【3】臨床後のサイトウのリアリテスの夜

カンファレンスと臨床

第14話 8+1で、キューッ

 午前9時半からは、私が招集したコウの治療方針に関するテーマをメインとする会議カンファだった。コウを初見したご年配の精神科医先生どうりょうぱいせんの所見と、私の所見は共に、解離性同一性障害(DID)で一致している。そこにゲーム依存症を併発、と私は診断を付け加えていた。入院初日を終え、ここまでの診断の大方針に変更はない。私はこれから10日ほどのコウへの治療的介入の方針をこのカンファで固めるつもりだ。

 

 ☆

 

 明け方にコタツで低温やけどしかかったショックから回復した私は、いつものように朝から仕事に全力投入のつもり、である。だが、どこかのお嬢様学校のソフトボールチームのピッチャーにように、全力で投げたからといって、相手チームに危害を加えそうなくらいに暴投すればいいというものではない。私のことではないぞ。私は、ソフトボール部は中学時代に早々に退部し、後は腐女子街道に全力投球なのだからな。

 さておき、とにかく、コウのカンファをどうリードしたものか、方針に迷うのだった。特にあのイープという、言ってしまえば奇怪な女性メイドのことを、臨床心理士のミカや看護師たちにどう伝えたものか。考えるうちに、(イープ...ではなく、イーブなら、今は亡き芥川賞作家の名作(迷作?)に出てくる、白豚(♀)も黒豚(♂)も構わずに喰っちまうんだぜぃ的な歌舞伎町のホストなのにな。)、と、私は、業務遂行にはつながりがない妄想を広げてしまっていた。面倒事に巻き込まれないためにも、歌舞伎町は当面は出禁と定めたばかりのはずなのに。


 下手な考えやはり休むに似たり。そう思った私は、とりあえず、コウの昨日の面談での尊い涙の一件を受け、『リストカット等の自傷に至る恐れは当面ないと判断』との1行をレジュメから消しただけで、カンファが行われる会議室に向かった。

 

 カンファでの司会進行役は精神科病棟一のやり手と目している遠藤女史に一任している。基本、ウチのチームは女性陣主導である。腐女子医大生の時に、勢いで原著で読んだハリー・スタック・サリヴァン(Harry Stack Sullivan)先生の"The interpersonal theory of psychiatry(精神医学は対人関係論である)"にメチャクチャ感化されて精神科医となった私は、精神医学的治療は同性愛的機序を必要とするという論を信奉している。当時、難治不治とされていた精神分裂病(今でいう、統合失調症)患者への治療に、今から100年以上も前にサリヴァン先生のチームは男性精神科医と男性看護師だけで構成したチームで取り組み、成果を上げている。いわゆるヤバいお薬のメジャー・トランキライザー(Major tranquilizers)もなしに、である。


 若き日に物理学を学ぶうちに自らが統合失調症を患われた、細身のサリヴァン先生、患者の男性にも看護師の男性にも大変おもてになったそうである。いやはやそう思うと医学書なのに801な本としても楽しめるという、二度お得なサリヴァン先生の御本なのであった。別の先生による口伝の形ではあるが、サリヴァン先生のおじいさまがアイルランドで飢饉にあい、ジャガイモも十分に食べられない中で、病気の友達(♂)のために肉じゃがっぽいものを作るためにゲヘヘな上官(♂)に手篭めにされたというエピソードの心理分析もなかなかに美味しい801。



 愛はいつの世も美味しいのよね。若い人向けに教養のひとつとして書いておくと、801というのを普通の言い方に直すとボーイズ・ラブ(BL)のことね。

 あたしらの腐女子チームの間では、ヤオイ=BLのことを、8+1で、キューッって呼んでたけどね。出典は弓道部で先輩男子と後輩男子がイチャイチャする某名作より。なんと8人の先輩男子から深く愛されるのでしてよ、あなた。

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