13. 呪う声

 お前がこの国を守れ


 守れ


 この国を守れ


 この国に害なす者を消せ


 消せ


 害なす者を消せ 




 ーーーーー





 脳に直接響く声が聞こえ続けていた。

 ああ、うるさいなぁ。


「なんで、私が、この国を守らなきゃなんないの!?」


 自分の叫び声で目が覚めた。

 

「…エスファ……うるさい」

 なんでロヴィーが私のベッドにいるんだろう。

 そして、なんで私がうるさいと言われなければならないのだろう。

「う~」

 頭を振って目をこすって意識をはっきりさせる。


 アンラート様のお輿入れの情報で寂しくなった私は、夜も一緒に寝ようとヴィセを誘ったが、既に私と一緒に昼寝をしていたため、色々やりたいことができていない、エスファと一緒に寝ている暇はない、とヴィセから冷たく突き放されてしまった。そこで、ロヴィーが仕方なく添い寝をしてくれるという話になった。

 仕方なく、ではなく無理やりだったっけ

 ベッドにロヴィーの長い髪が広がっている。ひと房を手に取るとさらっと流れるように落ちた。

 小さい頃はよく一緒に寝たっけ…。


「…エスファ…るさいってば」

「?私、何にも言ってない」

「…くに…まもる…けせとか、うるさい…。頭にがんがん響く…静かにして…」

 

 え? 

 

 ロヴィーは私がうるさいと思ってるらしく、頭まで毛布を被った。

 いや、私じゃないし。



 お前がこの国を守れ


 守れ


 この国を守れ


 この国に害なす者を消せ


 消せ


 害なす者を消せ 

  


 まだ、聴こえていた。

 頭の中に直接響く。


 うるさい。うるさいけれど、王国に仇なす者を許してはならない、という怒りにも似た気持ちが湧いてきた。

 と、同時に、なんで私が?という歯向かう気持ちも湧いてきて、そっちの方が怒りよりも強かった。

 ふっと声が消えた。


「…エスファ、今の」

 毛布からロヴィーが顔を出す。

「聞こえた?」

「…聞こえた、っていうか、兜を被ってるときにガンガン叩かれるみたいな……」

 その比喩、よく分かんないんだけど。

「あああ、うるさかった。ぬいぐるみ抱いて、よく寝てたのに」

 私はぬいぐるみじゃないよ。




 続き部屋に続くドアがゆっくりと開いた。


「ヴィセ?」

 ヴィセにも、あの声が聞こえたのかな。

 ドアに寄りかかるようにしてヴィセが姿を見せた。

「…ま…もら…なきゃ……」

 ヴィセがくぐもった声を出す。うつむいていて表情が見えない。

 ぽた

 と音がして、ヴィセの足元に水滴が落ちる。

「ヴィセ!!」

 ヴィセがゆっくりと顔を上げるが、どこを見ているのか分からない。口許には涎の流れた跡が光るように見えた。同じ年とは思えないくらいしっかりしたヴィセが、こんな姿で人前に出ることはあり得なかった。

 ロヴィーがばっとベッドから飛び起きて、私を守るように立った。

 ヴィセの手にナイフが握られていたからだ。

 ヴィセが私の方を見る。

「…け…す…」

 ゆっくり体をこっちに向け、足を踏み出し

 

 跳んだ。

 ナイフを私の方に向けて、飛びかかってきた。背の高いロヴィーの頭よりも高く、天井すれすれを跳躍する。兵士ではなく、侍女を目指しているヴィセにこんな跳躍力はない。ロヴィーを飛び越えて私を狙っている

 が、私の前に立っていたのは学院一強いロヴィーだった。ロヴィーはヴィセが右手に持っていたナイフを手刀で弾き飛ばすと、ヴィセの右腕の肘の辺りに手を当てた次の瞬間に腕を背中側に回して捻り上げ、さらに、膝の後ろを蹴って跪かせて、両ふくらはぎの上に、膝を置いて、あっという間にヴィセを動かせないように押さえ込んでしまった。

