第6話-② 著作権的にアウトじゃん

 山田に先に帰ってもらった私は、これまでほとんど口を開かなかったイープ1人へのヒアリングをお願いした。患者の関係者への精神科的診断面接においては、複数の関係者から話を聞くことが強く望まれる。

 ここまで落ち着いた語り口で鴨志田家の内情を話してくれた山田が実は、鴨志田幸一によるコウへの虐待の加担者であるということもありうるのだ。さらにいえば、DID患者であるコウが多重人格という強い症状を呈していることから、たとえそんな風には見えないにしても、実は山田がコウに対し性的虐待を行っている当人だといった可能性も検証しなければならない。

 

 私からのヒアリングのお願いに対し、イープは、 

「ええ、構いませんわ。私の今日の予定は、コウお嬢様にここまで同行することのみですので」

 と答えた。

 

 その、もの柔らかな口調の中で《コウお嬢様》という声色が、少し山田とは異なった響きを持っていることを見て取った私は、

「イープさんは、鴨志田家ではコウさんのことをどうお呼びになってますか」

 と尋ねた。

 イープは、

姫王閣下ひめおうかっかとお呼びしております」

と即答した。


 ひめおう?かっか? 国立大学法人の精神科病棟の面談室での会話には似つかわしくない、いや、どこの場所での会話にも似つかわしくない厨二病的な呼び名である。鴨志田家の家庭内にさらなる共犯者を見出した私は、若干クラクラしつつ、ヒアリングを続ける。

「イープさんは鴨志田家にメイドとしてお勤めになられて何年になるのですか」

「5年です」


「イープさんが鴨志田家でメイドとして働こうとしたきっかけはどのようなものでしょうか?」

姫王閣下ひめおうかっかにお仕えするためです」


厨二病全開の答えだなー、と思いつつ、私は続けた。

「メイドとなる前は、何か別のお仕事をされてましたか?」

「はい。先生はここのお近くの東新宿にお住まいでしょう」


 私は、ドキリとした。確かに私は東新宿に住み、徒歩で10分ほどの新宿区戸山にあるこの病棟に通勤している。女医として精神科医をしていると、患者もしくはその家族から2度や3度やストーカー被害に会うことがある。

 多くは男性からのストーカーなのだが、若い女性のゲーム症患者の治療を専門としている私の場合、目の前のイープのような年頃の女性から執拗にストーキングされた経験も持つ。女性によるストーキングは、当人が私の前でリストカットしてみせるといった独特の危険もある。

 初対面のイープはどのようにして、私の住処すみかを特定してきたのだろうか?当てずっぽう?

 

 私は表情を変えずに、問いに答え、話を続ける。

 「はい、そうですが。そのことが、何かイープさんのお仕事と関係あるのですか?」

 すこし動揺していたのか、口調が冗長になっている気がする。


 「はい、わたくしも、5年前まで東新宿に住んでおりましたもので。私の勤務先はそこから新宿駅の方に少し歩いたの花道という通りに面した、業界関係者向けのお店となります」

 

 東新宿に住んでいたという話も驚きだが、20代後半の年頃と思われるのに、金髪メイド姿で厨二病全開と思われるイープが勤務していたという、おそらくは歌舞伎町界隈の業界関係者向けの店の方も、なかなかのものなのだろう。


 「差し支えなければ、お店でのお仕事も簡単にお話いただけますか?」

 

 既にイープをコウ以上の解離性同一性障害患者(DID)の可能性ありと受け取っていた私は、イープの生い立ちも掘り下げさせてもらおうと考え始めていた。東欧系出身と思われるイープの出自も可能であれば聞き出したいところだ。

 

「はい、構いませんわ。お店の名前は、通り名で、サティステックミカ子バンド。お店の看板としては、『S.M.』に租界地の方のBundをつけたものとなります」


おいおい、マジかよ。著作権的にアウトじゃんかよ、昭和の伝説のバンド名すれすれの店の名に思わずツッコミを入れる、私。

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