コールセンター
明日は東京テレビのWES(ワールド・エンジニア・サテライト)という夜10時から始まる経済情報報道番組の取材だ。
驚愕の利益予想を出したその舞台裏を探ろうという企画らしい。
「……それで10万社のご参加は確定したと思い、その予想数値を発表したわけです」
社内でも評判の美人の
経済界で生きている人間はほとんどが見ているといわれているWES。今回初めて取材を受けるのは、東証の新基準に沿った社内改革を推し進めている企業というお題目での取り上げではあるが、本当のところはありえない期初予想を出した裏側を探ってやろうという、スケベ心丸出しの企画であるのはだれの目から見ても明らかである。
「指数関数的に……いや違うな。イメージが湧かない人もいるだろう。爆発的に、でいいだろう」
「『まるでウィンドウズのように不動産業界のスタンダードシステムになります』これをどこかへ
「分かりました」
「いまはまだ4万弱の会員数ですが、来期の10月までには10万社を突破するというシミュレーション結果が出ています」
「もう、ペーパーレス化は生き残るための必須の社内改革です。弊社の優れたSaaSシステムを導入すれば、DX化、クラウド化、ペーパーレス化の問題が一気に解決いたします」
「どのようなビジネススタイルにも対応し、自由にカスタマイズが出来ます」
篠塚が指導する。昨日の朝からこの想定問答集のくりかえしだ。CMの予算はつかなかったので、このビッグチャンスに賭けるしかない。
広報課の出番だ。ここぞとばかりに情報を詰めこむ。
佐藤もかなり
篠塚は、たまっていた雑務をこなし、12時前に社員食堂へ降りて行った。少し奥まった所に佐藤がいた。
とんかつ定食を手にして佐藤の正面に行った。
「ここ、いいかな」
佐藤は笑顔で「どうぞ」と出迎えた。
篠塚はとんかつ定食を食べ始める。
「あくまでも、自信に満ち
「分かってます」
「君の対応いかんで株価が上下する」
「はい」
「そしてこの放送によって入会業者数が左右される。これが最も大切な広報の使命だ。頼んだぞ」
「分かってますわ。まかせて下さい」
「どうもー、こんにちはー、WES取材班ですー」
ノリの軽い男がカメラや音声を引き連れ総務部にやって来た。こいつがディレクターらしい。対応には、広瀬があたった。名刺交換をし、打ち合わせが始まった。
「まず、バックは総務部全体にしましょうか」
こちらはテレビの取材など受けたこともない素人だ。取材を受けるのは業界紙がほとんど。むこうの言いなりである。まあ、相手はプロだ。まかせておけばいい。
撮影が始まった。まずは佐藤の挨拶からだ。
「広報担当の佐藤です。よろしくお願いいたします」
ディレクターがいきなりストレートに聞いてくる。
「経常利益3億3千万円の企業の来期の業績予想がいきなり73億円になっているので、こちらとしては驚いているわけですが、良ければその内実を明かしてもらえませんか?」
「はい。弊社は今年の一月から新しい巨大プロジェクトを発足いたしまして……」
うんうん、全く危なげない。胆の座った女だと、腕を組みながら篠塚は見ていた。
「……それで10万社のご参加は確定したと思い、その予想数値を発表したわけです」
「なるほどー。DX推進の波に乗ったと」
佐藤がたたみかける。
「もう、ペーパーレス化は生き残るための必須の社内改革です。弊社の優れたSaaSシステムを導入すれば、DX化、クラウド化、ペーパーレス化の問題が一気に解決いたします」
「いまはまだ4万弱の会員数ですが、今期の10月までには10万社を突破するというシミュレーション結果が出ています」
「まるでウィンドウズのように不動産業界のスタンダードシステムになります」
佐藤は言い切った。圧倒されるディレクター。これでよしと篠塚は目を細める。
「プロジェクトの成功をこちらも願っています!」
「ありがとうございます」
ややあって……
「OK!」
ディレクターはみずから、オーケーを出した。
「いやー素晴らしいインタビューができました。皆さん頑張って下さい!」
そして嵐が去るが如くずらずらと帰って行った。
その放送の翌日から、広報課へひっきりなしにSaaSシステムの問い合わせの電話が鳴り響いた。篠塚は広瀬に許可を取り、総務部部長長野に直談判だ。
「これから物凄く忙しくなります。臨時のコールセンターを設置して下さい。でないと契約する気があった業者が長く待たされ憤慨して取り止めにする機会損失が生じます。30人くらいの増援が必要です!」
長野は
「期間限定でいいのかね」
「はい。おそらく半年はいるかと」
「分かった。知り合いの人材派遣会社に頼んでみよう。派遣社員でいいんだな」
「3日ほど研修を積ませればどうにかなるでしょう。研修は私が引き受けます」
大会議室が、臨時のコールセンターに様変わりした。同時進行で派遣社員30人の研修が始まった。
なんとその中に第一営業部部長嵐山の姿があるではないか!
「よう、どうしたんだ」
篠塚が、
「飛ばされたんだ。ははっ、ってうそうそ。本職のマーケの仕事は部下に任せてある。部長なんて暇なんだよ。だからコールセンター長をかって出たんだ。勘違いするなよ。お前を助けに来たわけじゃないからな。俺はいま会社でもっとも活気のあるこの部署で久しぶりに現場の空気を吸いたくなったんだよ」
「嵐山……」
「それに営業部部長として、この会社がこれからもっとも力を入れてくるであろうSaaSだっけ?その知識を誰よりも深く仕込んでおかなきゃならない。後学のためさ。もう本も十冊ほど読んである。分からないとこは遠慮なく聞くからな。先生!」
篠塚の肩をポンポンと叩くと、自分の席についた。
三々五々、派遣の研修生達が集まってきた。
時間になった。嵐山が率先して声を出す。
「起立、礼、着席!」
それからの嵐山は、取りつかれたように勉強していた。就業時間の5時が終わってもコンビニで買ってきたサンドイッチを頬張りながら、なんとこのプロジェクトを立ち上げるにあたってヘッドハンティングしてきた元不動産業者の男を呼んで、夜の10時まで徹底的にパソコンと格闘しているのだ。
(こういうところが違うんだよな……部長になる男はやはり)
研修は少し伸びて5日かかった。
嵐山はその間に膨大な知識を溜め込んだ。
研修を終える日の午後4時、皆に嵐山を紹介する。
「このおとこ……男性が、これからこのコールセンターのセンター長になる、嵐山さんだ。会社での本職は第一営業部部長、お偉いさんだぞ。みんな仕事を頑張って、気にいられたら、正社員も夢じゃないかもしれない」
皆が笑った。
「こいつがほぼ全て分かっている筈なので、お客様の言っていることが分からない時には遠慮なく聞くように。分かったな」
「はい!」
「では、挨拶を」
嵐山が前に出る。
「いま、紹介にあずかった嵐山だ。これから半年間ここのセンター長を務める。よろしく」
どこからともなく拍手が沸き上がる。
「それともう一人、元不動産業者の鍋島君だ。不動産関係の細かい質問には彼があたる」
鍋島が頭を下げる。それを見てまた拍手が起きる。
「とにかくこれからこのコールセンターがこのシステム・ギアの心臓部になる。その誇りを胸に刻んで仕事に
嵐山は最後に一礼すると、後ろに下がった。
頼もしい奴が味方についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます