ある青年の憂鬱
そんなある日、広報課に内線が回ってきた。
「男性が広報課の責任者と連絡したいそうですが」
電話を取った女性社員が、広瀬と篠塚の顔を交互に見ている。
篠塚はかすれた声で言った。
「俺が取る」
男はぶしつけにこう切り出した。
「あのサプライズ予想を出した責任者の人ですか」
電話のぬしは、30歳くらいの若い男。
「ああ、そうだが、おたくは?」
「ああ、オレ川崎ってもんです。ついてはそのことについて少し話がしたいなーと思いまして」
口のきき方がなってない。まともな社会人じゃないのはあきらかだ。ならばこちらもぞんざいに扱うだけだ。
「おたくねー、今こっちは忙しいの。後にしてくれ……」
「プライム市場の基準について話したいんですけど」
篠塚は、一瞬硬直した。
「今何て言った」
「だから、外で少し会いません?サ店代はこちらもちでいいっすから」
「サ店代くらいこっちで持つ。いまどこにいるんだ?」
「受け付けの横ですけど」
「すぐ行く」
電話を切った。
「課長、ちょっと会わなけりゃならない人がいるんで、出てきます」
広瀬課長は、心配そうな顔をして篠塚を見る。
「私も行きましょうか?」
「いえ、一人で片付けてきます」
今晩は寒波が来るらしい。篠塚は、コートを着込み慌てて受け付けに向かう。
受け付けに行くと分かりやすい所にジャケットを着た若い男がいた。
「きみが川崎君か?」
「どうもでーす」
「まあ、なんだ。外に出よう」
玄関から出ると四谷の町だ。篠塚はすぐ近くにある喫茶店に川崎を案内した。
店に入るとコーヒーを頼み、川崎を見つめる。川崎は、たいして緊張することもなくリラックスして、周囲を眺めている。まあ、特に目立ったところもない普通の青年。歳は見立て通り30前後か。名刺も渡さないので、篠塚も取り出さない。
篠塚は、切り出す。
「それで?プライム市場の基準について何が聞きたいんだい」
「あの業績予想、あれ、はったりでしよ」
ぶしつけに言ってのけた。
「だからどうした」
篠塚は警戒しながら川崎の様子を見る。
「あそこまで露骨な下駄はき、見たことありませんよ。そういう、プライム市場の要件を満たすために強めの期初予想を出すところが必ず表れると思い、分析を重ねて20銘柄ほどピックアップしてたんです。そしたらシステム・ギアが明らかな嘘の期初予想を出して来たじゃないですか。おかげでいい思いをさせてもらいましたよ。でもあれって株価操縦に……」
篠塚は、じりじりしてきた。
「いくら欲しいんだ」
金で解決出来るなら金を出そう。そう腹をくくっていた篠塚だったが、川崎の反応は意外なものだった。
「これ見てくださいよ」
川崎はスマホを取り出し、なんだか数値がいっぱい並んでいる画面を見せてきた。
「オレの資産です」
評価額合計のところにかなりの数値が並んでいる。
「一、十、百、千、万……」
川崎はにやにやしてそれを見ている。
「1億5千万円!凄い金じゃないか!」
「そうなんすよ。『億り人(投資で1億を超えた人)』になっちゃったんです。だから金なんか要りませんよ」
「君はトレーダーか何かか?」
「そうです。個人投資家ですよ」
篠塚は、混乱してきた。
「金が要らないんなら要求は何なんだ」
川崎は少し姿勢をシャンとして、ある書類を出した。
「履歴書です」
「なんだ?」
「ぶっちゃけて言えば、そちらの会社で雇ってくれないかなーって思いまして。オレの投資スキルで利益をもっと増やすことができますよ」
篠塚はやっと脱力した。まさか、自分の売り込みだったとは。
二人ともコーヒーを飲み干し、会社に向かう。課長に事態を話し、急遽面接の運びとなった。
オフィスの奥まった所に来賓用のソファーとテーブルがある。そこで総務部部長の長野と、広瀬課長、篠塚3人が横に座り、相対して川崎が腰を下ろす。
