【2】サイトウ、キュンとなる

美少女の涙

第8話 入院初日

 私は院内の食堂で、白衣のまま、海老天ぷら蕎麦をすすっていた。年越しそばにはまだ早かったが。


 午前の関係者2名への精神科的診断面接に、というか、後半のイープからのヒアリングに、私はどっと疲れていた。ゲーム依存症と診断された女子中高生たちの診断や治療にこれまで多くあたってきた私だったが、今回のコウのように家庭内に共犯者的な存在を複数抱える症例ケースは経験がない。国外を含めてもこんな症例ケースはほとんどないだろうな、と思いつつ、私は海老天をかじる。

 うまく中学校に復帰させてあげられれば、学会で症例報告ケーススタディでもできそうなものではある。

 けれども、入院後初となる午後のコウとの面接を前に、私は方向性を定められないでいた。前回の面接をした限りでは、幸いにもリストカット等の自傷は起こしていないと見受けられていた。ので、切迫した治療的介入の必要性が認められないことが救いだったが。

 

 ✧

 

 国立大学法人第二女子医科大学附属病院、略称、二女医病院にじょいの精神科病棟の入院患者は、すべて個室への入院となる。国立大学法人とはいえ個室の1日あたりの入院代はけっして安くはないのだが、先程の執事の山田の言うところが本当だとすれば、入院料金の支払いは何も問題ないのだろう。コウへの治療的介入が長期戦となることを覚悟しつつある私は、お家の事情が入院を許しそうなことにプラスの点を与えていた。

 

 自傷の懸念が少ないと診断しているコウの病室は、いわゆる開放病棟にあり、内科等の病室と代わりがない。また、日中の面談についてもほぼ他の診療科と同様の扱いとなる。そのことを私から伝えられたイープは、翌日以降、コウの病室を見舞いたいと申し入れた。


 「主治医である私が許可することが必要となります。1日か2日おきであれば許可できるかと」

 と、私はイープに答え、一階の受付で予約の申し出をするように伝えた。


 コウの病室に向かう廊下を歩く私は、そんなことを思いながら、イープと何度か言葉を交わす機会があることは良いことだと考えていた。今のところ、鴨志田家において、コウとイープとの関係が、イープが語ったような謎の主従関係にあるのかどうかは分からない。


 しかし、自らを朕と語るコウの多重人格症状に、イープが何らかの形で関わっていることは間違いなさそうだ。

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