24. 呪われた者たち
兵士訓練場
ロヴィーら学院の精鋭部隊が、呪われた者たちと戦うのは4回目になる。
隊員はこつを得ていた。呪われた者たちへの対処は、関節を狙い、動けなくすることだ。
しかし、これまでと違い、ある程度は鍛えられた、しかも若い兵士候補生が増強された身体能力で襲ってくる。
自分達よりも高く速く跳躍する。
自分達よりも強い力で武器を叩き付けてくる。
呪われた兵士候補生を制圧することは簡単ではなかった。
訓練用に鎧をつけていることも仇になり、一人を制圧するのに、予想外の時間を要した。
「連携しろ!」
一人を地面に引き倒しながらロヴィーが命令する。
体格の良い重装兵が盾となり、暴れている兵士候補生の攻撃を受け流す。
その隙に、軽装兵が剣か槍或いは弓で、膝か足首を痛め付ける。
それでも暴れるようなら、腕の関節も痛め付ける。
最後には縛り付けて大人しくさせる。
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
ロヴィーたちは、ぶつぶつつぶやきながら襲ってくる兵士候補生を少しずつ削っていく
呪われた兵士候補生が残り5名を切ったとき、うつろな目をした兵士候補生たちの足が止まった。
彼らは、うつろな目のまま中空を見て止まる。
そして、彼らは武器を持ったまま訓練場からふらふらと去ろうとする。
どこへ行く?ロヴィーが反応する。
「あいつらを止めろ!」
ロヴィーが指示を出しながら、自分もどこかへ行こうとする兵士候補生を追った。
中央棟の方角へ向かっていく。
一人ずつ取り押さえては縛り付け、動きを止めようとした。
しかし、彼らは縛られたまま、はってでもどこかへ向かおうとする。
「空いてる倉庫にでも放り込め。負傷している者には応急処置だ」
ロヴィーが剣を鞘に納め、命令した。
ロヴィーは、訓練場から尖塔を見上げた。
尖塔の下には王族の部屋があり、その下には大広間がある。
そこは中央棟とも呼ばれている。アンラートがいる筈だ。
呪われた兵士候補生は、中央棟の方を見つめ、そこに行きたいというように体をくねらせている。
「あそこに何かあるのか?」
ロヴィーは、縛られれて動けなくなった呪われた兵士候補生を見張る者を半数残し、部隊を連れて中央棟へ向かうことにした。
「エスファ…」
内心では、エスファを探しに行きたかったが、今は許されない。
ーーーーー
東棟講義室
ヴィセら侍女候補生3人が、東棟を抜け、北側にある兵士訓練場へと走っていた。
その途中、ヴィセは東棟でエスファが講義を受けていることを思い出した。
ちょうど、先方にその教室がある。
「先輩、すみません。ちょっとだけ」
ヴィセは、エスファが授業を受けている教室に飛び込んだ。
「!!」
まず、目に入ったのは、気を失った講師である。
また、2人の学生が教室で倒れている。
肝心のエスファはいない。
どこに行ったの?
何かがあって、ロヴィーのところに向かった?
「ヴィセ…」
先輩に呼ばれてヴィセが顔を上げると、先輩たちは倒れている学生を見ていた。
「この人たち、事務官候補生だわ…」
「フリチェーサ様とよく一緒におられる方よ」
気を失っているので、彼らが声に囚われていたのかは分からないが、エスファと何かがあったことは確かだろう。
「先輩、今は、ほっておきましょう。声に囚われていたら目が覚めた途端に私たちを襲うかもしれません」
先輩の一人がひっと息を吸い込み、とびすさるようにして一歩下がった。
そのとき、廊下を歩く複数の足跡がした。
「隠れて!」
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
くにをまもる
呟きながら、廊下を歩く学生たちをヴィセたちは隠れながら見た。
何人も何人もいる。
しかし、武器を持っておらず、暴れてもいない。
まっすぐに一方向へ向かっている。
中央棟の方向だ。
「それなら、私たちは反対に向かえば逃げられる」
震えている先輩たちを振り返り、声を掛ける。
「先輩、廊下に人がいなくなったら、中央棟を迂回して外回りから、門の外へ逃げましょう」
ヴィセは、とりあえず校舎から離れることを選択した。
非力な自分達は、逃げて生き残るしかない。
ーーーーー
中央棟
中央棟の上階は王族専用である。その上には、尖塔につながる螺旋階段がある。
その下、1階は大広間になっている。
大広間にうつろな目をした生徒たちが集まっている。
その上、王族専用の階層には、アンラートを守るために配置されていた近衛兵数名がうつろな眼差しで、アンラートの部屋の周辺をうろついている。
アンラートの侍女、セレーサはアンラートの部屋を固く施錠し、誰も侵入できないように固められるだけ固めた。