 それでもヴィセは体を動かそうとして唸り声を上げる。あんなに無理に体を動かしたら、肩が外れてしまう。

「ヴィセ?!」

 押さえつけられているヴィセの前に駆け寄り、両手をその頬に当てて、私の方に顔を向けさせた。


「…て…きっ………すふぁ……エスファ…」


 ヴィセの目の焦点が合ってきて、私と目が合った。

「エスファ?…いたっ、いたたたた!な、なにこれ、動けない!!いったあああああああ」

 肩関節の痛みに気付いたらしい。

「ごめん!」 

 ロヴィーが謝りながら、肩関節を痛めないよう、ゆっくりと間接を緩めていき、ヴィセを解放する。

「…ロヴィージェ様、何を?……あれ、私、なんでエスファの部屋にいるの?あれ?」

 ヴィセもなんだか混乱している。

「ヴィセ、あんた、私を殺そうとしたんだけど」

 片手をヴィセの頬に当てて、その顔をのぞきこむ。

「私が?エスファを??……、いや、夢かな、殺されそうになったのは私の方で…」

 ヴィセがぶるっと体を震えさせ、両手で自分の両腕をかき抱いた。

 私は、ヴィセを抱き締める。

「大丈夫、ロヴィーがいれば怖くないし、けがしても私が治すから」

 ヴィセが体を震わせながら話し出す。

「…夢?を見たの。この国が敵に襲われる夢。殺されるかと思ったけれど、殺される前に殺せばいいって思った。そうすれば私が国を守れるって思った」

  

「エスファ!!」

 突然、ドアが開いて、マリーンが寝間着のまま、飛び込んできた。

 私たち3人が無事であることがすぐに分かって、マリーンが安心した顔をする。

「マリーンもあの声を聞いたの?大丈夫だった?」

「ああ、国を守れとかなんとか」

 私とロヴィーは大丈夫だったが、ヴィセは危なかった。

「あの衛兵のおじいちゃんたちみたいに、関節を切られて、学院から追い出されるところだったね」

「やめてよ、エスファ。…あああ!私の果物ナイフが刃こぼれしている。ひどい」

 ヴィセは、その体の震えが収まると、ナイフを拾い上げて、眉をひそめた。そういえばアンラート様付きの侍女のセレーサさんも果物ナイフいつも持ってるな。侍女の必須アイテムなのかしら。

   

「あの衛兵のおじいさんたちも、あの声にやられたのかな」

 ロヴィーが呟くと、マリーンがうなずいた。

「暗示の呪いかもしれない」

 暗示の呪い?私が首をかしげるとマリーンが私を振り返った。

「大昔の魔法にあった、らしい」

「なぜ、私だけが声に操られたのでしょうか」

 ヴィセがマリーンを見る。 

「さあ」

 マリーンが肩をすくめる。そして逆にヴィセを見詰める。

「逆に聞きたい。衛兵じいさんどもは関節切られても、声に操られたまま、学生を殺そうとしていた。なのに、ヴィセはすぐに我に返っている」

「そうおっしゃられても…。ただ、エスファの顔を見たら…。」

 ヴィセはうつむいた、が、すぐに顔を挙げ、マリーンを見詰め返した。

「……私、この国より………、目の前のエスファの方が…大事なのですわ」

 ヴィセはそう言ってから、私の顔を振り返って、照れ臭そうに笑った。

「それが理由なのかは、分からないのですが」

 

「…いや、そうかも」 

 マリーンがうなずく。

「エスファ、あんた、この国よりも姫の方が好きでしょ」

 いきなり、鋭い矛先を向けられてたじろいだ。

「えええ?、いや、まあ、そうだけど」

 私はこの国の治癒師である前に、アンラート様の治癒師だ、と思ってる。

 この辺境学院が王国のためにあって、ここの学生であることは私の誇りではあるけれど、14歳で戦さに駆り出されてから、王国への忠誠心は薄らいでいる。


「…私にも愛国心はない」

 ロヴィーがいつものように私の机の椅子に腰掛けながら言う。

「私には戦うことしかできない。たまたま、この国に生まれたから、この国の側で戦うための勉強をしているだけ」

 マリーンがにかっと笑った。

「私も愛国心なんてない。ここで育ったから、こっち側にいるだけ」


「なんてことでしょう!我が国の未来を支える、将軍候補と王族付き魔法師候補と治癒師が恐ろしいことを言っておられる」

 ヴィセが祈りのポーズで天井を見上げる。いや、顔は笑ってる。

「私は、何も聞かなかったことにいたします」

 そう言うヴィセが最初に国より私の方が大事、って言ったよね。

 

「愛国心の強い者ほど呪われる」

 マリーンがくっと笑った。

「愛国心で成り立っている、このワジェイン王国に、なんて皮肉な呪いだ」


 ロヴィーが口を挟む。

「あの熊の魔獣は?」

「母熊の子熊を思う気持ちを利用した、ってところかな」

 マリーンが答える。


「…誰が、何のために?」

 私の疑問には、誰も答えられなかった。

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