16. 学び舎
エスファ 16歳 現在
ここは学校です。ときどき忘れるけれど。
今は、ほぼ授業らしい授業はない。座学を受けるべき、低学年の生徒が学院から退去させられているからだ。
なのに、
私だけのための、授業と試験はしっかりあった。
アリガトーセンセー
私の勉強が遅れているのは、お国のせいですよー。
ぼやいたところで、歴代国王の御名を順番通りに並べるのは、おバカな私には非常に非常に困難だった。
午前中の座学が終わると、午後は、マリーンのいる魔法兵士の訓練所に行く。
最近、攻撃魔法を習い始めた。護身用に勉強しようと思ったのだ。
すぐに風を起こすことはできるようになったが、正直、風が吹くだけでは攻撃にはならないのである。
昨日は、ヴィセの制服のスカートを巻き上げるくらいの風を吹かせることには成功したが、その後、ヴィセは私が泣くまで耳を引っ張った。半日経った今でも痛い。
「あんた、なんで左の耳たぶがそんなに腫れてるの?なんか病気??」
マリーン先生から早速指摘を受ける。。
「…私がバカだからでーす」
「どうせ、バカなことしてヴィセを怒らせたんだろ」
なぜ分かる。
「冗談はさておき、エスファは相当な魔力を持っているわけだから、攻撃魔法の起こし方さえ覚えれば、魔法兵士にもなれる」
「気がする」
マリーン先生、今の間はなんですか?
ーーーーー
「愛国心の強い者が狙われるですって」
会議室でフリチェーサが鼻にかかった嫌みな声を出した。
「根拠はございますの?」
「形として出せる根拠はない。私たちが体験したことが全てだ」
ロヴィーは冷静に答える。
フリチェーサはロヴィーを煽る。
「愛国心」
「大昔の呪いの魔法」
「頭に響く声」
「意識が乗っ取られる」
「なにもかも荒唐無稽ですわね」
フリチェーサがくっと唇の両端を上げてみせる。
「あなたが、そう思われるのなら、そうなのでしょう。ただ、私は、私たちの体験や知識からの推論を示しただけです」
ロヴィーは煽りには乗らない。ロヴィーの整った顔は、ぼんやりとしたような無表情で、何を考えているか分かりにくく、それがフリチェーサを苛立たせた。
「もっと、まともな調査結果は出せないのですか?ロヴィージェ隊長!!」
ばんっとフリチェーサが机を叩く。
「……あなたの望むような調査結果はありません」
静かにロヴィーは答えると、そこからは口をつぐんだ。
続いて、北の辺境の町に送られた、老いた衛兵たちについての報告がなされた。
彼らは、数日後に正気を取り戻したとのことであった。
狂って暴れていたという記憶はうっすらとあり、学生たちを襲ったという自分たちのやった所業に恐れおののいた上、傷ついて動かなくなっている手足に衝撃を受けた。
今は、おとなしく牢に入っているという。
彼らは、自分達が国を守らなければ、逆に殺されるのだと強く思い込まされたと供述している。彼らの愛国心は疑いのないところであり、ロヴィーの説明と一致していた。
フリチェーサが悔しそうな顔をする。
アンラートは、ロヴィーの話を真面目に聴いていた。
しかし、フリチェーサが言うように荒唐無稽でもある。
本当のことだったら?
