21. 三度繰り返す
マリーンが帰ってこないので、魔法の訓練を魔法師訓練場から兵士訓練場に移している。ロヴィーのそばが一番安全。
私の魔法は、進歩が全く著しくなく、スカートをちょっとめくれる程度の風、ろうそく程度の火、ぽたぽた落ちる程度の水滴を発生させるところで止まっている。使えないよりマシという程度。
集中する。拳ひとつ分開いた両手の間からぽたっと水滴が落ちた。
「…エスファの攻撃魔法、鼻水レベルなんだね」
ロヴィーがひどいことを言った!
訓練場の隅っこにロヴィーと二人で並んで座って休憩。
「私だったら、最初にエスファを殺すな」
「ロヴィー、いきなり物騒なこと言わないで」
「この学院で、価値のあるって、アンラート様とエスファしかいないよ。その二人を殺す以外、ほとんど意味がない。老人を殺しても校舎を壊しても、国の受ける被害としては小さい」
ロヴィーが膝を抱えて、そこに顎を乗せる。
「だから今回の犯人が何がしたいのか、狙いがさっぱり分からないんだ」
「私って、そんなに価値があるのかな…?」
「アンラート様を殺そうとしても、即死させなければ、エスファが治しちゃうよね。その前に、アンラート様を守る私とかマリーンを倒さなければいけなくて、それも多少のけがならエスファが治してしまう。だから、私が学院で誰かを殺そうと思ったら、まず、エスファを殺す」
真面目な顔でそら恐ろしいことを言うな、ロヴィー。ちょっと怖い。
「学院で試験に落ちた人が騒ぎを起こして恨みを晴らしているとかは?」
自分の現実を投影した推理をすると、
「小さい恨みだなあ」
ロヴィーが笑う。
「実際、学院を恨んで辞めていった学生は調べてるらしいよ。でも、そんな出来の悪い学生にできるような魔法じゃないと思う」
「呪いの魔法が使いこなせる魔力の持ち主って、マリーン並みの魔力が必要な気がするんだけど、そんな人いるのかな」
「いるかもしれない。エスファみたいに突然魔力を持ったのかもしれないよ。だから、とにかく用心して。できれば私の目の届くところにいて」
ロヴィーにぽんぽんと頭を叩かれた。
ーーーーー
お前がこの国を守れ
守れ
この国を守れ
この国に害なす者を消せ
消せ
害なす者を消せ
ーーーーー
その夜、また、声が聴こえた。前よりも小さな声だったが、ぞっとして目を覚ました。飛び起きて、慌ててヴィセのいる続き部屋のドアを開けて飛び込んだ。
「びっくりした!脅かさないで、エスファ」
いつもと様子の変わらないヴィセに安心した。
「ヴィセ、今、呪いの声が聴こえなかった?」
ヴィセがうなずいた。
「聴こえた。でも、大丈夫。前とは全然違って弱々しい声だったから、目が覚めたくらいで済んだ」
体を起こしたヴィセのベッドに座ると、安心の息がもれた。
「なら良かった。もう2度とヴィセにナイフを向けられたくないもん」
「私もエスファを殺そうなんて2度も思いたくないよ」
「うん」
私は、そのままヴィセのベッドに潜り込む。
「ねえ、狭いんだけど」
「狭いのがいいの!」
ーーーーー
翌朝、ヴィセと二人で食堂に行くと、食堂にはいつもと違う雰囲気のざわめきが広がっていた。
「聴こえた?」「怖い声。でも、何ともないよね」「お前がこの国を守れって、いや俺もう守ってるし」「呪われたのかな、このあと、おかしくなるのかな」
声を聞いた学生が何人もいたらしかった。
「おはよ、エスファ、ヴィセ。なんか変な雰囲気だね」
ロヴィーが後ろから挨拶してきた。
ロヴィーは、熟睡していたためか、声に気付かなかったという。
「お静かに!」
フリチェーサ様の声が響いた。見ると、いつもどおり制服をかっちりと着たフリチェーサ様と取り巻きさんたちがいた。
「朝から賑やかすぎますわ、皆様方」
しんと食堂が静まる。
「私にも、声が聞こえましたわ」
散々会議でロヴィーを馬鹿にしていたフリチェーサ様だったが、彼女にも声が聴こえたらしい。
