穂里神社のせり姫様
44
大津那牽き
第1話「なんと深い信仰心じゃぁ…!」
人口約6,000人の小さな町、「穂里町」は、歩み寄る少子高齢化の波に悩まされつつもその恵まれた水産資源を活かして町起こしに必死だった。
しかし、海産物をモチーフにしたマスコットキャラはなんだか微妙なルックスだし、それを取り巻く漁業関係者や行政担当者も、どこか流れに身を任せているようで、生気が抜けていて、この町の行く末に誰しもが希望なんて抱いていないように見えた。
小洒落たカフェなんて存在しないし、電車だって9時には終電となる。そんな町に好奇心旺盛な若者達が魅力を感じる訳も無く、同級生達の進路希望は大都市の大学や企業ばかり。
俺、
勤しんでいたのだが。
受験勉強はなかなか捗らず、偏差値グラフもここのところ横線続きで、都心部の大学になんて現状到底手が届かない。そんな状況に正直少し参っていた。
そんな9月の夜10時。
日が暮れればもう夏の余熱も消え去り、この町には秋の暗闇が横たわっている。
俺は、市街地に一つしかない神社を訪れていた。
今年もそろそろ神社祭りが始まる筈だけれども、お祭り以外でろくにお参りなんてしたことのない、とは言っても別にお祭り当日だってお参りなんてしないのだが、そんな人間からすれば、ここがあの賑やかだったお祭り会場なのかと疑いたくなるほどに、閑散とした場所だった。
神様がいるかいないかなんてどうでもいい。
縋れるものなら神でも藁でも縋りたかった。
穂里神社の鳥居をくぐり境内に踏み込むと、残暑の心地悪さを忘れさせるほど、そこは無表情な空気に満ちていた。俺には勿論霊感なんて機能は備わっていないけれども、それでも、ここがただの草むらとは違うというのは、なんとなく分かる。
小さな本殿を囲うように並び立つ松の木がカサリとも言わず、高いところから沈黙を押し付けてくる。何をしに来たんだと言わんばかりの圧力に、思わず帰ってしまおうかとも思える。
別に帰ったって良かったんだ。数日後の神社祭りで誰か友人を誘って来ても良かったし、なんならこんな夜にわざわざお参りなんてする必要もない。
でも、折角来たんだ。どうせ神社祭りで来たってお参りなんて忘れて遊んでしまうことは分かり切っていたし、元々お参りするつもりで、受験勉強を中断して夜の散歩がてらここまで来たんだ。
俺は本殿の階段を上り、入口に設置された御賽銭箱の前に立った。お参りの作法はよく知らないけれど、こんな夜に鈴を鳴らすのは、民家の少ない山間部にある神社と言えど少々気が引ける。省略しても罰は当たらないだろう。
尻ポケットから財布を取り出し、御賽銭を探す。御賽銭には5円玉が良いと聞いたので一枚持ってきたのだけれど、暗くて見つからない。
スマートフォンで照らそうと、右手を財布から離し、パーカーのポケットからスマホを取り出す。そして高いところから照らし、財布の中身を見ようとしたその瞬間。
〝…ボトッ〟
「あ!え…!?おいマジか…!!」
あろう事か、今月のバイト代7万円が奉納されて良い具合に太っていた財布を、まるごとそのまま御賽銭箱に落としてしまった。
慌ててスマートフォンで照らしてみたが、どこか途中で引っかかるわけでもなく、どうやら、そのままスルリと奈落の底まで吸い込まれてしまったらしい。
「なんてこったい……」
こんなことならさっさと帰れば良かった。神社祭り当日だったらきっと管理人さんもいただろうに、なんだってまた今日にしちまったんだ。なんて幸先の悪い。絶望だ。そもそもここの管理人って誰なんだ。誰に言えば取り返せるんだ。本人確認証明とか必要なのか。っていうかここが不良の小遣い稼ぎの場だったとしたら、俺のバイト代が誰かに盗まれちまうのも時間の問題なんじゃないか。
なんてことを考えながら立ち尽くしていた、その時。
「感激じゃぁ…!ワシの心は其方の熱い信仰心で満たされておる…!こんな夜中に参って賽銭を惜しみなく投げ入れるとは…!なんと深い信仰心じゃぁ…!」
俺の目の前には、いつの間にか、長い金色の髪を光らせ、大きな目に涙を溜めた女性が、凛として立っていた。
俺はこの日、神様に出逢った。
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