9. 魔獣退治(2)

 ロヴィーの肩がぶらんと揺れた。脱臼しているようだった。

 重装兵の大盾が熊に押し付けられるが、まだ熊が暴れており、大楯はぐらぐらと揺れ、ぶつかりあって金属音を立てている。

 マリーンが熊を再度氷浸けにして、動きを封じようとするが、下半身を凍らせるだけでは縛めとしては弱い。

 




 ーーーーー




 走れ!


「エスファ!!」

 私は衛生兵達が止める間もなく、ロヴィーに向かって走り出す。

 走りながら、手の先に体の中の熱を込める。


「ロヴィー、痛み止めなしでいく!」

 私が大きな声でロヴィーを呼ぶと、ロヴィーが私を振り返り、にっと笑って、こっちに駆け寄る。

 私の手がロヴィーのぶらぶらと揺れている腕を掴む。

「っがだ!」

 声にならない声がロヴィーの口から漏れるが、腕を掴んだ次の瞬間には骨が戻った筈。すれ違うようにロヴィーから手を離し、そのまま、鎖ごと引きずられた兵士達のところに走り込む。腕やら足やら、中には骨が折れてる者もいたが、まとめて治す!

「一瞬痛いよ」

「「!!」」

 彼らは少しだけ顔を歪めたが、すぐに彼らの鎖を握る手と、ふんばる足に力が戻る。

 次は、大盾に向かう。

 こちらは大したけがはなさそうだが、がんがん大盾に熊がぶちあたるので、みんな肩辺りがひどい打撲になっている。

 彼らの背中を抱えるようにして、熱を込める。

「まだいけるよね」

「「おおっ!!」」

 痛みがなくなり、重装兵の大盾に力が戻ってくる。

 安心して油断しそうになった私に向かって、熊に刺さっていた弓が抜けてこっちに飛んできた。

 素早く側転して避けた。  

「あっぶなー」

 役目が終わったら、即、引っ込む。私は、熊と仲間たちから距離を取った。

 

 


 ーーーーー




「…治癒師様は、びっくりするくらい身軽だなあ」

 エスファに救われた老いた衛兵が驚く。

「俺ぁ、戦場に飛び出してく治癒師様なんて、見たことねえぇぞ」

 彼にもエスファが軽鎧を身に付けていた理由がようやく分かった。

 

「マリーン!」

 ロヴィーの声よりも早く、マリーンが高台に立ち、その左手から炎を斧に向けて放つ。熊の肩に火が上がる。斧が熱を吸収し、斧の刃が次第に赤くなる。斧の灼熱による痛みで熊が暴れ、鎖を持つ兵士や重装兵たちの少し体勢が崩れるが、先ほどのように尻餅は着かず、すぐに踏ん張る。


 ロヴィーは、再度重装兵の背に立った。今度は大鎚を持ち、再び高くジャンプし、既に熊の肩に刺さっている斧に大鎚を打ち付けた。赤く焼けた斧が熊の肩に更に深く穿たれることとなり、肩から胸にまでずぶずぶと斧がささり、また、肩の骨が砕けたのか、熊の片腕がぶらーんと大きく揺れた。

 その激痛で熊が涎を撒き散らしながら吠える。


「槍!」

 鎚を捨て、長槍を受け取ったロヴィーが重騎兵の背から跳んで、熊の顔に槍を突き立てた。

 槍は熊の目の下から刺さった。一瞬、槍にぶら下がったロヴィーだが、ぐるっと回転し、回転してから地面に降りた。すぐさま重装兵に指示を出す。

「押せ!!」

 重装兵が大盾で暴れる熊の上半身を押し、堀から出さない。マリーン以外の魔法兵も熊の下半身を凍らせ続ける。熊の動きが鈍くなり始めたところで、改めて鎖を強く巻き直す。

「刺せ!」

 数人の槍兵が、熊を飾り立てるように、その上半身に槍を突き立て、更に、その槍をねじ込み、より深く槍が刺さった。熊が血を吐き出した。




 ーーーーー




「とんでもない隊長さんだなあ」

 戦いの後、私のところに、生き延びた衛兵さんのおじさんが戻ってきて話し掛けてきた。

「すごいでしょ!将来の将軍だよ」

 ロヴィーが誉められると、私も嬉しい。

「あの隊長さんが、最初から出てれば、俺らの隊長も仲間も死なんで済んだなあ」

 ロヴィーを見ながら、悔しそうでもなく、誰に言うでもなく、おじさんはつぶやいた。ぽんぽんっとおじさんの背中を私はたたいた。たらればは言いっこなしだよ。

「治癒師さまもすごいな。よく、あそこに突っ込んでいくなぁ」

 私も褒められた。

「後ろで怪我人が戻ってくるのを待っているのが嫌なの」

「治癒師様が死んだら、もともこもないだろが」

 言われ慣れた批判を、おじさんからも言われてしまった。

「それ、よく言われるけど、ロヴィーとマリーンが絶対守ってくれるから大丈夫だよ」

 私が自信を持って笑って答えると、おじさんは肩を竦めた。私はにっこり笑う。

「もう、魔物はいなくなったよ、大丈夫だよ」

 おじさんもにやっと笑ってくれた。


 北側の校舎を見上げると、私たちを見ているアンラート様が見えた。

 私に向かって、小さく手を振り、それから手を叩いているのが見えた。

 えすふぁ すごい

 その口が私を褒めてくれているのが見えて、恥ずかしいのと嬉しいのが混ざった複雑な気持ちになったけど、今日は、きちんと仕事をしているところを見せられて良かった、と思う。

 かといって、手を振り返すのは不敬なので、その場で軽く跪いて頭を下げた。

 

「ロヴィー、かっこ良かったよ…!」

 片付けを終えて一息ついてるロヴィーに抱きついた。

「隊のみんなが頑張ってくれたからね。エスファもありがと」

 どういたしまして、という代わりにロヴィーの背に回した手に力をこめた。

 ロヴィーが私の背中をぽんぽんと叩く。

「エスファ、私にもハグ」

 マリーンが私を背中からいきなり抱き締める。

「この体勢でハグは無理じゃない」

 

 私たちが笑っていると、そこに2人の兵士が子熊の死体を抱えてやってきた。

「隊長、子熊が」

 学院の敷地に隠されていたという。 

「あの大きな熊は、この子熊を探していたの?」

 私の疑問をマリーンが遮る。

「そう、かもしれないが、子熊は普通の子熊だが、母熊は魔物だ。子熊を奪われた母熊が、子熊を探して魔物になった?子熊を殺された怒りで魔物になった?」

「アンラート様に報告しなくてはね」

 ロヴィーは立ち上がった。マリーンもうなずいて立ち上がる。

 私は、二人の間に立って、二人の腕に自分の腕を絡ませた。

 

 なんにせよ魔物はいなくなったのだ




 ~~~~~~~~~~


 これからどうしようか?

 くすりと嗤う

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