第9話 本日のコウは、優等生な18歳

 コンコン、とノックをして私は、コウの病室の戸を開けた。

 「コウさん、午後の面接のお時間です」

 と、私は、机に座ってノートを開いていたコウに向かって話しかけた。

 

 コウは、私に向かって

「改めまして。先生、はじめまして」

 と言った。先日とは別人のように落ち着いた声色だった。

 

(なるほど)

 コウのように若年のDID患者の場合、入院ししまもないうちに別人格が発症することは、それなりの確率で生じる。そのため、目の前に座るコウの精神状態に合致した文脈で面談を進めていかなければならない。

 

 「今日から、10日ほどのお付き合いになるけれど、改めてよろしくね、コウさん。

 午前中に、看護師さんにあなたに病棟と病室のことを案内してもらっている間にね、執事の山田さんとメイドのイープさんからあなたのことを少し聞かせてもらいました。幼い頃は京都で過ごしたのですってね?」


 私は、コウが鴨志田家に来る前に京都にいたという、山田の言を確認するところから面接を進めようとした。

 

 「はい、そうらしいのですが、私には京都での記憶はごくわずかしかないのです」

 この人格の時は《ちん》でないのね、と思いつつ、コウに質問を続ける。

 「そうですか。でも、京都での記憶はあるということね。おねえさんに覚えているあたりを聞かせてくれる?」

 と、一人称をおねえさんにする私の戦略が、今のコウにも有効かを確かめる。

 

 「はい。私の初めての記憶は、ちょうど今と同じ頃の冬の京都でした。その日、私は筋肉痛と共に目覚めたのです」

 今回のコウはかなり優等生口調だ。

 「私は前世から筋肉痛が苦手でして。どうやら、朕の方が初めて近場の剣道場で竹刀を思い切り奮って筋肉痛になったことで私が目醒めたものと思います」

 

 「なるほど、あなたは、私が前回お話させてもらった朕ちゃんの方の認識もあるのですね」

 前回のコウは、《ちゃん付け》で呼びたくなる雰囲気満々だったが、今日のコウは普通の優等生美少女風になっている。


 「はい。プシ国で、姫王閣下と呼ばれる朕のことを見ていた記憶は少しですがありますもので」


 おっと、優等生の方もプシ国は知っているらしい。


 「なるほど。

 それで、京都から、先程の山田さんのところにあなたが電話をかけたのだとか?」


 「はい。目覚めた私は、朕が住んでいる尼寺がかなり困ったことになっていることを知りました。執事と父に連絡を取って応援してもらうことが良いと、その時の私は思ったのです」


 「ということは、京都で目覚めたという、確か7歳だというあなたには、鴨志田家の頃の記憶があったということね?」


 「はい。鴨志田家まで18歳になる一週間前まで過ごしていた記憶は、たぶんほぼ完全にあります」

 

 なるほど。すっぱりと言い切ってくれた。とはいえ、これまでの3人からのヒアリングと合わせても、そもそもが7歳まで鴨志田家で過ごしているから鴨志田家の記憶が完全にあるって線はまったく否定できないんだけど、ね。


 そう思う私は《18歳になる一週間前》というフレーズに注目する。

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