第2話「御利益200%」
目の前に現れた女性は、涙の溢れる両目を細い指が特徴的な両手で擦り、「嬉しや、嬉しやぁ…」と呟いていた。
しかし、はっ、と気がついたような表情を見せ、「コホンっ」と咳払いをすると、乱れた金色に光る髪を手櫛で整えながら、口を開いた。
「人の子よ。宵闇の刻は神や物の怪の時間じゃ。このような時間に参るのは無作法である。此度はその深い信仰心に免じてやるが、他の社ではこのような…」
「あー、いや、それなんですけど。間違って落としちゃっただけなんで、財布、返して貰えません?」
「なっ!?なんじゃと…!!」
そう言って絶望的な顔をする彼女。口ぶり的にもやはりここの神様なのだろうか。
…御参りしに来たことに間違いはないし、あまり不躾な態度を取って罰が当たるのも困る。
7万円は惜しいが、今は受験勉強が最優先。ここは神様に話を合わせておく事にしよう。
「あっ、あー!そうだったそうだった!そのお金は穂里神社の神様に奉納する為に用意したお金だった!すっかり忘れていた!そりゃそうだ!御参りするだけなのにこんな大金を持ち歩く高校生なんていないよな!勢い余って財布ごと入れちまったからそれは返して欲しいんだけれど、お金自体は神様が持って行ってくださって構いません!ええ!構いませんとも!!」
「ほ、本当か!!」
凄い勢いで顔をこちらに向ける神様。その表情は嬉々としていて、なんかもう、見ているだけで御利益がありそうな、諸々の運気が上昇しそうな、有難い笑顔だった。
「ふむふむ、そこまで言うなら貰ってやろう。折角ワシの元へ参った其方の気持ちを踏み躙るのも気が引けると言うもの。…おおそうじゃった、財布を取り出さねばならんのだったな。どれ、えーっと…。おお、あったぞ。これじゃろう?」
御賽銭箱の鍵を細い指でそっと触れただけで開けてしまった神様は、その中から俺の財布を取り出す。中身を見られる前に返して貰えたので、少し金額を減らして奉納しようと思ったが、不思議な事に、財布の中は既に空になっていた。
小銭すらないとは。
恐るべし神様パワーである。
「して、人の子よ。其方の名はなんと申す?」
ルンルン、とでも言うような軽やかな口調で神様は俺に上から尋ねる。自分の名も名乗らずに相手の名前を聞くのはなんだか無礼なんじゃないかと思うけれど、実際相手は神様で、俺より遥かに偉いんだろうから、そこは口には出さない。
「俺の名前は、古家春です」
「古家…というと、穂里山の岩切の子孫じゃな」
「え?そうなんですか?」
「ああ、其方の祖先は石工じゃ。…何故分かるのかという顔をしておるな?フフフ、ワシはこの地の氏神じゃからの。穂里に住む者達のことは大体把握しておる。ワシのことは、親しみを込めてせり
穂里神社の神、せり姫様は得意げにそう名乗った。親しみを込めて様付けで呼べというのも、きっと神様レベルの親しみなのだろう。一人間の俺には少々理解できない。
しかし、神様に会えるなんて千載一遇のチャンス。直々にお願いを聞いて貰えるかもしれない。
「あ、あのー、せり姫様。今日御参りしたのには理由がありまして…」
「みなまで言わんでも良い。其方も憂いておるのだろう。この町の未来を」
…は?
「安心せい、こうしてワシの元に参る程にこの地を想う其方の強い心、見捨てはせん。実はワシもこの地に住む人間の協力者を探しておった。これも神託、
「えーっと?せり姫様、俺のお願いはもっとこう、スケールの小さい話なんですけど…」
「なに、謙遜するでない。其方にはこれからこの町の英雄になってもらうのじゃ。もっと胸を張らんか。詳しい話はまた明日以降とするが、決戦は9日後の神社祭りじゃ!」
えぇ…えぇぇ~?
なんだか話が噛み合っていない。というか、せり姫様が勝手に突っ走っている。これは嫌な予感がする。御利益とかそんな事言っている場合じゃない。
なのに。
「これから宜しく頼むぞ、春よ!」
なんて。
御利益200%の笑顔で綺麗な神様に言われたら、そりゃぁもう、はい、と言うしか無かった。
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