20. 演説
「………が亡くなり、また、何人かの学生も巻き込まれた可能性があります。」
アンラートは、残っていた学生と教職員らを中央の大広間に集めていた。
早朝、北の辺境の街で、大規模な攻撃魔法の暴発が起き、街の一角が燃え落ちたという。そこには、牢のある建物が含まれており、学院で事件を起こして収容されていた衛兵の老人たちと、エスファがくそじじいと呼んでいた魔法教師が炎に包まれて、まともに遺体も残らなかったらしい。
北の辺境の街には、学院から一時避難している学生がおり、マリーンのように用事があって街に入っている学生もいた。学生たちへの被害はまだ分かっていない。街が大騒ぎで、学院に情報が十分に回ってこない状態だった。
「状況が分かり次第、明らかにしていく予定です。事件はありましたが、彼らが我が国のため、学院のために長く貢献したことは事実です。彼らの魂が安らかに神に召されるよう、祈りましょう」
アンラートが両手を組み合わせ黙祷する。学生たちもそれに合わせて黙祷した。
学生たちの顔色が悪い。
呪われた者たちは最後は焼き殺された。
自分も呪われるかもしれない、焼き殺されるかもしれないという恐怖に支配され始めていた。
「もう一つ、皆に伝えたいことがあります。」
アンラートはゆっくりと話す。通る声と相まって聞きやすく、分かりやすい。
「先生方が、呪いの声という魔法について、古い文献を調べて下さいました。その結果、百年以上前に、王城付近で気のふれた者たちが何十人と発生し、王と王城を襲ったそうです。彼らは、それが王国のためであると信じていたそうです。また、尋常ではない力を発揮していたとの記録もあったとのことです。」
学生たちがざわつく。
「詳細は分かりませんが、その魔法が存在し、当学院で使用された可能性は高い、と考えざるを得ません。」
アンラートは顔を上げる。表情は穏やかだった。
「学院から避難したい者は避難しなさい。学院以外に行先がなく、避難できない者は王都に一時的な避難場所を設置しますので申し出なさい。」
そして、少し声を強めた。
「呪いの解除法を全力で調べております。北の辺境の街にも魔法に秀でた者を派遣し、呪いについて調べるように指示しておりました。学院の先生方も研究を進めております。過去の事件が収まったのであれば今回も収まる筈です。」
そして微笑む。
「…残る者は誇りを持ちなさい」
学生たちが顔を上げた。
「己の信じる愛国心を恐れる必要はありません。呪われることを恐れる気持ちは分かります。ですが、それは、この国と私たち王族を愛する証しです。私は呪われる者に感謝します。私は王都に戻らず、この学院に今しばらくとどまるつもりです」
アンラートは学生一人一人を見詰めるように見渡した。
「共にありましょう」
ロヴィーが跪くと、その兵士候補生らがすぐさま同じように跪いた。
エスファとヴィセがそれに続き、それから、ほとんどの学生が跪いた。
アンラートは軽く会釈し、それから、壇上を降り、大広間から出て行った。
ーーーーー
大広間では、ヴィセの隣に立っていた。ヴィセは、昨日まで背中まで伸ばした髪をきっちりとまとめてアップにしていたが、今はあごより少し下の高さのボブカットに切り揃えている。きれいだったうなじが半分隠されてしまったのが残念だが、この髪型はこの髪型でヴィセの毅然としたところを強めていて似合っている。
「ん?どうしたの、エスファ。この髪型、どこか変?」
私の視線に気付いたヴィセが振り返った。
「大丈夫。いつもどおりきれい。しっかり者にしか見えない」
「ありがと」
壇上のアンラートの話を聞いていて、私は、すっかり忘れていたくそじじいの名前を思い出した。くそじじいも衛兵のじいさんたちも死なせない程度にしか治癒魔法をかけておらず、逃げるどころかまともに動けなかっただろう。もし私が、きちんと動けるくらいまで彼らを治しておけば、牢から逃げて死なずに済んだのかもしれないと少し申し訳なく感じた。
「祈りましょう」
アンラート様に合わせて、彼らに祈りと謝罪を捧げた。
「マリーンは大丈夫よね」
さほど心配していないように、ヴィセがつぶやく。
「マリーン、くそじじいに付いて北の辺境の街にいったのは、呪いの調査も兼ねていたみたいね。地獄の業火も凍りつかせられると思うよ、マリーンなら」
