第6話 動きは視えないが……

 私の様子を見て取ったのか、山田は私に向かい、

 「話をご理解いただくためには、足払いをお見せしておいた方が、よろしいでしょうな」

 と言って席を立った。そして、脇に座っていたイープも同じくスッと席を立つ。

 

 二人は大人数での面談もこなせるよう広めに取られた室内の脇の方で向き合う。山田はイープと向き合ったまま、

 「剣道では、通常、竹刀を持って打ち合うものですが……」

 と、話を続けた。

 

 そして、手刀を作り、軽くイープに向かって振り下ろしたと私が見た瞬間に、イープが後方に一気に倒れた。研修医時代に救命病棟の当直医バイトをしていた経験のある私は、イープが後頭部を床に強打すると見て取り、思わず立ち上がった。

 

 立ち上がった私は、その瞬間、イープが何事もなかったように山田から一歩半ほど離れた位置に正座をしているのを見つけ目をいた。

 

 私が、山田ではなくイープの方を凝視していることを見て取った山田は、

 「わたくしは警察剣道の指導者となった後、古武術の修行を行った身。そのわたくしからしてみても、このイープは尋常じんじょうではない身のこなしなのです」

 と解説しつつ、席の方に戻ってきて座る。イープも音もなく立ち上がり、音もなく山田の隣に座った。

 

 「さて、わたくしが手刀の出した際にイープを倒したのが足払いです。斎藤先生は手刀の方を見ておられましたから、わたくしが足でイープの軸足を払ったのはお見えにならなかったでしょうが。この技の行使は危険が伴いますため、現代の剣道では、捕縛術の指導も行う警察剣道のみで使用が許されています。わたくしは、かつて、コウお嬢様にもしもの時の護身のために、鴨志田家の道場で足払いを伝授しておったのです」

 

 出来すぎた話、にも思えるが、山田と見えない足払いと、その後のイープの超人的な身のこなしを見てしまった後だけに、私はこの話を否定できなかった。

 

 その後、山田は、7歳のコウを主人である鴨志田幸一に引き合わせた際の話をしてくれた。話の内容は、予想通り、コウが、かつてのコウでしか知り得ない話を鴨志田幸一にし、幸一こういちがコウをかつてのコウの生まれ変わりであると確信したというものであった。

 だいぶ長く話してもらったので、山田からのその日のヒアリングにここで打ち切ることにした。

 最後に山田は、コウの住民票上の名前は、鴨志田幸れぶんさちであること、サチという名は、コウが育てられた京都の尼寺でつけられた名前なのだと付け足してくれた。

 

 なるほど。後で、京都での幼年時代の話についてコウから聞いて裏を取ろうと、私は思った。

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