近衛兵がまともな精神状態であったら、こんなバリケードはすぐさま破壊されて、部屋に侵入されるところであるが、近衛兵たちはうろうろしているだけで、アンラートの部屋には近付いてこない。呪いの声が響いた直後は暴れ回ったようだが、今は無害と言える。しかし、部屋から出るのは恐ろしく、アンラートとセレーサは二人で部屋にこもっていることしかできなかった。
ーーーーー
北の森 丸太小屋
椅子に手足を縛り付けられたエスファが、自分の顔を蹴り付けた女を睨み付ける。
「なにも靴はいたまま顔蹴ることはないんじゃないの?…フリチェーサ様!」
フリチェーサはアンラートより1歳上である。
アンラートは早くから学院で暮らしていたため、フリチェーサの方が後から学院に入学したことになる。
フリチェーサの一族は、爵位を持ち、王族に仕える一族だ。
一族は、フリチェーサを蝶よ花よと愛でて育てただけでなく、いずれは王子に正妻として輿入れさせ、一族と王族の結び付きを強めるつもりであった。しかし、王子はまだ幼いフリチェーサを婚約者として認めず、また、国内からではなく、他国の王女を正妻として向かい入れ、他国との結び付きを強める意向であった。
そのため、王子との結婚話はなかなか進まず、そうこうしているうちにフリチェーサは学院に入学する年頃になっていた。
フリチェーサは、王子と婚約すること、いずれ女王になることを夢見て学院に入学した。
幼馴染みでもあるアンラートはいずれ自分の義妹になると思っていた。
だから、学院の中でもアンラートと姉妹のような関係であろうとしていた。
ところが、フリチェーサが入学して間もなく、王子が突然戦死したことにより、失意の中で退位した王に代わり、アンラートの姉が女王として即位することとなった。
そしてアンラートは、王位継承権一位の王女となり、
フリチェーサは、王子の婚約者候補から、ただの貴族の令嬢となり、学院では、事務官候補生の一人となった。
フリチェーサは自分が后になれる国として、ワジェイン王国を愛していた。
もちろん、女王になれなくても、ワジェイン王国を愛していた。
だから、自分の存在を発揮することができる、ワジェイン王国を作れば構わない。自分は女王ではなく、宰相になるのだ。
そう思い込んだ。
まずは、辺境学院から自分の支配下に置こうと考えた。
そのための努力は惜しまなかったので、フリチェーサ教師や学生たちに一目置かれる存在となるまでに時間は掛からず、アンラートからの信頼も厚く、王族であるアンラートを補佐し、学生たちの中心人物として見なされるようになった。
そんなフリチェーサには、兵士候補生たちは気に入らない存在だった。
ただでさえ、野蛮で頭の悪い兵隊が嫌いだった。戦うことしか能がないくせに威張り散らし、そのくせ、王子を死なせた間抜けたち。そんな間抜けどものせいで、自分は王子の妻になれなかったのだ。
学院の中でも、兵士候補生たちはちやほやと褒めそやされ、調子付いている。
ロヴィージェとマリーン、そして、エスファール。
しゃくにさわることに、学生の身分でありながら、彼女たちは国のために戦場で活躍し、既に勲章までもらっている。
今の自分では、国の勲章は得ることはできないし、彼女たちのように、国内で名前が知られるわけでもない。
特に、エスファール。
希少能力があるというだけで、国の宝物のように扱われている。
確かに、治癒師は貴重な存在なのだろう。その治癒能力には価値があるだろう。
一方で、彼女自身には価値があるとは思いたくなかった。いつもロヴィージェとマリーンのマントに隠れているただの軽薄な子供。
しかも、エスファールは、アンラートの寵愛を受けている。
アンラートがこっそりと私室にエスファールを連れ込んでいることも知っていた。
もはや今の自分には、アンラートを妹扱いすることはできない。
なのに、そのアンラートが妹のようにエスファールを可愛がり、贔屓する。
フリチェーサにとって、自分が得る筈だった栄光を横取りしたのがエスファールのように感じられていた。
フリチェーサとて、それが自分の子供じみた嫉妬でしかないことは理解していたし、それは他の適切な手段で昇華するしかないとして、宰相を目指して努力を重ねるしかなかった。
学院の中では心の底で押さえ付けていた思いだった。ところが。
あんな女、学院から排除してしまえばいい。
治癒師が一人ぐらいいなくなっても、この自分が王族に仕えて、この王国を栄えさせられる。この王国のために。
この国のために
私が
私が
私が
ーーーーー
「っ!」
また顔を蹴られた。顎の骨と靴底の当たる鈍い音が小屋に響く。
フリチェーサの顔に表情はなく、言葉もない。
顔、肩、腕、足と、何度も何度も蹴られた。
激痛ではないが、痛いことは痛い。
それに、身動きが取れないことが腹ただしかった。
でも、殺気までは感じない。
私を痛め付けたいだけのようだ。
やられっぱなしでいたくないし、ここから逃げたい。
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