第3話 社会②社会性のある猫ちゃん

 寂れた住宅街から通う、近所の人間とすれ違う。路地裏を見ればかつての同輩が身を寄せているのを尻目に通勤する。


 「おはようございます」挨拶という奴だ。「おは..ごぜぇ.す」と返しておく。一見すると、なんでこんな意味の無い返事をしないとならんのだと、不快センサーに引っかかるが、[私は挨拶という社会常識が通じる存在ですよ][挨拶をすることによって無害な近づきやすい人間ですよ]と周りにアピール出来るからやっておるのだ。今日も納期に間に合うようにパソコンをカタカタと叩いて終わりかなと、スケジュールに目を通す。

 「会議」「議長:とどろき」と書かれている。会議というのは良く心得ている。猫会議という定例会議で慣れているからな。事前に準備もしてある。

 いちいち、朝礼も会議も拘束時間も不快センサーに反応して身体に適応させるのはしれつを極めるが、これも[結束意識を高める]事も重要だったりする。まあ、組織というのは人間の群れで、統率する為にルール設定とか何やら必要らしい。群れない黒猫時代は孤高にしていればよかったんだがな。身軽で良かった。しかし、孤独で出来ることも限られている。縄張りを広げる程一人で巡回するには時間が不足しておるだろ。公爵がもう一匹居ればなあと幾度思った事があるか。ふう。「…以上データを踏まえた結論と今後の数値目標とスケジュールで進行していこうと考えております」淡々と進んだ、会議なんてものは決定事項を繰り返し述べるだけ、会議は会議の前段階で決着はついている。事前に〇〇したいから許可をなどとメンバーに連絡して下調べしていればよい。これをしないと「聞いてないぞ」「聞いてみますが〇〇の判断次第です」などと歯切れの悪い終わり方になる。

 会社の屋上で昼食の鯖を食べている。ここは、高く貯水槽の隣で狭く落ち着いてよい。「よっ!またここで食べているのか?」同僚のいぬづか•よしお。である。「くろ。みんなと同じ場所で食べてる事実が大事なんだぞ。俺もここで食うか、よっと」首の後ろに手を回されて引き寄せされる。顔が近い。こやつは犬みたいだ。「気にかけてくれてどうも」好意は受け取っておくか。柴犬からハスキー犬の様な顔立ちになり、「昔、くろ見たいな人間がいてな…」語り出した。人の話半分で聞いて相槌だけ打っておくのが良いようだ。話をまとめると似たような人が学生時代にいて仲良くしたかったが出来なかった。だから、今は出来るようにしようとしているという話だ。回想シーンを書くのが面倒という理由は違うぞ。念押ししとくぞ。たまには、同じ卓を囲うような事もありだなと思った。


 定時になり、退社する。近所の人に会釈をしては、路地裏の同輩に猫缶を差し入れをして近場の銭湯に入る。名前のないロッカーに誰かのシャンプーセットや髭剃りが置かれている。これも彼らのアイデンティティの一部なんだろうな。「よお、にいちゃん。そのロッカーは俺の所だぜ」年は30後半の坊主頭の人間が話しかけてきた。縄張り争いみたいで懐かしいな。「ロッカーは共有物だからいいだろ?なあ、お姉さん」番台に腰掛けた店の主人に声をかける。「ええ。ねずみさんもそんな所で怒るほど器の小さい人じゃないですよね?」とにこやかに答える。「悪かったな」無愛想に坊主頭は答えて出て行った。番台の人に定期的にお菓子を配っていて正解だったぜ。猫時代は好きじゃなかった風呂も気持ちよく入れていいな。身体も温まった後、瓶の牛乳を勢いよく喉に流し込む。今でもミルクは好きだ。


 人というのは変わらず面倒だが関わる頻度を増やしてみた結果。存外に悪くないと思えた。至る所に顔を出せば、それが原因や理由となって暇つぶしが出来る。公爵は制限のある自由を楽しみながら、困ったことがあれば手を打っていけば良い。

 後は寝るだけだ。人間も大変なんだな。前の繰り返しの日々よりかはこの肉体は生き生きとしてるのではないか?思いつく限りの要因を一つ一つ解きほぐして毎日を重ねていくことによって、がんじがらめになった負債も溶けていきそうに思えるがな。少し眠くなってきた。明日はじいの所に行くか。スッと身体から薄い光が出て空へと突き抜けていった。

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