第5話「誠意を金額で示さんかい」
神社の境内で津川とそんな無礼な会話をした後、俺は彼女と別れて拝殿へ向かった。
拝殿の正面はちょっとした広場になっており、建物と広場を囲う様に、背の高い松の木が聳え立っている。その所為か拝殿前は社務所や手水舎からは隔離された空間の様に思えた。
拝殿に辿り着くも、そこに昨日見た金色に髪を輝かせる神様の姿は見当たらなかったので、少し声を出して呼んでみる。
「あ、あの、せり姫様…?古家、です、けど…」
そういって当たりを見渡すも、返事は無い。無言な松の木が上から圧を掛けてくるだけだった。
〝ガダンッ!〟
「うおっ!?」
突然拝殿の方から物音がしたので慌てて振り返ると、拝殿の正面に置かれたあの恨めしき御賽銭箱の上部、俺の7万円を無情にも吸い込んでいった格子部分が、蝶番でも付いているかの様に大口を開けていた。
「あいつ開くのかよ…!」
あわよくば俺の愛しいバイト代を取り返せるかと思い駆け寄ったが、中を覗いてもそこには小銭の一つも見当たらない。
…せめて奉納手数料くらいは取り返したかった。
「っていうか、なんで開いたんだ?せり姫様がこの箱の中にいるわけでもないし…」
この場で起こる事象はおそらく全てせり姫様の仕業である事は間違いないだろうから、この御賽銭箱オープン現象にもきっと何かの意味があるとは思うのだが、神道に詳しい訳でもない俺にはイマイチ理解できない。
「………………」
ジッと御賽銭箱を見つめながら考えること数十秒。
「……俺が入ればいいのか?」
「んな訳あるか戯けもんがぁ!!」
「いだぁ!!!」
思いっきりケツを蹴られ、結果的に俺は頭から御賽銭箱に突っ込んだ。
「え、せり姫様!?いつからそこに!?」
「始めっから居ったわバカ者!!神社に来て神に謁見したいなら先ずする事は一つじゃろうが!誠意じゃ!誠意を金額で示さんかい!!ホレこの賽銭箱に其方の信仰心を投げ込まんかい!!」
「誠意を数字で測るなよ!!」
人を呼び出しておいて金銭まで要求するな。
「まあよい、これでも氏子、不作法は大目に見てやるとしよう。其方の不作法は今に始まったことでもないし、今時ワシを信仰する者も珍しいのでな」
「あっ……」
蹴りつけられて忘れかけたが、その言葉で、先程境内で津川が言った言葉を思い出し、思わずハッとせり姫様の顔を見つめてしまった。
〝神様なんているかいないかもわかんないし〟
「あの、せり姫様」
「良い」
俺の言葉を遮る様に、声が重なる。
「良いのじゃ。何も言うでない」
そう言うせり姫様の顔は、とても優しくて、だけどとても悲しそうな表情だった。
おこがましいけれど。
あなたのそんな顔は見たくないな、と。思った。
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