくれた。ヴィセたちは少し安心して頷く。


 そのとき、ヴィセはふっと森を見た。


「…エスファ?」




ーーーーー


 


 足を椅子に縛り付けられていたせいで、うまく走れないことにムカつく。

 一歩走るごとに、フリチェーサに蹴飛ばされた顎が痛むこともムカつく。

 ちょっと止まって、息を整えた。それから、両手の火傷を見た。ひりひりして痛い。

 でも、どれも大した傷じゃない。


 すーっと息を吸って吐く。

「よし!」

 私は、もっと速く走れる!と気合いを入れて走り出す。


 けっこう深いところにあったんだ、あの小屋。

 森の木々の切れ間から、たまにのぞくことができる尖塔はなかなか近づいてこない。


 学院で何かが起きている


 ……違う


 マリーンが何かしているんだ


 唇を噛む


 マリーンは、最初に会ったころから、いつもにたにた笑顔を浮かべてばかりいて、何を考えているのか分かりにくい。

 はっきり言って口も悪い。いつも私のベッドを横取りするし。

 魔法でいたずらもする。

 …戦場だとむちゃくちゃ怖い。遠慮なしに敵を燃やす、凍らせてく砕く。一切躊躇しない。


 だけど、私にはいつもとても優しい。

 ロヴィーと一緒に、ずっと私を守ってくれてきたお姉ちゃんだ。

 そして私の魔法の先生だ

 私が魔法を使えるようになった時、すごく優しい顔で笑ってくれた。

 今は、鼻水やろうそくしかできないんだから、まだ、マリーンに魔法を教わらなきゃいけない。


「…マリーン……」

 その名前をつぶやく


「マリーン!!!」

 その名前を叫ぶ




ーーーーー


 


 

 父親を名乗る、嫌な顔した男が、かあさんを殺した


 わたしは、かあさんと一緒にいたかったのに


 父親を名乗る男は、かあさんを焼き殺した

 

 父親を名乗る男は、わたしに嫌なことをさせる


 父親を名乗る男は、知らないおじさんたちにも、わたしに嫌なことをさせる


 すごく嫌だった


 いたい

 いたい

 いたい


 わたしの手から火がとびだして、父親を名乗る男を火傷させた


 手をきゅっとすると火が出るのはかまどに火を点けるためなの


 火傷をさせるためじゃないの


 父親を名乗る男は、嫌な嫌あな、笑顔で私を見た

 

 「お前、魔法師になれ

  なれなかったら、母親と同じ娼婦になって

  俺たちを満足させろ」


 がくいんに連れていかれた


 しょうふになったら、嫌なことをさせられる


 魔法使いになったら、しょうふにならない


 魔法使いになったら


 魔法使いになったら







 あいつを殺してやる






ーーーーー




 あなたはだあれ?


 がくいんで、わたしのほかのこどもをはじめてみたわ


 わたしはね、おうさまの子なの


 

 わたし、おないどしのおともだちいないの


 あなた、おともだちになってくれる?


 ずっとおともだちよ


 すごいのね


 まほうつかえるのね


 もっともっとつかえる?


 つよくなるの?


 つよくなってどうするの?


 おうさまのためにまほうつかいになるの?


 ちがうんだ


 なんのためか、おしえてくれないの


 そっか





 ねえねえ、こんやくしゃってわかる?


 わたし、10ねんしたら、けっこんするんだって


 おくにのためなの


 それでたくさんこどもをうむんだって


 すごいでしょ


 おねえさまももうすぐけっこんするんだよ


 





 

 結局、お姫様も、この国を守るための娼婦だ


    


ーーーーー


 

 父親を名乗る男よりも魔法が使えるようになった

 

 やたら強い親友ができた


 甘ったれの妹分もできた


 親友と妹分と一緒に戦争に駆り出されたら活躍してしまった


 勲章までもらった


 2、3回、戦争に出されたら副隊長とかいう肩書きをもらった


 卒業したら王族付の魔法師になるだろう だって


 なんかいつのまにか偉くなったみたいだ




 おともだち だったお姫様は

 

 すっかり王女様になった


 気高く美しい という凡庸な形容詞しか思い付かないけれど


 昔のような無邪気な笑顔をたまに見せてくれる


 今はもう、こどもの時のようには戻れない


 それでも、今でも おともだち だと思っている 




 このままでもいいのかな


 なんて思う





 所詮は私も王国の犬なのか

 自分も父親を名乗る男と同じ犬になるなのだろうか




ーーーーー



 父親を名乗る男よりも強い魔法使いになった


 そのお仲間も


 いつか必ず一緒に燃やし尽くしてやる




 父親を名乗る男はいつまでも下衆だ


 そのお仲間も下衆だ


 勲章があっても精鋭部隊の副隊長になっても


 いつになっても


 自分等が思い通りにできた頃のように

 いや 娼婦だった母親のように私を見て

 そう扱おうとする


 もう二度と 指一本 髪の毛一本でも触らせない


 けれども

 あいつらの中では

 私は永遠に娼婦だ





 私の記憶のなか


 娼婦だった私は消えない



 ああああああああああ 嫌だ!

 嫌だ

 嫌だ

 嫌だ

 嫌だ


 記憶は消えない


 






ーーーーー



 精神に干渉する魔法


 たまたま見付けた古い魔術の本に記録されていた

 

 昔 遠い国から捕虜として王国に連れてこられた魔法師が

 王を純粋に信じる国民に魔法をかけた

 呪いをかけた


 純粋であるほど 或いは王に認めてほしい者ほど

 盲目的な価値観に染まっている心は干渉されやすい


 ああ これは利用できそうだ




 


 

 おともだち も解放できる 


  

 

 

  







 私のおともだちだけは


 国の娼婦にはしない

 

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