アンラート様の話を聞きながら、私とヴィセは囁き合う。
マリーンはまだ帰ってこない。街が燃えたと聞いたときは、一瞬、まさかとは思ったが、あのマリーンのことだ。絶対に帰ってくるという確信があった。
ロヴィーも同じように思ったらしい。
アンラート様が、学生たちを見渡す。
あ、こっち見た。絶対目が合った。目が合った瞬間、少しだけ口角が上がったし。
「共にありましょう」
ロヴィーが跪くのを見て、私もすぐに跪いた。
アンラート様をこうして離れて見ていると、昨日の夜は夢だったような気がしてくる。
堂々と、威厳を保ちながら演説する姿は、いかにも王女様だ。
昨日の私の腕の中にいたときとは全く別人。
いや、そうでもない。
あの人、舞い上がってたのは、ちょっとの間だけだったし。
二人とも最初は震えていて、私には、どちらが震えているのか分からなかった。
どれくらい唇を合わせていたのか、よく分からないけれど、震えているのは自分だけだということに気付いた。それと、自分の胸に当たっているアンラート様の胸の柔らかさにも気付いて、自分のしていることの畏れ多さを感じ始めた。
慌てて唇を離そうとしたら、
ぎゅっと頭を抱えられて、離してもらえなかった。
しかも、舌を入れられた。
口の中を舐められる感覚に、ぞくぞくっとして、膝の力が抜けて立っていられなくなって、私は膝を付いたが、アンラート様もそれに合わせて膝を付き、離してくれなかった。
でも、知らず、自分の舌も動いてしまう。
息がうまくできないのもあって、くらくらと目眩がした。
っちょ…………もう……
アンラート様の背中に回っていた手から力が抜け、がくっと内股に座り込んでしまうと、ようやく、唇が離れた。
でも、アンラート様の両手は私の首の後ろに回されたまま。アンラート様は、膝で立ったまま、私に上半身をあずけるような体勢になっている。
「打ち首覚悟って、言ったのはエスファだわ」
少しだけ首を傾けて、拗ねたような顔をした。
なんなんですか、そのきれいかわいい顔は!?
キスするときに舌を使うという知識はあったのだけど、自分がこんなになるとは知らなかった。
「どこで、こんなこと覚えるんですか?」
息も絶え絶えに訴えると
「…王族の基礎知識かしら。でも実習は初めてよ」
いたずらっぽい笑顔でアンラート様が答えてくれた。こんな笑顔もできるんだ。この人。
そして、ぎゅっと抱き締められた。
「……好きよ」
「私もです」
耳元で囁かれて、うれしくて力一杯抱き締め返した。
打ち首覚悟の私の思いは届いた。
だけど、幸せな時間は今だけだ。
それも分かっている。
ーーーーー
大広間から出たところを、一人の学生に話し掛けられた。
「エスファール様」
「はい」
どこかで会った学生。あ、前に会議室で一緒になったことがある、動物に詳しい人だ。
「マリーン様は大丈夫ですか?」
とても心配そうな顔をしている。
「まだ連絡はありませんが、多分マリーンなら大丈夫だと思いますよ」
言われてみればマリーンが生きているという根拠はない。でも、死んだなんて思えない。
「そうですね、大丈夫ですよね。あ、突然すんませんでした。自分も、マリーン様と同じ北の辺境の街で産まれたんす。」
彼はぺこっと頭を下げた。
「治癒師さま。すんません。自分、あいつら死んでほっとしてるです。俺ら、北の街に産まれたもんは、王都流れのじじいどもが大嫌いなんです。あいつら、北の辺境の街が田舎だからって、俺らのことも街のことも見下して。燃えちまってざまあみろ、って思うんです。でも、マリーン様は将来王室付きの魔法師になるって言われっくらいすげえ人になったのに、ずっと、いつも俺ら街生まれのもんには優しかったから。あんなやつらのせいで死んだら、俺え、どうしたらいいかわがんなくて」
マリーンがくそじじいの子供だったことを知ったのは最近だった。学院から一番近い、あの街のことはもちろん、マリーンのことも余り知らなかったことに改めて気付かされる。
「マリーンが帰ってきたら、あなたに連絡するように言っておきますね」
彼はぺこぺこ頭を下げて走って行った。
「早く帰ってくるといいね」
そばで会話を聞いていたヴィセがつぶやいた。
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