第2話 何かのフカシ話来たりて。

 とにもかくにも、精神科医である前にコアなゲーマーでもある私が、中学1年生の別人格が取り組んでいるゲームのジャンルについて想像がつきにくいということは珍しい。私は慎重にコウとの対話を続けていく。


 「朝起きられないんだと、夜は逆に寝れないなんてことはあると、おねえさんは思うんだけどね。そのあたりはどう?」

 私は、患者のプライベートに踏み込んだ話を始めるときには、一人称をさりげなく「おねえさん」に変え、患者との距離を縮めるよう努めることにしている。


 「いや、ちんは、寝付きはいつも良い方なのじゃ。おこたに入れば結構早くにぐっすりと眠れるのじゃ」

 「プシ国では、毎晩、御炬噺おこたばなしを聞いていたのでしょう? さみしくはないの?」

 コウが転生して来たというプシ国の名を出してみる。...精神科医の間の会話では「プシケ」または「プシ」は患者を意味する。紹介元の精神科医は、コウが初発だとしているがもしかすると精神科以外の別症状での入院経験があるのかもしれない。

 

 「我が国プシでは12歳で成人となるのじゃよ。ちんはもう成人ゆえ、御炬噺おこたばなしがなくともさみしくはないのじゃ。もっとも、ちんとは別にプシから転移してきてくれたメイドのイープがおっての。少々夜ふかしをする週末には、を聞かせてくれているのじゃ」

 

 メイドのイープは会話に初登場である。コウのさらなる別人格の可能性を念頭に、私はカルテにメモを取る。

 

 「イープは最近は、成人向けの御炬噺おこたばなしをしてくれるようになっておっての。そんな話を始める時は、こんな笑顔になるのがゃ。美人さんなのじゃが、少し台無しかもしれない」


 コウは口角を大きく上げ、両唇くちびるを吊り上げ固定して笑ってみせた。可愛らしい見た目のコウの顔が引きつり、少し凄みが出た。こうした顔面の緊張表情と固着はDID患者にしばしば見られる症状である。

 だが、それとは別に、その笑顔に私は見覚えがあった。異世界転生モノの古典ロールプレイングゲームに出てくる、まさしくメイドの笑い顔であった。アンデッドを主人公とするゲームだが、ちょうど主要なメイドの数も6名だ。女子中高生が好むゲームではないし、提供されていたのは私が腐女子医大生だった頃の2010年代である。

 しかし、DIDを併発しているゲーム症患者の場合、ネット上から自身の別人格に見合ったゲームを夜な夜なプレイしていることも珍しくはない。私は、記憶しているゲーム名と元になったライトノベルの名称をカルテに記した。主人公が性別不明のアンデッドであるという点は、姫王として育てられたというコウの主訴と近しい。医師国家試験合格前の腐女子経験が活き、私はコウの別人格の特性を推測することができた。...なお、準ヒロインといえるヤツメウナギのキャラクター、ふだんは女性の姿で登場してくる彼女が実は男性で、主人公のアンデッドとそうした行為に及ぶというSS本もあるにはある。...というか個人的にはそのSSがだいぶ好みなのだったのだけれど、専門的すぎるので、他の先生方には理解されないと考え、私はカルテには記さなかった。そう、書いてしまうと、ついつい、SS本で美少年に変化したアンデッドの前に突きつけられるヤツメウナギのアレはかなり煽情的で、などと、他の先生方からフロイトのエディプスコンプレックスですね、などと笑われそうな話をしたくなりそうな、なのだ。。。


 専門医である私は、しかし、こんなことを考えているとは微塵みじんも思わせないであろう、落ち着いた笑顔をコウに返しながら、言った。


「なるほど。おねえさんは、ちんのそんな笑顔も素敵だと思うよ。もう少し、ちんのメイドさんの話を聞かせてくれる?」

 

「良いぞ。イープはのう、成人となったちんには、R15ものの御伽噺おはなしが必要だというのじゃ。ということで、ちんが中学に入った時から、イープは土曜日の晩に不可思噺ふかしはなしを聞かせてくれることになっての」

 

(おおっ、フカシハナシ、キターーーっ。)

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