暗示の呪い
呪いの声
「アンラート様」
フリチェーサの呼び掛けに気付いてアンラートは顔を挙げた。
「本日の報告はこれまでとします」
アンラートはフリチェーサの閉会宣言にうなずいた。
「フリチェーサ、過去に同じような事件がなかったか、しっかりと調べていただけますか」
フリチェーサが頷いた。
ーーーーー
「治癒魔法のときのように、エスファの体から放出される魔力を使って空気を動かす」
マリーンの言葉に合わせて、私は体の中の熱を手に集める。そこまでは治癒魔法と同じ。その熱を帯びた手で空気の塊を掴むような感覚で、それを投げる。
「そう、それで風が起きる。一番の基本」
ふわっとした風を起こすと、風がマリーンと私の髪を軽く巻き上げた。
「空気を掴むイメージはできてるね」
私はうん、とうなずく。
「その掴んだ空気を小さく縮めて。圧力をかける感じ。抵抗があっても、どんどん小さく小さく圧縮するイメージ」
「マリーン、空気を小さくするってこと?」
「そう。すごーく大雑把に説明すると、圧縮させれば熱くなる、膨張させれば冷たくなる。この化学的な概念を具象化するのが火や氷の魔法の基礎」
………魔法の勉強を放棄したくなくなった。
「それを素早く、強く、イメージする」
マリーンの右手から炎が上がった。
「あんたの治癒魔法だって、傷を元に戻そうとするイメージの具象化だよね、結局」
次は左手の上できらきらと氷ができる。
マリーンの魔法はきれいだ。
圧縮、圧縮、圧縮……
私の手の中が熱くなって小さな小さな火がぽっと出て、消えた。
「できた!」
「うん、その調子」
マリーンがにっこり笑った。珍しく皮肉っぽくない、普通の笑顔なので、ちょっと戸惑ってしまう。
「マリーンは、簡単に魔法が使えるようになったの?」
ごまかすように尋ねると、マリーンはいつものようににたっと笑った。
「覚えてない」
マリーンが両手を合わせてから開くと、手の中からほとばしるように、炎と冷気がうずを巻いて上がり、水蒸気が発生する。
「物心付いた頃には、こうして遊んでいたよ」
それより大きな炎は出せないまま、訓練時間が過ぎて、寮の自分の部屋に戻った。
それから、すぐにヴィセも帰って来た。
「エスファ、魔法の訓練はどうだったの?」
そんなにすぐにできるもんじゃないし。返事をしなかった。
「そのふくれっつらは、ダメだったってことね」
けらけらとヴィセが笑ったので、ふてくされた私は、風を起こして、ヴィセの制服のスカートをまくり上げた。
結果、ヴィセが昨日以上に激怒し、左に続いて右側の耳たぶが腫れ上がった。
ヴィセおそるべし。
ーーーーー
その夜、私は、アンラート様の部屋に呼び出された。
いつもの天涯付の豪奢なベッドに、アンラート様と並んで座る。近くて落ち着かない。
「…耳たぶ、どうしたの?」
「聞かないで下さい」
何かを察したアンラート様が笑いを噛み殺したようだった。
「エスファ、あなたも声を聴いたの?」
アンラート様が私の顔を覗き込むようにして、尋ねてきた。
「聴きました。嫌な声でした。頭の中に捻り込んでくるような」
「男の人?女の人?」
?
答に詰まった。分からないのだ。
「…申し訳ございません。ただ、声、としか言いようがないのです」
アンラート様は、既にロヴィーから聴いた話をもう一度、私にさせた。
「呪いの声…。にわかには信じられない話だけど、エスファの話は信じたいわ、わたくし」
「…残念ながら、次の誰かが呪われなければ、私たちの話は誰も信じてくれないような気がします」
スカートの裾を握る、自分の手をじっと見詰めた。
あの声が頭に入れば、国を守るつもりで誰かが誰かを殺そうとするだろう。子供を守ろうとして襲ってきた熊のように、刀を振り回した衛兵のおじいさんたちのように、ナイフを振りかざしたヴィセのように。
「ところで、エスファ、あなたたちには愛国心がないのかしら…わたくし、困るわ」
アンラート様がため息をつく。
私たち4人が声にそれほど操られなかったのは、愛国心が乏しいからかもしれないとまでアンラート様に話してしまったことに気付いて、焦った。
「ええっと、えっと、私は、愛国心の強さには全く自信がないですが、アンラート様のことは……っ」
「わたくしのことは?」
他のお慕いしております、と口走りそうになったが、言える筈がなく、
「………おります」
肝心なところをはしょった。全身が火照る。
恥ずかしくて、アンラート様から視線を外す。
力を込めてスカートの裾を握る私の手を上からアンラート様がそっと握った。
「…こっちを向いて、エスファ」
おずおずと顔をあげ、アンラート様を見た。
え、顔が近……?
私の唇はアンラート様のそれがふれた
「ごめんなさい!いやだ、わたく、わたし、思わず」
ぱっと私からアンラート様が離れた。真っ赤な顔をしているアンラート様なんて初めて見た。
その後、どうやって自分の部屋に帰ってこれたのか、よく分からない。
~~~~~~~~~~
邪魔だ
あいつが邪魔だ
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