22. 教室は勉強する所

 ここは学校です。

 私は勉強しなくてはいけません。

 地理と歴史が苦手です。


 という訳で、本日はマンツーマンでの補講の真っ最中。


 ロヴィーに鼻水と馬鹿にされても、ヴィセのスカートめくりしかできなくても、攻撃魔法の練習をしている方がずっと楽しい。

 頭を抱えながら、教科書と黒板を睨み、地図と地名とその特色とかいうのを覚えようと努力する。

 あ、そこの国境は2年前、14歳のときに初出陣したところだ。

「今では、堅牢な砦が建築されましたよ。あなたたちが頑張って守ってくれた場所ですからね」

 地理の先生が地図のどこに砦があるのか指差した。

「でも、それはそれです。エスファール、しっかり地名を記憶しなさい」

「はーい……」

 諦めてペンを握る。書いて覚えるしかない。


 


 教室の外から何人かの足音が近づいてくることに気付いた。

 学生のほとんどが退去させられた今、教室で座学の授業を受けている学生は私くらいだ。


 不穏な雰囲気を感じた。


 彼らが私のいる教室の前で足を止めた。


 嫌な予感がそのまま危機感になって、身構えた。

 ここは普通の教室で、今の自分は普通に制服を着ていて、武器らしい武器は何も持っていない。



「どなたですか?」

 先生も足音に気付いていて、扉を開けようとし



 て、吹っ飛ばされた。

「先生!?」



 私なら最初にエスファを殺す

 ロヴィーの声を思い出して、体がぶるっと震えた。


 

 扉の向こうから現れたのは5~6人の制服を着た男女だった。

 みんな事務官っぽい。あの女子学生は、フリチェーサ様の取り巻きの中にいた人だ。

 特段の武器は持っていないようだが、後ろの子がロープを持っている。

 どうやら殺されることはないようだけど、危険な状況であることは変わらない。

 私のことを縛り上げたいのか、吊し上げたいみたいのか。両方か。 


 目の焦点はあっていないが、私の方を見ている。

 徐々にそれぞれが立ち位置の間隔を広げ始めた。

 衛兵のおじいちゃんたちより、動きの統制が取れていることに気付いてひやっとする。

 敵は誰だか分からないけど、呪われた者たちの操り方が上達しているみたいだ。

  

 どうやって逃げるか?

 扉は一つ


 机と椅子は作り付けで動かない。手持ちの文房具は武器になりそうにない。


 なんとかして、この人たちを振り切って、廊下に出て、あとはひたすら走るしかない。


 まず、机の上に飛び乗った。

 一番手前にいた男子学生が掴みかかってくる。

 早い!

 私の腕か肩を掴もうとしたようだが、体を反らせて避けた。

 避けた先には次の学生がいて、また、掴まれそうになる。その腕を蹴っ飛ばす。

 私に向かって伸びてくる腕を避けたり蹴ったりしてさばき、何とか逃げる。


 逃げているだけでは状況は何も変わらず、むしろ、扉からどんどん遠ざかり、扉とは逆方向に追い詰められている。追いすがってくる人数を減らすしかないってことだ。

 格闘技はまったく得意ではないし、そもそも殴る蹴るも、体重が足りないから威力もそんなにない。ロヴィーに「エスファの格闘技はただのダンスだ」と言われているくらいだし。

 ただ、全く訓練を受けていない事務官の体なら、多少のダメージは期待できるかも。

 

 こちらに伸びてきた腕を避けながら、相手の側頭部を狙って回し蹴りを放つ。勢いだけしかないが、いい場所に辺り、相手の首が横を向き、そのまま横倒しになって、頭から机に突っ込む形になった。


「ごめん!後で治してあげるから」

 謝っても多分聞こえてないだろうな。

 

 全員を倒す必要はない。

 廊下に出る隙間を作れればいいんだ。


 仲間が一人倒れても、他の学生は全く気にしていない。

 

 前の机の上から後ろの机の上にバク転する。うまく決まった。誰かに見てほしかったかも。

 机の上を走って、前の机に飛び移りついてに、もう一人に足蹴り。

 体勢を崩す程度にしかならないが、隙はできる。また一歩、扉に近付けた。

 次は女子学生の手が伸びてきた。

 遠慮なく、顔に横蹴りを入れた。女子は軽いから吹っ飛ばせる。

 ああ、歯が折れたかもしれない。ごめん、歯は魔法では戻せないんだなあ。


 これで、扉まで駆け抜けるルートが見えた。

 机の上から前の机の上に飛び、もう一つ前に飛んで、教壇の前に着地した。

 追い掛けて来た学生を後ろ蹴りでよろけさせる。

 イメージでは、後ろにふっとばす筈だったけど、やっぱり威力が足りないや。


 そのまま扉から廊下に飛び出した


 が、足首を掴まれて、扉から体半分出たところですっ転ぶ。

 したたかに顎をうちつけ、目がちかちかした。


 やばい、転んだショックで体が動かない。

 うつ伏せの体勢から何とか体を起こそうとするが、掴まれた足首を持ち上げられて立てない。

 

 かつん


 音がして、目の前の床に誰かの足というか靴が目に入った。

 女子学生のブーツ。


 誰?

 後ろから足を引っ張り上げられているので、その顔が見えるところまで頭を上げることができない。


 「締めろ」


 その女子学生の声に従って、一番体格の良い男子学生が私の制服の後ろの襟ぐりを掴んで、無理やり立ち上がらせられたと思うと、くるっと回転させられ、両腕で前襟を絞められながら持ち上げられた。命令した女子学生を見る暇はなかった。 

 息が苦しい。


「殺すな、落とせ」


 床に落とされるのかと思ったが、違った。

 で、護身術の先生が言ってたのを思い出した。

 気を失うことも落ちるって、言うんだと。


 目の前の景色が、よく見えなくなった。


 だめだ


 私は気を失った。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る