第7話 歌舞伎町には近寄らないようにしよう

 私の思いを見抜いてか、ついに、先日コウが真似してくれたイープの口角を上げての嗤いが出た。


(ヤベーよ。そんなスライムさんじゃなきゃできないような笑いまでコスプレしないでよ~。)


 そう思う私に、イープは嗤いを解かないままに、

 「エスエムとはもちろん、SMプレイのことですわ」


 救急医バイトを経ての10年以上の精神科医勤務で、私の胆力は相当に鍛え上げられている。そんな私が、嗤いを浮かべるイープの姿に寒気を覚え、そして、下腹部の方で、おそらくはちょっぴりとお漏らししてしまっている。


 そのことを悟られないよう、私は、イープがしている戦闘メイドコスプレが出てくる楽しい方のアニメの方をいったん思い浮かべてから、

「なるほど」

 と冷静に答えた。


 要するに、そのお店に勤めるおねえさま方は、アイドルやアニメのヒロインなどの服をお召しになり、そんな姿のままでののしられるのがお好きなお客さんに対し、想像通りあるいは想像以上のののしを提供するとのこと。そして、イープという名は、そのお店での源氏名だということである。


 お漏らしショックからは若干立ちなおった私は、

「なぜ、その店でのお名前を今もお使いですの?」

 と聞いた。


 イープは、

「鴨志田家に参る前のプシチェクでも、イープと名乗っておりましたもので」

 と答える。


 話が見えない。

 プシチェクというお店の方にも勤務していたということか?


「プシチェクでは、プシ国王となられた姫王閣下に親衛メイドとしてお仕えする傍ら、周辺国との連携役である書記長を努めておりました」


 あー、プシ国設定、この人のものだ~。遂に主犯を見つけ出したと思う私は、コウの治療戦略を根本から練り直さなければならないと考え始めた。

 虚構の設定を、複数人で部分的に共有する症状はゲーム症患者の中にも、まれだが見受けられることがある。コウが診断されている解離性同一性障害(DID)は基本的に難治である。そのため、精神科医によるDID治療では、寛解による完治は期待せずに患者を生きやすい方に導くことが基本とされる。

 おそらくだが、女子中学生であるコウと設定を共有する成人女性イープの存在は、コウの社会適合をより難しくするはずだ。


 とはいえ、この場でイープにそのことを指摘することは適当ではない。私はイープがなしている設定の聞き取りを続けることにした。

 「その書記長とは、どのようなお仕事なのでしょうか?」

 

 「精霊の導きに則っての、王族や重臣たちの暗殺と粛清を司る組織のちょうとなります」


(あー、新興宗教とか絡んできそうな奴だ~)

 これ以上聞くと、今晩、東新宿の自宅に帰るのが怖くなりそうな気がしたので私はこのあたりで本日のイープからのヒアリングを終えることにした。


 「最後に一つだけ聞いていいでしょうか?コウさんはプシ国では6名の親衛メイドたちから御伽話おこたはなしを聞かせてもらっていたと言っていたとのことですが、鴨志田家には、あなたのようなメイドさんは他にいるのでしょうか?」


 こんなイープのような人があと5名もいるとかいう答えが返ってきたら、コウの主治医を降りるつもりだった。そんなに大勢を精神科医学的に治療できる自信は、ない。

 

 「いえ。プシ国からお仕えを続けているのは、わたくしだけです」

 なんとかコウの主治医を続けられそうだと思った私に、イープはさらに続けた。

 

 「ですが、プシ国に転移して親衛メイドになった5名は、今も、元気にサティステックミカ子バンドで働いてますわ」


 ……休みの日も歌舞伎町には近寄らないようにしよう……そう思いつつ、私は、入院患者コウの関係者2名への精神科的診断面接を終えた。

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