12. 許婚

「…あ、寝てた?」

 マリーンの声で目が覚めた。そのままヴィセと一緒に寝てしまったらしい。

 ロヴィーとマリーンがいつものとおり、私の部屋に入ろうとしていたようで、ドアから顔をのぞかせていた。

「すみません」

 慌ててヴィセが目を起き上がり、二人に謝りながら私から離れて、ベッドから下りた。

 むーーー。私は、まだ、ヴィセと寝たい。

「ヴィセ、無理に起きなくて構わないよ。エスファはまだ寝てるみたいだし」 

 ロヴィーがささやく。

「いえ、起きます。ああ、服がしわくちゃ」

「…行っちゃやだ」

 私がヴィセのスカートの裾を掴むと、その手をヴィセがそっと外した。

「エスファはまだ寝ていていいのよ」

 私の前髪をヴィセの手が撫でた。

 アマノジャクなので、そう言われたら起きたくなる。しかたない、起きるか。

  

「ニュースが二つある」

 マリーンがヴィセと入れ替わるようにベッドに腰掛けたので、私は、マリーンの膝に頭を載せる。まだベッドから出たくない。

 ロヴィーはいつもどおり机に座り、ヴィセはお茶の準備を始めている。

「ひとつ、学院の大半を閉鎖して、原則17歳以下の学生を帰省させる。それ以外の学生は残りたいものだけが残る」

 マリーンが人差し指を立てた。

 12歳から17歳、約3分の2の学生は強制的に帰省させる。建国記念週間以外に長期休みのない学院では、異例の事態だ。

 18歳以上の学生は成人と見なし、残るのであれば自己責任であり、自分の面倒は自分で見る。訓練をするなり自習するなり研究するなり。

「一部学生は、今回の出来事について調査にあたることになる。或いはそれに協力する。ロヴィーと私の指揮する部隊は、ほぼ18歳以上なので、全員残留して、学院の防衛に当たることになる」

 そういうロヴィーとマリーンだって、まだ17歳じゃん。大人みたいな顔してるけど。

「で、エスファも残留組だから」

 ロヴィーが私を指差す。

 ですよね。分かっております、ということでうなずく。

「じゃ、私も残りますから。お二方がエスファを守るついでに私も守ってください」

 ヴィセが当然でしょ、と言いたげに二人を見て、胸の前で腕を組む。 

「私もヴィセのお茶がないと困るから、残ってもらう。でも、余り勝手に動き回らないようにしなよ」

 マリーンが肩をすくめて、当然ではないが、仕方がないという顔をした。

「エスファが怠け者なので、そんなに動き回ったりしませんよ」

 おーい


「二つ目」

 マリーンが人差し指の次に中指を立てた。ピース。

 マリーンは、これは今回の事件とは全く関係のない話なんだけどと前置きした。ロヴィーが心配そうに視線を私に向ける。

 なに?私に関係あるの?


「アンラート様のお輿入れが決まった。早ければ年内には学院を辞めて、婚姻の義の後、国を出る」

  

  マリーンの膝の上に右耳を下にして横になっていた私は、固まったように、そのままの姿勢、表情でぼたぼたぼたぼたと涙を流し、マリーンの膝をぬらすことになった。

「エスファぁ」

 私以外の3人が慌て出す。




ーーーーー




許嫁いいなずけがいるの」

 

 いつだっただろう。アンラート様に聞かされたことがある。近くの国の王子様らしい。

 どきっとした。

 自分には結婚なんて、まだまだ考えられないが、この人は違う。

 私たちのように、この国のために働くのではなく、この国のために結婚し、その血筋を広げていくのだ。王族の女として生まれたからにはそれが当然のことで。

 分かってはいたことだった。


「なあに、その顔?」

 アンラート様が私の頬をつつく。

「驚いた、という顔ではないわね。」

「……っちゃうんですか?」

「ん?」

「…いなくなっちゃうんですか…?」

 アンラート様の目に映った私はべそをかいている。

「そうね。結婚式を挙げる前には、この国を出るわ…」

 

 私の質問は、学院からいなくなるのかを尋ねるものだった。

 返ってきた答は、それよりもひどかった。この国からいなくなるなんて、全く考えていなかった。

「そんな顔しないでエスファ。大丈夫、まだ先のことだから」

 アンラート様が私の頭を抱き締める。

「治癒師さまは泣き虫ね」

 



 ーーーーー




 あのとき、アンラート様を困らせたのと同じように、今は、ロヴィーとマリーンを困らせている。成長とは何だろう?私にはないものなのだろうか?

 ヴィセは、持っていたハンカチを私の目に当てて、涙を吸わせていた。


「ああ、やっぱりエスファは泣いてしまったかぁ」

 マリーンがため息をつきながら言う。

「ホントに、この子は姫が好きだねえ」

 マリーンが私の頭を撫でる。

 マリーンは普通の学生よりも幼いときに学院に連れてこられている。アンラート様も王族のための教育を受けるために早く学院入りしていたので、幼いときのマリーンはアンラート様と一緒に遊んだことがあり、マリーンはそのときの名残で、アンラート様を「姫」と呼ぶことがある。幼馴染みって羨ましい。私も小さいアンラート様を見たかった。  


 私はがばっと起きて、すたっと立ち上がり、ぱんっと両手で両頬を叩く。

「ごめん、みんな大丈夫。アンラート様のことは、ちゃんと見送るんだって決めてるから」

 …大丈夫になる予定です。

 でも、きっと、見送りの日には、私は号泣するだろうな。

 で、この3人に慰められるに違いない。




 ~~~~~~~~~






 お前がこの国を守れ


 守れ


 この国を守れ


 この国に害なす者を消せ


 消せ


 害なす者を消せ 



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