第2話 社会①不快な猫ちゃん

 受肉した肉体は斜に構えた人間のようだ。綴った日記の文字、めぐる思い出、物数の少なさ、こやつの事がよく分かる。社会ステータスとしては、年齢は二十四歳、天国商事コーポレーションに入社二年目のようだ。鏡の前で呼吸を整えて立つ。「公爵は…いや、私の名前はとどろき•くろ。新しい異名がついた」大いなる無の者たちからすれば、この世界の記憶なんて書き換えることも簡単にやってくれるようだが、「普通、急に中の人が変わりましたよが出てきたら世の中のバランス崩れたりしないのか!」などと脳内ツッコミが止まらない。なんだ、転生スキルは脳内会議か?ノーマルガチャでも回してしまったんじゃないか?


 今日は出社だ。「おはようございます、昨日の休み何していたんですか?」飛び交う挨拶や会話の中を淡々とくぐり抜ける。始業前の朝礼が始まる。今日の流れや休日に起きたトラブルの説明だ。欠伸を抑えながら聞き流す。昼は一人屋上で食べる。同僚の犬塚が話しかけてくる。「お疲れさん。最近バイクの運転が楽しくてな。なんか楽しい事あった?」それは分かるわけがなかろうか。初日だぞ。少し無理があるだろう。「散歩かな」無理くり答える。「ああ、そうか。仕事戻るか」愛想笑いをしながら去っていく。広がらない会話だった。寄り道をせずに帰宅しては、静かな部屋で眠り、また仕事をする。そんな単調な日々を一ヶ月程繰り返す。人間に慣れようとするも人間というのは面倒だと不快感が蓄積していく。しかし、黒という奴は楽しい感情部分が抜け落ちているのか?こやつが抱えた負債部分はがんじがらめになっておるが、公爵は公爵の勝手にやらせてもらうぞ。


 いつも通りに仕事の終えた日。残業をしている上司を尻目に定時で退社する。不快な気持ちを感じながら思い返す。「じいに会わなければ」急ぎ足で朧げな記憶を頼りに、飼われた家に向かう。高架下を出て道に沿った懐かしい光景だ。家の前の人影に目ん玉を開いて良く見る。「じい」と答える。「君は誰かな?」はっと我にかえる。そもそも人間であるメタ認知が出来ていなかった。「失礼した。人違いで」と伝える。「そうか、君はどこか懐かしいな。今から公園で散歩するが一緒にどうだ?」にこやかに笑う顔は変わらない。缶コーヒーを買い公園のベンチに腰掛ける。なんて話を切り出せば良いか分からず言葉に詰まる。何故か仕事の愚痴を漏らしてしまっていた。無意味な事をするのも、関係性を構築するのも、全てが面倒だと話す。じいは穏やかではっきりとした口調で「君は問答と葛藤が不足しているよ。手数もね。普通は必要にはならないんだが、君みたいなタイプはそれが必要なんだよ。人の習性には意味や目的がある。多様性を受け入れもう一度考えてみてはどうだろうか?」好きな人間の言葉はよく響くが「ありがとうございました」とそっぽを向いてしまう。そろそろ帰ろうか、またねと見送る。帰路に着く頃には月の光が照らす。まずは、人間の生態について学んでみるか、観察は猫時代にやっていたから、本でも流し読みするか。そもそも人間というのは多様性に満ちており、脳が大きいんだな。だから、難しく考え過ぎな奴もいる。こやつはそういう種類だな。公爵みたいに自然に生きればよろしいだろう。一通り人間について解釈をインストールしてやったので今日はもう眠ろう。

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