川崎は緊張することもなく。にこにこしている。
「川崎省吾といいます。よろしくです」
一応立って頭を下げた。
「もう一度資産の合計を見せてくれないかね」
「いいっすよ」
川崎は評価額合計の画面を一同に見せる。
「ほー!」
長野部長が最初の質問だ。
「いくらから始めたんだ」
「50万円からですよ。バイトして貯めました」
「君のスキルは是非ともわが社にほしい。しかしなーなにか怪しい」
「怪しいもなにも、そのスマホ画面が証明してるじゃないですか。それとも何ですか、証券取引所に株価操縦について話をしましょうか」
「脅してるのか」
篠塚が低い声で噛みつく。
「そんなんじゃないっすよー。オレ、就活の時期に病気をして入院をしていまして正社員になれなかったんですよ。それでバイト暮らしの日々を送りながら株について徹底的に勉強したんです。そして一年後から、株に全人生をかけ、勝っていったんです。でも、部屋の中で一日中パソコン画面を一人ぼっちで見ているだけの毎日に嫌気がさしてきたんです。それで東証一部の会社の正社員になれば、親も喜ぶし、友達にも自慢できる。そういう事情なんです。
オレのスキルは欲しがっている企業も多いと思ったんです。どうですか。正社員として入社させてもらえませんか」
三人は「う~ん」と
「まず、自分の事をオレと言うのはやめろ。僕と呼べ」
「はい?あ~はい!はいっ!」
篠塚が提案する。
「お二人はどうでしょう。この話。悪くない話と思うんですけど」
長野部長が口を開く。
「そうだな。この才能を寝かせておくのは惜しい。まずは研修期間を1ヶ月くらい与えて、低い金額を運用させてみよう。使えそうなら合格、たいしたことがないなら不合格だ。この条件でどうだ。川崎君は」
「あ~それで十分です。ありがとうございます!」
「投資部門はうちでは普通、経営企画室がやっているんだが、君は総務部が引き取ろう。1ヶ月は派遣社員と同じ扱いだからな。いいね、川崎君」
川崎は立ち上がり、深々とお辞儀した。
「よろしくお願いいたします!」
「て訳で一瞬恐喝に来たんだと思ったんだが、
篠塚は、スーツを脱ぎながらのぶえに報告している。
「人間ってやっぱり社会とつながってないと生きていけないもんなのね。なんとなくわかるわ。その子の孤独感。お金がいくら入っても寂しさは埋められないのよ」
「そういうもんかな。俺も株で勝つ秘訣を習おうかな、あいつに」
「やめときなさい。あなたは絶対勝てないわ。私の勘がそう告げているわ」
のぶえは、肩をいからせる。
「へいへい。ところで心美はもう寝てんのか」
「部屋でゲームばっかりしてるわよ。あなたからも何か言ってやってよ」
「分かった」
少しわずらわしさを感じながらも2階へむかう。そしてドアをノックして部屋の中へ入る。そこには心美が前のめりになってゲームしている姿が。
「心美。こ、こ、み!」
「わ、びっくりしたー!もう、ノックくらいしてよー」
「したよ。最近ゲームばっかりして勉強がおろそかになっているんじゃないのか」
「勉強はしてるつもりよ。ちょっとづつだけど」
「だったら何も言わない。そうだ、次の日曜日、行きたがっていた遊園地に行くか?」
「え~日曜日~。だめよ、優子達と遊びに行くもん。その次の日曜日ならあいてるわよ」
「じゃあ、再来週の日曜日に、な」
「うん、ありがとう」
「おやすみな」
「おやすみ~」
もう、家族とのお出かけより、友達との遊びの方を優先するようになったか。
成長してるのは嬉しいが、少し寂しい篠塚だった。
ある日篠塚達がデスクワークをしていると、一本の電話が。
「もしもし、こちら東京テレビのWES取材班の者ですけど」
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