取り巻きさんたちがうんうんとうなずいているところを見ると、取り巻きさんたちにも聴こえたのだろう。
「ですが、何もいつもと変わりませんことよ」
胸を張っているが、あんたは前回の頭にねじ込まれるような声とは違うって知らないよねと、むかっとする。ただ、誰もおかしくなってはいないことも確かだ。
「呪いの声、恐るるに足らず、ということですわね」
フリチェーサ様がロヴィーと私を睨む。
この人の言うことにいちいち反応するのも馬鹿馬鹿しいので、私は無視して、そそくさと朝食を食べた。
「声は、前より弱かったけれど、前より広がってる。どの部屋にいた者が、声を聞いたのか、調べる必要がある」
ロヴィーがすっと立ち上がって、フリチェーサ様を見返す。ロヴィーの方が背が高くて姿勢が良いので、フリチェーサ様を見下ろすような形になった。
フリチェーサ様はフリチェーサ様で、ロヴィーを下からにらみ付ける。
しかし、にらみ合いは長くは続かなかった。
「心得ましたわ。調べておきます」
珍しく、フリチェーサ様がロヴィーに同意した。
「あなた方、調べるのは、お得意ではありませんものね」
ロヴィーは嫌みを気にせず、張り付けたような笑顔を見せた。
「もちろん、調査は賢い方々にお願いいたします」
ふんっとフリチェーサ様は鼻を鳴らしたが、後ろの取り巻きたちはロヴィーの笑顔に頬を赤らめていた。隊長さまは、実は事務官女子たちにもモテるって誰かが言ってたっけ。
「最初から自分で調べる気なかったでしょ」
私は、朝食を再開したロヴィーを肘で小突いた。
「適材適所というのがあるからね」
ロヴィーは澄ました顔でパンを千切った。
私たちが朝食を終えて、さっさと食堂を出ようとすると、アンラート様とお付きの方々が食堂にいらっしゃった。私たちはすっと避けて、黙礼する。
アンラート様は、私に目を向けることはなく、すっと前を通り抜けていく。
人前では、私とアンラート様の関係は、王女とただの学生でしかない。
同じ国の同じ建物の中にいられる時間は、もうそう長くはない。
その姿が目に入るだけで、私は満たされる。
ーーーーー
お前がこの国を守れ
守れ
この国を守れ
この国に害なす者を消せ
消せ
害なす者を消せ
ーーーーー
その日の夜も、その次の夜も声がして、学院に残っている者ほぼ全員が声を聞いた。
しかし、誰もおかしくはならなかったことで、皆が安心した
ーーーーー
エスファはロヴィーと一緒に、門の前に立っていた。
マリーンが、北の辺境の街の事件から3日経っても帰って来ないからだ。
草原と、それを切り裂くような道しか見えない。
道の終わりには北の辺境の街へ渡るための港がある。
ようやく船の行き来が戻り、街の情報も入るようになってきた。
北の辺境の街で、牢のある建物から突然、大きな火柱が立った。
看守たちは命からがら逃げ出したが、牢に閉じ込められていた者たちは全員、逃げられずに焼け死んだ。その中には、学院で暴れた衛兵の老人たちとくそじじいがおり、特に、くそじじいのいた牢がひどく燃えていた。瓦礫がまだ撤去されておらず、実際に牢にいた者たちがどうなったのかまでは分かっていない。
くそじじいが最後の力を振り絞って、炎の攻撃魔法を使ったのだろうと考えられた。
逃げようとしたのか、自殺しようとしたのか、誰にも分からなかった。
「マリーンの部屋に行ったんだ」
ロヴィーがつぶやく。
「呪いの声についての、過去の文献が何冊も置いてあった」
草原を風が吹き抜けていく。
「あいつ、何か分かって一人で街に向かったのかもしれない」
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三回繰り返したよ
よく聴こえた子は誰だ
よく聴こえた子は
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