18. 侍女と美女

 くそじじいの事件は、残っていた学生や教師たちを動揺させた。

 愛国心の強い者が呪われる、という噂が立ち始めたのだ。

 愛国心だけなら誰にも負けないというもともとの国民性に加え、学生たちは将来この国を自分たちが担うのだという気概も強い。ほとんどの学生が自分の愛国心を疑っていなかった。

 が、それが、この国を呪うことになるとしたら。

 

 不安になる者がいれば、落ち着いている者もいる。

 愛国心がない者が落ち着いているのだ、呪いをかけるのは愛国心のない者だ、という猜疑心が不安な者たちを更に混乱させる。

 学生たちの関係がぎくしゃくし始めた。




 ーーーーー





 夕方、ヴィセが知らない女学生たちに連れられて帰ってきた。


 あ、むちゃくちゃ、きれいなお姉さんだ!!

 

 それほど大きな学院ではないから、全学生の顔はなんとなく知っている。ただ、それぞれが何を専攻しているのかまでは、話をしなければ、よく分からない。まあ、ガタイが良ければ兵士候補生だし、頭が良さそうなら事務官候補生だっていう、おおよその分け方ならある。

 ただ、誰もが、そうなんだろうな、と思っていて、口に出せない職種を専攻している学生がいる。

 いつも二人だけで固まって行動している女学生。どちらもとんでもなく見目麗しい。そして、…とんでもなく色っぽい。学院には、きれいな子や美しい人は少なくないが、レベルが違う。

 この人たちが将来的に何をするのか余り考えたくないが、容姿を武器にする人たちなんだろう。数回、護身術の授業を一緒に受けたことがあるけれど、武術もそれなりに身に付けていて驚いた。

 彼女らは必要最低限しか他の学生と関わろうとしないので、余計に彼女らのことは分からない。自分達以外の仲間を作らないようにしているらしい。


 そんな二人が、ヴィセと一緒にいる。

 …ぼろぼろのヴィセを抱きかかえるようにして。

 近くまで来て、ヴィセの意識が朦朧としていることに気付いて、私は慌てて駆け寄った。


 

「ヴィセ!!?」

「こんばんわ、治癒師サマ」

 ヴィセに声を掛けた私に、二人のお姉さんがにこっと微笑む。わ、声までエロい。

「食堂の裏でいじめられてたから助けて連れてきたわ。この子、貴方の相棒よね。」

「大丈夫、そんなにひどい怪我ではないから。貴女ならすぐに治してあげられる」

「…事務官系の女の子って暴力を受けたことないから、びっくりして歩けなくなってるだけだと思うわ」

 二人のきれいなお姉さんが代わる代わる説明してくれる。自分達が事務官ではないことと、暴力を受けたことがあることがバレてるけど、いいのだろうか。

「この子も大変ね。貴女の相棒だっていうだけで何度もこんな目に遭って」

「それでも、こんなにひどいのは見たことがなかったから、さすがに私たち止めたわ」

「みんな噂の呪いの声で気が立ってるのよ」


 ちくっと胸に何かが刺さった。

「…何度もって……?」

「あら、治癒師サマ、もしかして御存知なかったの。やだ、失敗。この子の努力を無駄にしたわ」

「いつからか知らないけど、貴女が活躍する度にやっかまれて、いじめられていたわよ」

「何年も貴女に気付かせなかったなんて、頑張り屋さんね」

「ごめんね。もっと早く助けてあげれば良かった」

 ヴィセの髪を撫でたその手が止まる。

「治癒師サマ。切られた髪は戻せないわね…」

 私は、ヴィセの髪がひどく切られていることには、とうに気付いていて、お姉さんの言葉に頷いた。髪は戻せない。

 

 私たちの部屋で、お姉さんたちは一息ついて私に話しかけた。

「ねぇ、治癒師サマ。私たち、呪われない自信があるの」

「たぶん、治癒師サマが呪われないのと同じ」

 私は二人の顔を見た。とても美しい。でも遠い目をしている。

「あなたも治癒師になりたくてなったわけではないでしょ。つらいことが多いわよね、きっと」

「私たちも、自分達の将来的な、まあ、実はもう働いているけど…、役割に嫌悪感があるのよ。この国のため、なんておためおごかしだけで、こんな役割はできない。」

「この国を愛してる。だから、国のために働くことは喜びだわ。けれど、同時に、利用されていることは心の底では許せないの」

「そう、とても愛しているけれど、とても恨んでいる。だから、私たちは、きっと呪われない」

  

 愛しているけれど、恨んでいる

 私も、この国に対して、同じような思いがある。


「ありがとう」

 二人の手をぎゅっと握った。名前も知らない、秘密の仕事をしているお姉さんたち。

「…きゃっ」

 一人のお姉さんが軽い悲鳴をあげた。

「あら、この間の作戦で痛めたところが治った…」

 ヴィセに掛けた治癒魔法がまだ手に残ってたかな。

 人には言えないところよ、と言って、お姉さんはとっても色っぽい笑顔を見せてくれた。

 しかも、そのお礼に、と言ってヴィセの髪をきれいに切り揃えてくれた。

 きれいなだけでなく、きれいにするのも得意らしい。


「ありがとうございました」

 髪がきれいに揃えられた頃には、ヴィセの意識もはっきりしてきて、お姉さんに深々と頭を下げて、お礼を伝えていた。私も一緒に頭を下げる。

「お姉さんたち、けがをしたら言ってね」

「治癒師サマとお近付きになれて良かったわ」

 さよならの代わりの投げキスが素敵すぎる。かっこいー。

 

 すっかり暗くなっていた。

 私は食堂から夕食を弁当にしてもらって、部屋に持ち帰ってヴィセと二人で食べることにした。

「ありがと、エスファ」

「どういたしまして」


 怪我はすぐに治せた。打撲やすり傷、顔にひっかき傷もあった。でも、心の傷は治せない。

「エスファ、話があるの」

「誰がやったの?」

「そんなのどうでもいい」

「どうでも良くないよ!ヴィセ」

「…本当にどうでもいいのに。私が呪われなかったことにひがんだだけの臆病者の先輩たちよ。昔から、エスファと仲良くなりたくて、私にまとわりついてるだけのうるさい先輩たち。すぐにひがむの。わたしのことを生意気だ生意気だってうるさいし」

 私はくすっと笑う。

「まあ、生意気なのは本当じゃん」

「それはそうね」

 ヴィセも笑う。

「私ね、侍女専攻やめるの。先輩たち生意気生意気ってうるさいし、遂に殴られたし、髪まで切られたし」

「王室付き侍女、目指してるんでしょ、いいの?」

「いいの。今回のいじめで、侍女専攻を辞めるいい理由ができたわ」

 ヴィセがじっと私の目を見る。

「私、兵士候補生になるわ」

「えええ!」

「あははは、武器は持たないわよ。部隊付の事務官になる。戦場に付いていくけど、やるのは事務仕事」

「なんで!?わざわざ」

 復帰不可能な負傷をした兵士が就くような仕事に、あえて事務官が就くことはほとんどない。でも、それをやるのだとヴィセは言い出した。

「…いつも私だけ学院に置いていかれるの、もう嫌だから。私もロヴィーとマリーンとエスファに付いていけるようになる」

 ヴィセが私を抱き締める 



「エスファと離れたくないの」

 それは聞き取れないほどの小さな囁き。

 

 

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