11. 予感
「この国を駄目にするのは、お前たちだ」
女子寮の入り口で、剣を振り回し、壁や家具等を壊しながら侵入してきたのは老いた衛兵、昼間にロヴィーをお嬢さん呼ばわりして追い出された老人であった。
息は荒く、口から涎を垂らしている。目の焦点が合っていない。
剣は既に刃こぼれしているが、老人は全く気にしていないようだった。
「俺たちがぁ、これまでもこれからも、この王国を守ってやるんだぁぁ」
老人が剣をなぎ払うと、大きな音を立てて、下駄箱や周辺にあった柱や家具などが吹き飛んだ。
尋常な力ではない。
騒ぎを聞き付けて何事かと思った女生徒達が玄関口に集まり、すぐさま悲鳴を上げて逃げていく。
「下がって!誰か、隊長を、ロヴィーかマリーンを呼んできて!!」
駆けつけた女性兵士候補生が叫ぶ。
彼女は、暴れる老人の剣を見て、自分の力ではこの老兵に叶わないことをすぐに悟った。しかも、手元に武器はない。どうやって時間を稼ぐか。
老人が振り回す剣をどうにか避け、廊下に飾られていた青銅の置物を老人の剣にぶつけてかわした。
老人が剣をぶんぶんと振り回し、彼女はひたすら避ける。しかし、遂にその剣が彼女の腕を裂き、彼女を激痛が襲った。
次の剣はなんとか避けたが、足がもつれて、尻餅をついた。
次の剣は、避け切れそうにない。
「国敵がああっ」
老人が涎を撒き散らしながら、彼女に剣を振り上げる。彼女は、目をぎゅっとつむり、命を諦めた
槍が飛んできて、老人の肩を貫き、そのまま老人を後ろの壁に張り付けた。
「ぬおおおおおあああ」
老人が吠える。
「たいちょおおおおおお」
女性兵士候補生が涙を浮かべてロヴィーを見上げる。
「よくやった」
ロヴィーが彼女に声を掛けて、その前に立ち、老人の前に立ち塞がる。
「大丈夫、痛くない。傷も浅いよ」
さらに、後ろからエスファも来て、彼女を後ろから支えると、そのまま治癒魔法をかける。まず、痛みを消して、それから刀傷を癒していく。
「助かった、エスファあ。本当に死ぬかと思った」
「あー、私がいたら、そんな簡単に死なせてあげないから、大丈夫」
エスファがにやっと笑い、彼女もそんなエスファを見て、ようやく笑った。
老兵は、肩がどうなろうと関係ないのか、槍を肩に突き刺したまま、自分を壁から引き剥がし、一歩二歩と前に出るとぶんんっと剣を振った。
「ロヴィー」
階段を降りてきたマリーンが剣をロヴィーに投げる。ロヴィーは剣を受け取った瞬間に鞘から抜き、老兵に向けた。
「お嬢さんだ、お嬢さんだ、この俺たちを追い払ったお嬢さんだ、お嬢さんだ」
老兵がロヴィーに憎しみに満ちた目を向けた。
「お嬢さんお嬢さんって、ロヴィーのことをこんなに女の子扱いしてくれる人、初めてなんじゃない」
マリーンがロヴィーをからかいながら、その左手から冷気を吹き出させ、老人の足を凍らせて足を止める。しかし、老人は凍った足の皮膚が避けるのも気にかけずロヴィーに近付こうとした。
「エスファ!」
ロヴィーが唐突に大きな声でエスファを呼んだ。
「この人に今から大ケガさせるから後で治して」
「はーい」
エスファが緊張感のない返事をした次の瞬間、ロヴィーが老人に近付いたかたと思うと、老人ががくんと膝をつき、剣を落とし、床に横倒れになって悶えていた。
ロヴィーが老人の剣を避けながら踏み込み、すっすっと剣を振り、老兵の膝の裏と踵の裏、そして肘の腱を切って、老人を動けないようにしたのだ。
「国を、国を、国を!!!!!」
老人は喚き続けている。
女子寮の外から、別の老人が騒ぐ声がした。
男子寮も襲われていたらしく、兵士候補生ら数人が4人の老兵と対峙していた。老兵の手足には弓矢が刺さり、深い切り傷や明らかに折れている腕が見えるが、老人たちはおのおの武器を振り回している。
老人らが学生たちを殺そうとしているのは明らかだが、学生たちは老人を殺してはいけないだろうと考えているので、、決め手を欠きとどめがさせない。
「国を守る、国を守る!!!!!!」
老兵たちは、同じように叫んでいる。
女子寮からロヴィーは飛び出して兵士候補生たちに命じる。
「弓兵、関節を狙え!」
ロヴィーの命令に従うことに慣れている弓兵がすぐに老兵たちの膝を撃ち抜く。
さらに肘や肩に弓が穿たれ、老兵たちは一歩も進めなくなり、武器も持てなくなった。
国を守るのだと喚くのみとなり、それも、体力が尽きて、静かになった。
エスファは老人達の出血を止め、骨はつないだが、老兵たちが動けないよう完全には治さなかった。
辺境学院で、何かが起きていることを学生たちの誰もが感じて始めていた。
ーーーーー
「で、どうなったの?」
魔獣討伐のその夜に老いた衛兵たちが狂った。次の日は、学院の授業が休みになり、私も休むように命じられ、今は、まだ昼間なのに寮のベッドの上に転がっている。ヴィセが私の分の洗濯物をたたんで片付けながら尋ねてきた。
「分かんない」
老人たちは、学院と海を隔てた辺境の街に縛られたまま、荷台に積まれて連れて行かれた。今は歩けないし、武器どころか物を持つこともおぼつかない。
辺境の街の領主が何らかの処分を下すだろう。
正気に戻ったら、の話だけど。
死んだ衛兵さんたち、そのぼろぼろの死体。気の狂った衛兵さんたち、その焦点の合わない目。
昨日の夜は、それが夢に出てきて、よく眠れなかった。
授業が休みになって助かった、今日はこれで眠れる、と思ったのにやっぱりまだ眠れないでいた。
「そっち詰めて」
私の隣に、ヴィセも寝転び、私は体を横にずらしてスペースを作り、二人でベッドに並んで横になる。
「狭い?」
ヴィセがこっちを向く。
「狭くていい」
私もヴィセの方を向いて、その胸に額を押し付け、腰に手を回す。
なんだろう
何かが不安
学院に入学した当時、4人部屋でヴィセと一緒だった頃から、よくヴィセとは一つのベッドで寝ていた。
特に、くそじじいの素敵な授業を受けていたときみたいな精神的にきついときに助けてもらった。
今でも、落ち着かないときには、こうしてヴィセに甘えてしまう。
「国宝級の治癒師様が、こんな甘ったれなのを知っているのは私くらい」
ヴィセも私の頭を抱いてくれる。
「あとはー、人前ではかわいい振りをするけれど、口には出せないような腹黒いことを考えたり毒を吐いたりしてるのも知ってる」
むーーー。真実である。
ごりごり頭をヴィセの胸に押し付ける。アンラート様ほどではないけど、やわらかい。
「…あと、胸が好きよねえ」
「はい、大好きです」
私が率直に答えると、ヴィセの胸が震えて、くすくす笑っているのが分かった。
「何が怖いの、エスファ?」
変な事件が起きている
それが嫌な気分にさせているのは確かだ。
嫌な予感がする
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